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冷血貴族の婚約拒絶録 ~オレは絶対に、結婚などしない~  作者: 小鈴危一
一章 公爵令嬢編

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32/88

――――第32話――――

◇◇◇



 パーティーが始まっていた。

 そこかしこで歓談の花が咲いている会場の隅で、ゼノルとマリーは二人で佇む。


「……なんか、あちこちから視線を感じるんだけど」

「気のせいだな」


 気まずそうな顔をしているマリーに、ゼノルが酒杯を傾けながら返す。

 視線を集めているのは、主にゼノルだった。

 とうに学園を辞めたと思われていた〝冷血卿〟の存在に、生徒たちも興味を引かれている。ここ半年ほどの間に、名声も醜聞も数多くささやかれていたので、それも無理からぬことだった。

 とはいえ……二人に話しかけてくる者は、一人もいない。

 学生など所詮はその程度だと、ゼノルは認識していた。


「レイシアは少し遅れてくる手はずになっている」


 酒杯に目を向けたまま、ゼノルは言う。


「訪れるのは、ダンスが始まる直前になる予定だ。司会が口上を述べる、最も注目が集まるそのタイミングで、オレと奴の婚約発表がなされる。ギリギリまで姿を見せないのは演出のつもりなのだろう」


 ゼノルは続ける。


「どうしても人目を集めてしまうオレも同じく遅参するようにと言われていたのだが、それを裏切って先入りしているというわけだ。あらかじめ、こうして周囲に印象づけておきたかったからな。貴様の姿と共に」

「……何が気のせいよ」


 不機嫌そうに言うマリーに、ゼノルは謀略家の笑みを返す。


「オレが仕掛けるのは、司会が口上を述べ始める直前だ。そこで一芝居打つ。奴が紛争を防いで見せたのと同じ手で、すべてを終わらせる」

「一芝居って……いったい何をするつもりなの?」

「なに、案ずるな」


 不安げなマリーに、ゼノルが不敵な笑みとともに言う。


「貴様の望みどおり、レイシアのことは助けてやる――――オレのやり方でな」



◆◆◆



「奴の目的は変わらん。男爵領への侵攻を防ぎ、マリー嬢を助けるためだ。求婚もまた、その一環にすぎん」


 夕暮れ時の街道で、ゼノルはスウェルスに説明する。


「現状、男爵領への侵攻は起きていない。だがこの均衡がいつ破れるかはわからん。周辺諸侯は、男爵が離反していない事実にやがて気づくだろう。その前に業を煮やす者が出るかもしれん。男爵にとっては薄氷の平和だ。それが破られた時、元々力の弱い男爵領は攻め落とされてもおかしくはない。マリー嬢は学園にいれば無事かもしれんが、実家を失った令嬢の行く末など火を見るよりも明らかだ」

「……」

「だからこそ、レイシアは薄氷の平和を強固なものにしたかった。ロドガルド辺境伯夫人の地位を利用して、な」

「お……お待ちくださいゼノル様」


 スウェルスが困惑したように言う。


「それは、ロドガルドとカルアードで同盟を結ばせる……ような手段でということですか? しかし結局のところ、そういった物事の決定権は当主であるゼノル様にあります。夫人の地位で自由にできることなど、限られているように思えるのですが……」

「そんなことはない」


 ゼノルは首を横に振る。


「実際に同盟を結べなくとも、それを匂わせる程度なら十分可能だ。たとえば……茶会を複数回開き、そのすべてにマリー嬢を呼ぶ。それだけで、他の貴族はロドガルドとカルアードの繋がりを幻視するだろう。男爵領には迂闊(うかつ)に手を出せなくなる」

「それは、たしかに……いやしかし、そううまくいきますか?」


 スウェルスはなおも問う。


「カルアード男爵は、すでにアガーディア公爵派閥に属しているにもかかわらず、周辺諸侯から攻められようとしていたではありませんか。新たにロドガルドと手を組んだと思われたところで、状況が変わりますか?」

「変わる。アガーディアとロドガルドとでは、決定的に異なる点がある」

「違う点? それはいったい……」

「距離だ」


 ゼノルは断言する。


「アガーディアは強大とはいえ、その領地は男爵領から大きく離れている。だがロドガルドは、飛び地の一つが男爵領と直接接している。すなわち……兵を控えておくことも、送り込むことも容易な位置にあるのだ」

「そ、それはたしかに……!」

「さらには、ロドガルドは元より軍事力で名を馳せた家だ。同盟相手への侵攻を機に、報復として攻め込んでくる可能性をどうしても考えざるをえない。死者の軍勢を恐れた結果、今現実に生きている強者を呼び込んでは元も子もない。アガーディアでは抑止にならなくとも、ロドガルドならば手を引かせることは十分可能なのだ」


 ゼノルは、学園での相対時にレイシアが語っていたことを思い出す。

 ロドガルド辺境伯夫人の地位を使って、為すべきことがあること。地位さえあれば、ゼノルの助けは不要であること。

 それらは目的の核心部分を伏せた、はぐらかしの言葉にすぎなかったが……マリー嬢を助けるためという仮定で考えると、見事に嵌まる。


「レイシアの目的はほぼ確定だ。だが……どうしてもわからないことがある。ここがはっきりしない限り、今後とるべき策に確信が持てん。だからこそ……貴様に訊ねたかったのだ。マリー嬢」


 ゼノルは、マリーに向き直って問う。


「答えてくれ。なぜレイシアは、貴様のために人生をなげうつほど必死になる? いや、それ以前に……」


 ゼノルは、ずっと不明のままだった疑問を投げかける。


「貴様とレイシアは、どのようにして知り合ったのだ」

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