――――第31話――――
そして、パーティー当日。
「まさか、学園を離れた今になってこの手のイベントに顔を出す羽目になるとはな」
パーティー会場の二階から、階下の人混みを見下ろしながらゼノルは呟く。
その身には、格式高い正装を纏っていた。
常にはやや恐ろしげな印象を与えがちなその顔も、堅い服装には映える。見慣れないためなのか、周囲の学生たちからの視線をゼノルは感じていた。
小さく嘆息する。
「……やはり、この浮ついた雰囲気は好かん」
「ゼノル卿」
覚えのある声に名を呼ばれ、ゼノルは振り返る。
そこには、大人しめのドレスに身を包んだマリーの姿があった。
ゼノルは口の端を吊り上げて言う。
「ほう。よく似合っているではないか」
「……やめて」
マリーが不機嫌そうに言う。
「今、お世辞なんて聞きたくない」
「それは悪かった」
まったく悪びれる様子もなく、ゼノルは言う。
「女が少しでもめかし込んでいたら何よりも先に褒めろと、幼なじみに注意されたことがあったものでな」
「時と場所を考えて。それより……あなたのその格好はなんなの?」
マリーの目は、ゼノルの腰に提がる古びた剣に向けられていた。
「パーティーに帯剣してくるだなんて、大昔の貴族じゃないんだから。それとも、その剣にも何か意味があるの?」
「いや、これはただ万一に備えているにすぎん。だが悪くないだろう? これこそ辺境伯の正装というものだ」
おどけたように笑うゼノルに、マリーの眉がひそめられる。
「……いいかげん、教えてくれるかしら。あなたは今日、どうやってレイシアを助けようというの? 私は何をすれば?」
「貴様にしてもらうことは、何もない」
酷薄にも映る笑みとともに、ゼノルは言う。
「ただオレの後ろで、黙って突っ立っていればいい」
◆◆◆
「レイシアを助けて。ゼノル卿」
王都から延びる、夕暮れ時の街道。
馬車から降りたマリーが、ゼノルをまっすぐに見据え、あらためてそう言った。
「対価として差し出せる物ならあるわ。きっと、あなたの望んでいる物が」
「ふむ。その要求にも対価にも大いに興味があるが……その前に、まずは前提を共有しようではないか」
ゼノルが言う。
「互いの認識がずれていては、進む話も進まん」
「いい、けど……でも」
マリーが微かに目を伏せる。
「私も、レイシアからすべてを聞いているわけではないの。憶測も混じってしまっているけど……それでもかまわないなら」
「いいだろう。なに、こちらはすべて憶測だ。答え合わせといこうではないか」
ゼノルがやや楽しげに言う。
「まず、レイシアは今――――貴様を助けるために動いている。奴が巡らせていたあらゆる謀の意味も、すべてはそこに帰結する。それで間違いないな」
ゼノルの言葉に、マリーは確かにうなずく。
「ええ……そのとおりよ」
「――――ええっ!? お待ちくださいゼノル様、そうなのですか!?」
驚愕しながら言ったのは、同じく馬に乗って同行してきていたスウェルスだった。
大声に身じろぎする馬の轡を引き戻しながら、スウェルスは続けて言う。
「あらゆる謀ということは、まさかゼノル様への執拗な求婚もすべて? いったいどういう……」
「……先に説明しておくべきだったな」
ゼノルが顔をしかめ、頭を掻きむしりながら言う。
「後にしろと言いたいところだが……この先は貴様にも動いてもらわねばならん。まあ細部を一度整理するのも悪くはないか」
ゼノルは補佐官へ向き直ると、説明を始める。
「いいかスウェルス。カルアード男爵が『鍵』の可能性に気づき、それを知った周辺諸侯たちが警戒したことで、一帯が緊張状態に陥った。そこまではいいな?」
「え、ええ」
「で、その後どうなった」
スウェルスは目をしばたたかせて答える。
「それは……春の初めに周辺諸侯が兵を退き、代わりに男爵への懐柔工作が始まりました。アガーディア公爵の派閥から、男爵が離反したという噂をきっかけに……」
「その噂が流れたきっかけはなんだ?」
「そ、それは……レイシア嬢とマリー嬢の仲違いで…………え、まさか」
「そうだ。ようやく気づいたようだな」
ゼノルは言う。
「あれは二人の芝居だ。そうだな? マリー嬢」
マリーが無言でうなずいた。
目を丸くするスウェルスに、ゼノルは続ける。
「二人の関係性。双方共に語った『実家絡み』という理由。結果として起こったこと。これらの要素を鑑みれば明らかだ。あの仲違いは、初めからレイシアが紛争の勃発を防ぐために仕組んだ策だったのだ」
ゼノルは思いを馳せるように言う。
「おそらくだが、男爵領周辺は数ヶ月の膠着の末に爆発寸前までいったのだろう。春になり雪が溶ければ、侵攻が始まってもおかしくなかった。そこであの、仲違いの一手だ。ギリギリの、だがまさに会心の一手だったと言えよう」
ゼノルは称賛混じりに続ける。
「派閥の異なる周辺諸侯にとって、男爵はいわば敵だ。死者の軍勢を差し向けられる先でしかない。だが公爵派閥を離反したら? どれだけ強大な神器を手にしても、男爵には後ろ盾なしに好き勝手できるほどの地力がない。すなわち……男爵は敵ではなく、浮いた駒になる。死者の軍勢を、味方に引き入れられる可能性が出てくるのだ」
「な、なんと……」
「敵に回せば恐ろしいが、味方につけられればこれほど頼もしいものはない……と、そんな風に考えてしまえば、どの諸侯も取る行動は似通ってくる。つまり、懐柔工作だ」
ゼノルは嘆息とともに続ける。
「男爵としては何が何やらわからなかったかもしれんがな。自分は未だアガーディア公爵派閥に属しているにもかかわらず、なぜか針を逆立てていたはずの周辺諸侯が、仲間になろうとそろって手招きしてきた。もちろん応じるわけにはいかないが、その態度がかえって諸侯間の牽制を促し、男爵領への侵攻を防ぎ続ける……。まったくよくできた策だ。あの女は男爵領から遠く離れた学園で、たった一つの芝居を打っただけで紛争を防いでみせたのだ。オレをここまで苦しめただけのことはある」
レイシアの知謀に、ゼノルはあらためて感心していた。
学問に秀でた者は多くとも、同世代にここまでの謀略家がいるとは、ゼノルはこれまでに考えたことがなかった。
マリーは、わずかに顔を険しくして言う。
「やっぱり、『鍵』の秘密も知られていたのね……。訊いてもいいかしら。それって憶測?」
「ああ、初めに言ったとおりだ。『鍵』が死体を操れる可能性は、公開実験の結果から予想したにすぎん」
「よかったわ」
マリーがほっとしたように言う。
「もし〝事実〟が広まっていたのだとしたら、いずれ他の貴族まで介入してくるところだったから」
聞いたゼノルは、わずかに目を細める。
このマリーという男爵令嬢も、どうやらよくいる箱入り娘とは違うようだった。
家格は圧倒的に上。そうでなくとも恐れられることの多い自分を前にして、冷静に状況を考えられるだけの胆力と知性がある。
愛人の子で市井で育ったという来歴ゆえのものなのか……と、ゼノルがそのように考えていた時。
「あ、あのう、それは理解しましたが……」
スウェルスが、恐る恐るといった調子で口を挟んだ。
「なぜその後、レイシア嬢はゼノル様にしつこく求婚を? あれには結局どのような目的があったのですか?」
ゼノルは嘆息して答える。
「奴の目的は変わらん。男爵領への侵攻を防ぎ、マリー嬢を助けるためだ」




