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冷血貴族の婚約拒絶録 ~オレは絶対に、結婚などしない~  作者: 小鈴危一
一章 公爵令嬢編

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30/88

――――第30話――――

 夕暮れ時。王都から北東へ延びる道を、一台の馬車が走っていた。

 乗っているのは、従者にあたる年かさの女性、それと一人の令嬢だった。


「マリーお嬢さま、本当に向かわれるのですか……?」


 従者の女性が、心配そうに言う。


「何もそこまで……お嬢さまの身に、もし何かあれば……」

「ダメよ」


 マリーは窓の外を見つめながら、硬い声で答える。


「何もしなければ、間に合わなくなるかもしれないわ。それに、あの人ならきっと……」


 と、その時。前方で、微かな物音がした。

 馬車の速度がしだいに緩み始め、やがて停まってしまう。

 二人は、異変に気づいた。

 ――――手綱を握っていたはずの、御者の姿がない。


「あ……騒がないでね。苦手なんだ、うるさいのは……」


 その時、マリーと従者は、そろって息を呑んだ。

 馬車の扉がいつの間にか開け放たれており……上から、逆さの少年の顔が覗いていたのだ。

 蒼白とも呼べるほど白い肌に、やや長い黒髪を逆さに垂らした少年は、陰鬱な表情で告げる。


「急にごめん……。でも、ちょっと君に用が……」

「や、野盗かっ!? お嬢さまに近寄るなっ!!」


 従者が目を剥き、マリーの前に出て少年に立ち向かおうとする。

 少年は――――、


「いいよ」


 次の瞬間、二人の背後にあった窓ガラスが、粉々に割れ砕けた。

 二人共に思わず身を竦ませる。


「近寄らないから……静かにして……」


 いつの間にか――――少年の右手が前に向けられ、その人差し指と中指は、何かを弾いたかのように伸ばされていた。

 分厚い窓ガラスを粉砕した銅貨を、そしてそれを撃ち出した少年の動きを目視で確認できた者は、本人を除いて存在しなかった。

 少年は陰鬱に言う。


「大丈夫……僕、野盗じゃないから。御者さんも眠らせただけだし、窓もちゃんと弁償するよ……ゼノルが。そうだよね?」

「ああ、無論だとも」


 その時、少年の背後に、馬に乗った別の少年が姿を現した。

 氷のように青白い髪を持った、どこか冷たさすら感じさせる顔貌の少年。

 マリーは、それが誰なのかを一目で理解した。

 〝冷血卿〟ゼノル・グレン・ロドガルド。


「ガラス程度、何枚でも買ってやろう。よくやったぞフィン。わざわざ王都まで来たというのに、危うく会えずじまいとなるところだった」


 そしてゼノルは、マリーに目を向ける。


「初めまして、マリー嬢。まずは非礼を深く詫びよう。どうしても緊急に、貴様に訊ねたいことがあったのだ」


 そう言って、酷薄にも映る笑みを浮かべるゼノル。

 そんな冷血卿の顔を……マリーは、正面から睨み返す。


「奇遇ね、ゼノル卿。実は私も、あなたにお願いしたいことがあったの」


 家格は圧倒的に上。そのうえ、刺客じみた兵を使って馬車を強引に停めてきた冷血卿に対し、マリーは笑みを向けた。


「非礼を心苦しく思うのであれば……ぜひ聞いていただけないかしら?」

「ほう?」


 ゼノルは、おもしろがるように言う。


「この道にいるということは、あるいは行き違いになろうとしていたわけか……。なんだ? 言ってみろ。聞くだけ聞いてやろうではないか」


 あまりにも傲岸不遜ごうがんふそん

 まるで自負心が全身からにじみ出ているかのような態度の少年に――――マリーは、力強く言い放った。


「レイシアを助けて」



**



 やがて。

 すべてを終えたゼノルは、静かに呟く。


「やはり……オレの方が一枚上手だったようだな。レイシア」


 その顔には、酷薄にも映る笑みが浮かんでいた。


「最後に泣くのは、貴様の方だ」

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