――――第27話――――
「うれしいですわ、ゼノル様。ようやく、素直になってくださって」
屋敷の応接室。
そこには、すでに三度目の訪問となる、従者を伴ったレイシアの姿があった。
あの後、ゼノルが婚約を受け入れる旨の返事を送ったところ、さらなる返信にてレイシアが屋敷へ向かう旨を伝えてきたのだ。
その場で、正式に婚約を交わそうと言って。
「ここに至るまでに、いったい何度振られたことか。ふふっ。ですが、それも今この瞬間に報われます」
レイシアはあくまで、しとやかな令嬢然とした笑みを浮かべている。
「念のためにお訊きしますが、わたくしとの婚約を受けてくださる……ということでよろしいのですわね、ゼノル様」
「……ああ」
長椅子に深く腰掛けたゼノルは、仏頂面で答える。
「それでいい。背に腹は代えられんからな」
「では、あらためて誓ってくださいませ」
レイシアがにっこりと笑って言う。
「わたくしを妻に迎え、生涯にわたって愛する……と」
「……ああ。誓おう」
「ダメです。きちんとご自分の口から、今申し上げたことをおっしゃってください」
「…………チッ」
忌々しげに舌打ちをし、仕方なくゼノルは言う。
「貴様を妻に迎え、生涯にわたって愛すると誓おう。これでいいか」
「はい、たしかに。ではわたくしも同様に誓いましょう。文言は省略しますね」
自分ばかり簡単に済ませたレイシアが、口元に指を当てながら言う。
「調べたのですけれど、婚約には正式な作法というものがないそうです。これだけ広く行われていながら、意外にも各々のやり方で済まされてきたようでして。書面の形も検討しましたが……そこまでする必要もないでしょう」
レイシアが従者たちを見回しながら言う。
「あなたたちが証人です。いいですわね」
従者たちがうなずく。
レイシアは次いで、ゼノル側の使用人であるスウェルスにも目を向ける。
「そこのあなたも。よろしいかしら?」
スウェルスは、ためらいながらもうなずいた。
レイシアが満足そうに微笑む。
「はい、これで正式に婚約となりました。はあ、ここまでとっても長かったですわ」
「……気分はどうだ」
「はい?」
ぽかんとするレイシアを、ゼノルは睨みつけるように言う。
「オレを屈服させ、ふざけた台詞を吐かせた気分はどうだと訊いている」
聞いたレイシアは、何度か目をしばたたかせた後……やや申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
「ここまでした以上、信じてはもらえないかもしれませんが……わたくしは、周りの人たちには笑っていてほしいと思っていますわ。ゼノル様、あなたも例外ではありません」
「策謀で人を嵌めておきながら、よくもそんなことが言えたものだ」
「でも、本当です。しかし……これからは言葉ではなく、行動で示すことにしましょう。夫婦になるのですからね」
「……」
「ゼノル様。たとえこんな経緯でも、わたくしを妻にしたことを決して後悔はさせませんわ」
レイシアは、少し寂しげな笑みとともに言う。
「為すべきことが済んだあかつきには……すべてをお話しすることも、約束しましょう」
「いらん」
ゼノルは冷たく言い放つ。
「偽りの誓いで結ばれた妻の過去語りになど、興味はない」
「……そうですか」
感情の読めない微笑みとともに、レイシアが言った。
「ではもう少しばかり、あなたの屈服した顔を鑑賞するとしましょうか」
レイシアが長椅子を立つ。
「一ヶ月後、学園で生徒たちが参加するパーティーが開かれます。ゼノル様、あなたもそれに顔を出してください。学籍を残している以上、参加する資格はあるはずです」
「……なぜだ」
「そこで、わたくしたちの婚約発表を行います」
レイシアは、すでに笑みを消していた。
無情にも告げる。
「参加する生徒たちが聞けば、ほどなくして貴族社会全体に知れ渡ることとなり、この婚約は周知の事実となります。あなたが何を企んでいようと、それでもう後には引けなくなるでしょう」
「……ふっ、一ヶ月か。ずいぶんと時間をくれるのだな」
ゼノルは、それでも笑っていた。
自らを見下ろす美姫へ、貫くような視線を向ける。
「それとも……公爵の承認が、それほどまでに得難いか」
「……」
レイシアの目が、無言のまま細められる。
「……関係ありません。もしそんなものに期待しているのなら、愚かと言うほかありませんわ。一ヶ月、どうぞ好きにお過ごしください。足掻けるだけ足掻いて満足したならば……パーティー会場でもう一度、誓いの言葉を叫んでもらいましょうか」
「いいだろうレイシア。だが、オレが勝ったならば――――」
酷薄にも映る笑みとともに、ゼノルは言う。
「――――同じ場所で、貴様が吠え面をかくことになる」




