――――第34話――――
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「レイシア・リヴィ・アガーディア。今この時をもって、貴様との婚約を破棄させてもらう」
きらびやかなパーティー会場の中心で、ゼノルがまるで断罪するかのように言い放った。
突然のことに、レイシアは立ち尽くしている。
会場にいる生徒たちが、ゼノルとレイシアの騒動に気づき、何事かとざわつき始めた。
「なんだ? 揉め事か?」
「レ、レイシア様……?」
「あれ……向こうにいるの〝冷血卿〟じゃないか」
「なんで今さら学園なんかに……」
「今、婚約破棄って……」
野次馬たちの視線を存分に浴びながら、ゼノルは不敵に告げる。
「マリー・カルアード嬢に対する数々の嫌がらせ、さすがに目に余る。公爵家の家格を笠に着れば、男爵令嬢になどどんな仕打ちをしてもかまわないと考えたか? 見下げ果てた性根だな」
ゼノルの背後に立っていたマリーは、突然の告発に混乱し、目を白黒させていた。
レイシアは一瞬そちらに目をやり、それから表情を歪め、ゼノルを睨みつけて言う。
「ずいぶんな言いがかりですわね、ゼノル様。婚約破棄だなんて……わたくしにそんな態度をとっていいと思って? マリーとのことは、あなたには関係ありませんわ……!」
「関係あるとも」
ゼノルは例の、酷薄にも映る笑みとともに告げる。
「オレはカルアード男爵の求めに応じ、とある協定を結ぶことにした。カルアード男爵家は、今や我が盟友。したがって、当主の息女たるマリー嬢もオレの庇護対象と言って差し支えないだろう」
◆◆◆
「カルアード男爵と協定……ですか?」
困惑気味に問い返すスウェルスに、ゼノルは堂々と答える。
「そうだ。策としては実に単純。レイシアの目的を、先にこちらで果たしてしまうのだ」
ゼノルは説明する。
「まず、男爵領へ軍事支援を行う。侵攻に対する抑止を目的とした、兵力の提供だな。飛び地にロドガルド軍の一部を置いておいてもいいが、できればそれらしい名目で男爵領内に駐留させるのが理想だろう」
「え……い、いいの?」
目をしばたたかせながら言ったのは、マリーだった。
「こちらとしては、すごく助かるけど……」
「無論、タダではない」
ゼノルはマリーに目を向けて言う。
「男爵には、『鍵』を渡してもらう」
「……!」
「何もよこせとは言わん。期限を定めない無償貸与の形がいいだろう。貸し借りの関係が続く限り、兵を引いてもロドガルドとカルアードの繋がりを示し続けられる。ちょうど大教会に収める神器が入り用だったところだ、実に都合がいい。無論……そちらにとっても同じだろう? マリー嬢」
ゼノルは問う。
「大方、貴様が要求の対価として考えていたのも『鍵』の譲渡だったのではないか? 男爵としても、さっさと手放したいだろうからな」
「え、ええ……」
マリーがうなずいて言う。
「たしかにお父さまは、ずっと『鍵』を手放したがってた。でも、手放せずにいたの。誰かに譲るのは簡単でも、渡っていった先で必ず別の紛争の火種になるから、って。だけど……ゼノル卿になら、きっと納得して預けると思う。だって『鍵』なんてなくても、ロドガルド辺境伯家に軍事的に対抗できる家なんてないから」
「そのとおり」
ゼノルは当然のようにうなずく。
「我が軍に死者など不要。ロドガルドの精強な兵たちは誰が相手でも負けん。『鍵』の有無など実にささいなことだ。周囲の有象無象もそのことをよく理解している。よって、紛争など起こるはずもない」
最強がさらに力をつけたところで、最強であることにはなんら変わりない。
ゼノルは満足げに言う。
「男爵にも協力の意思があるのならば、最後の障害も消えたな。時間もない。早速明日、カルアード領へ発つとしよう。我が領内の兵たちにも出立の準備をさせておかねばな」
「ええと、その……」
マリーが遠慮がちに言う。
「間違ってたら申し訳ないんだけど……『鍵』を譲るのなら、軍事支援って要るのかしら? 周りの貴族が攻めてくる理由、なくなるんじゃ……」
「要る」
ゼノルは断言する。
「なぜなら、レイシアが最終的に狙っているのがロドガルドによる安全保障だからだ。カルアード領の安全を確実なものにできない限り、あの女はいつまでも食い下がってきかねん。さすがにうんざりだ。腹立たしいが、今回の策で奴をやり込めるついでに、目当ての飴を与えこれ以上つきまとわれんようにする必要がある」
「え、ええ……? やり込める、って……」
マリーが混乱したように問う。
「ゼノル卿はレイシアと、婚約した……のよね? 仲、いいわけじゃないの?」
「いいわけがあるか」
ゼノルは忌々しげに返す。
「一時的に婚約者にはなったが、あの女をオレの伴侶とすることなど未来永劫ありえん。奴は汚い手で婚約を強制してきた挙げ句、このオレに屈辱的な誓いの言葉まで口にさせた。いわば怨敵だ。奴を知謀で出し抜いて打ち負かし、婚約を無に還し、格の違いをわからせてやらねばとても気が収まらん」
「そ……そうだったの?」
マリーは唖然としつつも言う。
「でも……ゼノル卿の思いどおりになったとして、あの子の望みは叶うのよね? 私もお父さまも助かるし。それってつまり、あの子に協力してあげるってことなんじゃ……」
「寝ぼけたことを抜かすな」
ゼノルが鼻を鳴らして答える。
「いいか? 奴が今狙っているのはロドガルド辺境伯夫人の地位だ。そのために様々な策謀を巡らせてきた。オレはそれらをすべて打ち破り、独身を守る。つまり知謀においてオレが上回り、奴が地を這うということだ。カルアード領の安全は、みじめなみじめな敗者に与えられる参加賞にすぎん。断じて、あの女におもねり協力するわけではない。理解できたか?」
「う、うーん……」
マリーが困惑したように言葉を濁した時。
「……そう都合よくことが進むとは限りませんよ。ゼノル様」
口を挟んだのは、スウェルスだった。
眼鏡を直しながら、己の主へと苦言を呈す。
「現状、いささか甘いかと」
「ほう?」
ゼノルはおもしろがるように、自らの補佐官へと目を向ける。
「聞こうではないか」
「お忘れですか? 未だ、建築資材はレイシア嬢が押さえていることを」
スウェルスが説明を始める。
「目的を果たせるならばレイシア嬢は退くだろう、というのは希望的観測にすぎません。決定権はレイシア嬢が握っています。積み重ねた前提のどれかが崩れれば、それこそレイシア嬢の気まぐれ次第で、結果はゼノル様の目論見どおりとはいきませんよ」
「なるほど」
ゼノルは納得したような顔で言う。
「その懸念は理解できる。だがそれが起こる確率は非常に低い。貴様は一つ、重要な前提を踏まえていない」
「重要な前提……ですか?」
眉をひそめるスウェルスに、ゼノルは言う。
「レイシアにはロドガルド家への輿入れを、避けられるならば避けたい事情があるのだ」
「そう……なのですか?」
「レイシア個人のというより、アガーディア公爵家の抱える政治的事情によるものだがな。これは少々厄介で、奴は父親である当主の承認を得るのに苦労しているはずだ。だからこそ、オレに時間的猶予が生まれたのだが。いずれにせよ、婚約せずに済む状況になれば、奴はまず退く」
しかし、とゼノルは言葉を続ける。
「とはいえ貴様の意見には一理ある。建築資材を売り渡した後にオレが協定を反故にしてしまう事態を恐れ、結婚を強要してくる可能性もなくはない。なにより決定権があの女にある状況は、オレとしても腹立たしい。したがって……奴から選択の余地を完全に奪う形で、婚約を破棄する」
「と……おっしゃいますと?」
ゼノルは不敵に笑い、自らの補佐官に耳打ちする。
「大揉めの末に破談してやるのだ。パーティー会場の中心でな」




