――――第29話――――
パーティーでの婚約発表まで、半月に迫った日のことだった。
「ゼノル様、報告です」
執務室で黙々と仕事をこなしていたゼノルのもとに、スウェルスが訪れて言った。
まるでずっとそれを待っていたかのように、ゼノルが即座に顔を上げ、鋭い声で問う。
「例の件についてだな。ようやく情報が集まったか。どうだ、奴の核心に迫るようなものは掴めたか?」
スウェルスは首を横に振って答える。
「残念ながら、私が読んだ限りでは。ただ、手がかりになりそうな周辺情報ならば集まりました。そこから手繰れるか……といったところですが」
「十分だ。元よりそう簡単に答えを得られるとは思っていない。周辺情報とやらを聞かせてくれ」
「はっ」
スウェルスは手にした書類を捲っていく。
「まずはマリー・カルアード嬢について。前回の報告で、マリー嬢は庶子であるという噂が立っていると申し上げましたが……どうやらそれは事実だったようです」
「ふむ……」
「男爵が夫人と死別した後に、愛人となった領民の女に産ませた子らしく、その女が病死するまで男爵はマリー嬢の存在を知らなかったのだとか。男爵は前妻との間に子宝に恵まれていなかったのもあってか、知ってからはすぐに彼女を引き取り、王都の学園に通わせる程度にはかわいがっているそうです。ただ、気になるのは……」
スウェルスが一拍置いて告げる。
「男爵がマリー嬢を引き取った時期が、今から六年前ということです」
ゼノルの目が細められる。
「……レイシアを含めたアガーディア公爵一家がカルアード領を訪れたのが、七年前だったな。つまりその時点で、マリー嬢はカルアード男爵家にはいなかったということか」
こめかみに指を当てながら、ゼノルは続ける。
「ならば、レイシアがマリー嬢と知り合ったのはその後ということになるか?」
「それが……」
スウェルスが一度資料に目を落とし、再びゼノルを見据えて言う。
「七年前の旅行以後、アガーディア公爵がカルアード男爵家を訪れたことは、一度もないそうです」
「なんだと?」
眉をひそめ、ゼノルは補佐官へ問う。
「確かなのか? なぜそのようなことが言い切れる」
「カルアード領の密偵が、過去に男爵家で働いていたという元メイドと接触できました」
資料を素速く捲りながら、スウェルスは言う。
「その者はマリー嬢が引き取られる数年前から、学園入学直後まで働いていたそうです。彼女いわく、自身が働いていた間に公爵ほどの大貴族が屋敷を訪れたことは、一度しかない。七年前、アガーディア公爵が旅行の折に立ち寄ったその時だけ……そう話していたのだとか」
「……妙だ」
こめかみに指を強く当てながら、ゼノルは考え込む。
「七年前に、アガーディア公爵は旅行のついでにカルアード男爵の屋敷を訪ねた。おそらくレイシアとともに。それはいい。だが……その時にはまだマリー嬢は男爵家に引き取られていなかった。そしてそれ以降、公爵は男爵家を訪れていない。となると当然、レイシアもだ」
ゼノルは思考を整理するように呟き続ける。
「他に可能性があるとすれば、男爵の方からアガーディア公爵家を訪れていた場合か。しかし……たとえ派閥に属していたとしても、離れた領地の男爵風情が、どんな状況でわざわざ公爵家を訪問する? しかも娘まで連れて。やはりとても考えられん……ならばいったい、どういうことだ?」
考え込んだまま、ゼノルは呟く。
「あの二人は、どのようにして知り合った」
「ゼノル様」
その時、思考を中断させるようにスウェルスが言った。
「七年前の訪問に関して、追加でお耳に入れておきたいことが」
「なんだ」
「七年前のその日、男爵領の街にて誘拐騒ぎがあったそうです――――ほかでもない、レイシア嬢の」
「……なんだと?」
ゼノルがわずかに目を見開く。
「詳しく話せ」
「下手人はよくある人攫いの一味だったそうです。はぐれたのか、それとも一人で出歩いていたのかは不明ですが、レイシア嬢が家族から離れた隙に拐かしたのだとか。おそらく身なりのよさに目を付けたのでしょう。金目の物は自分たちで回収し、レイシア嬢は人買いに売るつもりだったようです。したがって、その誘拐に政治的な意味合いはありませんでした。なお、下手人の一味は後に全員捕縛され、絞首刑に処されています。だからこそ、これらの情報が判明しているわけですが」
「……派閥の主である公爵家の令嬢が攫われたのだ、男爵は当然血眼になって誘拐犯どもを捜しただろうな。レイシアは捕縛の際に助け出されたのか?」
「いえ、それが……一人で帰ってきたそうです」
「……は?」
「誘拐にあった翌日に、一人で公爵のもとに帰ってきたそうです。順番としては逆で、レイシア嬢の証言のおかげで一味の捕縛に繋がりました」
「な、なんだそれは……」
「この出来事はカルアード領の人々にとっても衝撃だったらしく、領内では語り継がれているようです。そのおかげで、アガーディア公爵の来訪時に関わる出来事を我々も詳しく知ることができました」
ゼノルはやや呆気にとられたように言う。
「七年前ということは、あの女はまだ九歳か。そんな頃から、誘拐犯のもとから一人で逃げ出すようなことをしでかしていたのか……? とんでもないな」
言いながら、ゼノルは視線を斜め下に流す。
「たしかに衝撃的ではあるが……さすがに奴の動機とは無関係か。人攫い自体は、別に珍しくもない」
言葉とは裏腹に、ゼノルはどこか引っかかるものを感じていた。
あまりに符合が重なりすぎている。
きな臭さの漂っているカルアード領。マリー嬢のいなかった男爵家。七年前の訪問。これらのいずれとも重なるこの大事件が、果たして本当に無関係なのだろうか……と。
ゼノルは視線を上げ、スウェルスに問う。
「カルアード領の密偵から、他に情報は?」
「男爵の所有する神器についての報告があります。カルアード領周辺の動静に関わっていると見て、調べさせていたものですね」
スウェルスがさらに資料を捲る。
「一応可能性として挙げていた強力な神器の入手ですが、これはやはりないと考えていいかと。男爵の屋敷に出入りする複数の商人にあたったところ、誰もそんな話は聞いたことがないそうです。誰にも知られずに入手し、売却の検討すらせず隠し持っている可能性がないとは言い切れませんが、そこまで秘匿しているのならば周辺諸侯にも普通は漏れないでしょう」
「まあ、だろうな」
ゼノルは予想していたようにうなずく。
「そう都合よく強力な神器が手に入れば苦労はしない。他には?」
「他には……」
スウェルスは言葉を切ると、書類の束から一枚の紙を抜き取り、ゼノルの机に置いた。
「これは?」
「実験結果です。男爵が昨年入手した、『鍵』の」
ゼノルは紙を手に取り、内容に目を通していく。
その眉が、しだいにひそめられる。
「木彫りの馬……失敗。木彫りの人間……やや失敗。傀儡師の木製人形……成功。羊毛素材の馬……失敗。羊毛素材の人間……成功。なんだこれは? なぜこんなものがある」
「男爵が昨秋に行った公開実験の内容を、見学者の記憶を元に書き記したものです」
「こ、公開実験? なぜそんなことを」
「史跡で神器を発見したのが領内の有力者だったそうで、ある程度使用方法がわかった段階でお披露目のために行ったようですね。それまでは元犯罪者の奴隷を使い、手当たりしだいに『鍵』を押しつけて回させるような方法で実験していたそうですが……安全性が確認できたため、礼も兼ねてのことだったのでしょう。結局発見者とその家族だけではなく、無関係な領民も物珍しさにたくさん集まったそうです」
「ずいぶん牧歌的な連中だな……。しかし、行われたのは秋か。おそらくこれがきっかけで『鍵』の情報が流れ出したのだろうな」
言いながら実験結果を眺めるゼノル。
そんな主へ、スウェルスは説明を続ける。
「たしかに半ば興行的なものだったようですが、しかしなかなかに要点を押さえた実験だったかと。その結果から、『鍵』の権能が見えてきます。動かせる人形の条件としては、まず人間を模していること。動物などではダメなようですね。それから当たり前かもしれませんが、可動部がなければ動かせないようです。まったく関節のない彫像では、微かに震えはするもののそれが限界のようで。素材に関しては条件がありません。人型で可動部さえあれば、何で作られていようが関係ないようですね」
「……」
「まあ……あくまで低級神器の実験結果です。レイシア嬢の動機はもちろん、カルアード領周りの動静にも、関係はないかもしれませんが…………ゼノル様?」
妙に静かな主の名を、スウェルスはいぶかしく思って呼んだ。
ゼノルは顔を上げない。
まるで補佐官の言葉など聞こえていないかのように、実験結果の内容を無言でじっと見つめている。
スウェルスが眉をひそめたその時、ゼノルはおもむろに口を開く。
「……スウェルス。ここに、羊毛素材で作られた人型の人形は、『鍵』で動かせたとあるな」
「え、ええ……。羊毛は柔らかいので全体が可動部と言えますし、人型ならば当然に動かせるかと」
「では羊毛の代わりに人毛を用いた場合、その人形は動かせるだろうか」
「え? そ、それは……」
スウェルスが戸惑いがちに答える。
「人毛で作られた人形など聞いたことがありませんが……動かせるのでは? 素材が変わっただけですし」
「では、その表面を人皮でくるんだらどうだ?」
「……え?」
「中の人毛を抜いて、代わりに人肉を詰めたら? 芯材として、人骨を用いたら? それは人形と言えるか? 『鍵』の権能がおよぶか?」
「そ、それは……」
動揺しながらも、スウェルスは答える。
「素材が変わっただけですので……人型で、可動部さえ、あれば、問題なく……いやまさか、ゼノル様……」
「……スウェルス。オレはとんでもない思い違いをしていたのかもしれん」
ゼノルは静かに言う。
「神器が手に入れば、なにか画期的な活用方法はないかと普通は考える。それだけの可能性が秘められているからだ。カルアード男爵は……おそらく、それを見つけてしまったのだろう」
そして、告げる。
「『鍵』は、死体を人形と見なして動かせる可能性がある」
「――――!!」
息を呑むスウェルスに、ゼノルは続ける。
「人の形をした、動かせる余地のある物体。死体は問題なくこの条件を満たす。男爵は気づいてしまったのだ、このおぞましい可能性に。それを周辺諸侯に知られ……いや違うな。ここまで丁寧な実験をして見せた男爵だ。おそらく、これも実際に試したのだろう。気温が下がり、死体を扱いやすくなった冬に。そして……不幸にも実験は成功してしまった。その事実を、内通者が周辺諸侯に伝えた。そう考えれば、男爵領周りの動静の説明がつく」
ゼノルはさらに続ける。
「この神器の恐ろしさは、もっとも死体であふれる場所でこそ発揮される。……どこだかわかるか? スウェルス」
「そ、それは……」
スウェルスはためらいがちに答える。
「……戦場、でしょうか」
「そのとおりだ。非道な指揮官が『鍵』を手にしたならば、それをこのように使うだろう」
ゼノルは説明し始める。
「まず、昼間は守りに徹する。味方の兵が数多く死のうとかまわない。とにかく負けなければいい。日が暮れ、敵が退いたところで、戦場にあふれる死体を自陣へと持ち帰る。それらに『鍵』を押し当て、順番に回していく。すると――――死者の軍勢ができあがる」
「っ……」
「あとは敵が寝静まった頃を見計らって突撃させればいい。敵陣は大混乱に陥るだろうな。ある程度殺せたならば、死体を回収しつつ退却させてもいい。新鮮な死体を使って、再度の突撃を敢行できる」
ゼノルは冷徹な口調で続ける。
「こんなことをされたのでは、敵としてはたまったものではない。常に夜襲を警戒させられ、兵の気力体力が削られる。だが夜襲すると見せかけて、昼間に別働隊として使われるかもしれない。『鍵』があるだけで相手の採れる選択肢が格段に増え、自分たちはどうしても後手に回らされる。だが真に恐ろしいのは……昨日まで肩を並べて戦っていた戦友が、〝人形〟となって剣を向けてくる、あるいは自分がそうなるかもしれないという恐怖だ。これは兵の戦意を致命的に挫くだろう」
ゼノルはさらに言う。
「『鍵』は使い道のない低級神器などではなく、恐ろしい兵器となる可能性を秘めていた。この前提を踏まえれば、周辺諸侯の動きの意味がわかってくるだろう?」
「……男爵が増長し、死者の軍勢をもって自領を攻めてくる可能性を、恐れたのですか。だから兵を増員し、男爵領との境に配備した」
「それにとどまらず、先制攻撃を加えて攻め滅ぼす気でいてもおかしくなかっただろうな」
「ま、まさか……そんなこと、貴族社会が許すわけが……」
「いざ我が事となれば、そんなことを言っている余裕はない。恐怖とはそういうものだ。言い訳など後で考えればいい。『鍵』のおぞましさを喧伝すれば、いくらか支持も集まるだろうしな」
言葉を失うスウェルス。王国内で、神器を巡った本格的な内戦が始まりかけていたのだと言われれば、その反応も無理からぬことだった。
一方で――――ゼノルの瞳には、光が宿っている。
「全容が見えてきたな。やはりマリー嬢は無関係ではなかった。それどころか、最も重要な位置にいたわけだ……。今ならばレイシアの目的も、そしてオレの採るべき手もわかる」
「え……ええっ!? 本当ですか!? 今の情報からそこまで!?」
「ああ。だが……まだ肝心なことがわからない」
ゼノルは表情を歪めて言う。
「レイシアの動機だ。なぜ奴は、その目的を達するためにそれほど必死になるのか。そこがわからない限り……推測に確信が持てん」
スウェルスが目を鋭くする。
「調査は現在も継続させています。ゼノル様の策の決行期限までに、新たな情報が得られれば……」
「いや、おそらく無駄だ」
ゼノルは首を横に振って言う。
「調査でわかるようなことではない。もはや……本人に訊くしかないだろう」
「え、ええっ!? 本人って、レイシア嬢にですか!? お、教えてくれるわけがないのでは……?」
「違う、レイシアではない――――マリー嬢だ!」
ゼノルは席を立ち、自らの補佐官へと告げる。
「学園ヘ向かうぞ、スウェルス!!」




