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冷血貴族の婚約拒絶録 ~オレは絶対に、結婚などしない~  作者: 小鈴危一
一章 公爵令嬢編

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28/88

――――第28話――――

「ゼノル様、お茶を……あ、また誰もいない」


 執務室に、ユナが顔を覗かせた。


「ああ、ご苦労」


 書類の束に目を通しながら、ゼノルが声を返す。

 ユナが入室し、茶を淹れ始めても、ゼノルはただ黙々と書類仕事をこなし続ける。

 ユナはそんなゼノルを見つめながら、ぽつりと呟いた。


「今日は真面目な日だ……」

「オレはいつだって真面目だろうが」


 ゼノルはそう言うと、書類の束を机の隅へと追いやった。

 ユナは小さく笑って言う。


「あー、真面目な日終わっちゃった」

「茶くらい飲ませろ。今日は朝から仕事のし通しだったのだ。さすがに疲れた」


 そう言って、湯気の立ち上る茶杯を口に運ぶ。

 しばし、二人の間に沈黙が流れた。

 それは普段から珍しくないものだったが……今流れているそれは、まるでどちらが先に話の口火を切るか、譲り合っているかのようだった。


「……そうだ。聞いたよ、ゼノ君」


 結局、先に口を開いたのはユナだった。


「おめでとう」

「なんの話だ」


 ユナに顔を向けないまま、ゼノルが問い返す。

 まるで、返答などわかりきっているかのような声音だった。

 ユナは一瞬の間の後、明るく答える。


「そんなの決まってるでしょ? 婚約だよ婚約」

「……」

「公爵家の、あのきれいなお姫様が相手だよね。みんな噂してたよ」

「……まったく、最近は噂が広がるのがやけに早いものだ」

「? そりゃあ、みんな気になるもん」


 物憂げなゼノルに、ユナはにやにやしながら言う。


「ほんと、なんだかんだ散々言ってたけど、結局縁談受けちゃったんだもんね。やっぱりゼノ君も美人には弱かったかー」

「おい、聞き捨てならんぞ。オレは断じて、色香に惑わされたわけではない」

「はいはい、そういうことにしておきますね。でも、そっかあ……」


 ユナが虚空を見つめながら呟く。


「レイシア様、だっけ? 優しい人だといいなー」

「……」

「貴族の奥さんだと、メイドに厳しい人もいるって聞くし。それでもゼノ君の奥さんなんだから、うまくやっていかないとね」

「そんなことには……」

「あ、でも、ゼノ君はちゃんと奥さんの味方でいないとダメだよ? 知らない土地に来てきっと心細いんだから。昔、まだ小さかった頃……ゼノ君、わたしをいじめてたメイド長を追い出しちゃったことあったよね。誰も最後まで、あれがゼノ君の仕業だなんて気づかなかったけど」

「……」

「奥さんには、あんなことしちゃダメだからね。わたしは別に大丈夫だから」


 ユナは、少し寂しげに笑って言う。


「あそこまでしてくれなくても、わたしはずっとここにいるよ」

「……」

「ほかに行くところがないっていうのもあるけど……一応、ロドガルド家には恩があるからね。結婚もしないで、ずっとここで働くつもり」

「……ふん、そうか」

「そのためには、レイシア様に嫌われないように、礼儀作法とかあらためてきちんとしないとね。なんと言っても公爵家のお姫様なんだから。ゼノ君が当主になってからは、だんだんわたし適当になってきてる気がするし、気を引き締めておかなくちゃ」


 なにやら張り切った様子を見せるユナに、ゼノルは嘆息して言う。


「どうも勘違いしているようだがな。オレは奴と結婚するつもりなどないぞ」

「へ……?」


 ユナが目をしばたたかせる。


「婚約……したんだよね?」

「ああ」

「それなのに、結婚はしないの?」

「ああ」


 ユナは、どう言い聞かせたものかといった顔になる。


「あの……ゼノ君は、もしかしたら知らなかったのかもしれないけど……婚約したら、普通は結婚しないとダメなんだよ?」

「なっ、馬鹿な、そうだったのか……! とでも言うと思ったか」


 ゼノルは澄まし顔になり、講釈を垂れるかのごとく続ける。


「常識を疑え、ユナ。発想の転換だ。たとえ婚約しても、それを破棄してしまえば結婚する必要はない」

「……」

「まんまと嵌められ婚約までは結ばされてしまったが、まだ勝敗は決していない。オレは絶対に、結婚などしないぞ。少なくとも当分の間はな」

「……ねえ、ゼノ君。覚えてるかどうか、わかんないんだけど」


 その時。

 ユナが、静かに話し始める。


「ずっと昔、まだ子供だった頃、わたしたち約束したよね。いつか大人になって、ゼノ君が当主の地位を継いだら…………結婚しようねって」


 沈黙を保つゼノル。

 ユナは、まるで何かを誤魔化すかのような笑みとともに言う。


「もし、あれをまだ気にしてるんだったら……忘れていいからね、あんな約束。どうせ初めから……叶うはずなんて、なかったんだから」

「……なんだ? その話は」


 ゼノルは眉をひそめ、頬杖を突きながら言った。


「悪いが、まるで記憶にないな」

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