表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷血貴族の婚約拒絶録 ~オレは絶対に、結婚などしない~  作者: 小鈴危一
一章 公爵令嬢編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/88

――――第25話――――

 それから、特に何事もなく二十日ほどが過ぎた。

 例によって、執務室。事務机の前で書類に目を落としながら、ゼノルは悩ましげに頭を抱える。


「うーむ……」


 と、その時。


「失礼しまーす……あ、誰もいない」


 執務室の扉が開き、ユナが顔を覗かせた。手にした銀盆には、例によって茶杯とポットが乗せられている。

 ゼノルは一瞬顔を上げたが、またすぐに書類へと戻す。


「オレがいるではないか」

「つまんない揚げ足取らないで」


 入室したユナが、片手で執務室の扉をぱたんと閉じる。

 すたすたと事務机に歩み寄って茶杯を置くが、ゼノルは渋い表情のまま、書類から目を離そうとしない。

 ユナは、そんなゼノルを眺めながら言う。


「なーんか難しそうな顔」

「ん? ああ……」


 言われたゼノルが、書類を事務机の隅へと押しやった。


「少し、予想より大きくなってしまう出費があってな。どうしたものかと思っていただけだ」

「そうなの? じゃあこれからは安いお茶にしないとダメだね」

「その程度なら別にかまわんがな」


 ポットから茶を注ぎながら、ユナはふと思いついたように訊ねる。


「もしかして、その出費って教会関係?」

「ああ、そうだ。大教会認定の条件として、内装を凝れと言われていたのだが……前例に沿おうとすると予想以上に金がかかることがわかった。教団から売りつけられる分の請求額だけで憂鬱になりそうだ」

「あ、大教会! そうそう、新しく建つ教会が大教会になるんだもんね。すごいよねゼノ君」


 ユナが笑顔になって言う。


「みんな楽しみにしてるよ。街でも噂になってるみたいだもん」

「……そうらしいな。まったく、どこから漏れたのか……」


 頭を抱えるゼノルに、ユナが心配そうな顔になって言う。


「そんなに大変そうなら……やっぱりやめる?」

「……いや、今さらやめられん。すでに書面で確約を取り、調度品や内装資材の売買契約も交わした。それに多少出費がかさんでも、得るだけの価値が大教会にはある」

「ふうん……領主様は責任が大きくて大変だね。子供の頃みたいにはいかないか」

「子供の頃みたいには、か……」


 ゼノルは茶杯を口元に運びながら、わずかに目を伏せて呟く。


「……そうだな」

「あ、そういえば」


 ユナがふと、思い出したように言った。


「関係ないかもしれないけど、ゼノ君が買ったあの神器も教団に返しちゃったんだよね。元々、どこかの教会から盗まれたものだったんでしょ?」


 聞いたゼノルが、一瞬動きを止める。


「……ああ。すまなかった」

「どうして謝るの?」


 ユナが不思議そうに言う。


「大切にしてた人たちのところに戻るんでしょ? いいことしたじゃん、ゼノ君」

「……ふっ」

「なに?」

「いや」


 口元に微かな笑みを浮かべ、ゼノルは答える。


「おまえならばそう言うか、と思っただけだ」


 首をかしげるユナを横目に、ゼノルは椅子の背もたれに身を預ける。


「とはいえ、そのおかげで別の神器を探さねばならなくなったがな」

「前向きに考えようよ。次はもっといい神器が見つかるかもしれないって。大教会にふさわしいようなやつ」

「大教会にふさわしい神器とは難しいな。どういうものだ?」

「うーん……なんかキラキラした光がぱーっと出るとか」

「キラキラした光……」

「うん。結婚式でそういうのを使ってくれたりしたら、素敵かなって」

「……結婚式」


 ゼノルは茶杯を静かに置き、前方を向いたまま何気ない調子で訊ねる。


「なんだ、そんな予定でもあるのか」

「あるわけないじゃん。出会いもないし。ただそうじゃないかなーって思っただけ」

「……ふん。そうか」

「というか……わたしよりゼノ君の方があるんじゃないの?」

「……オレが?」


 ゼノルは眉をひそめ、ユナに顔を向ける。


「どういう意味だ」

「縁談。公爵家のお姫様との話、まだ続いてるんでしょ?」


 ユナが急ににやつきながら言う。


「ゼノ君が破談になったって言った後にも、また屋敷に来てたし。それに、ゼノ君がこの前何日か留守にしてた時って、王都に行ってたんだよね。学園でお姫様と会ってたんじゃないの~?」

「なっ……!」


 ゼノルは一瞬絶句した。


「そんなわけがあるか! いやっ、たしかに会ってはいたが……」

「ほら~」

「おまえが想像しているようなものでは断じてない……!」

「そのお姫様って、どういう人なの?」


 ユナのその質問に、ゼノルは思わず口を閉じて考え込んだ。

 しばしの熟考の後、やがて言いたくなさそうにぽつりと答える。


「もし、オレが女に生まれていたら……あんな風だったかもしれんな」

「似たもの同士って感じか~。じゃあ相性いいかもね」

「似ているという意味ではない……! それに、仮にそうだったとしても相性がいいはずがないだろう! オレが二人いて、共存などできると思うのか?」

「ねえ、ゼノ君」


 憤慨するゼノルに、ユナは静かに言う。


「覚えてるか、わかんないんだけど……」


 と、何かを言いかけた――――その時。


「ゼ、ゼノル様!」


 執務室の扉が勢いよく開き、スウェルスが駆け込んできた。

 ユナは驚いた顔になり、そのままうつむいてさりげなくゼノルとの距離を空ける。

 ゼノルは一瞬不機嫌な顔になり、その直後、すさまじく嫌そうな顔になった。


「何があった。このパターン、猛烈に嫌な予感がするのだが……」


 と、言いかけるゼノルだったが、すぐに思い直したように言う。


「いやよく考えれば、レイシアが策を講じてくる度に、オレはそれを打ち破って大きな利益を得てきた。どうせ今回もそうなるだろう。よし、気楽に話してみろ、スウェルス」

「け、建築資材が……」


 気楽さとはほど遠い切羽詰まった表情で、スウェルスは言う。


「建築資材が手に入りません!」

「……なに?」

「買い占められています! おそらく、レイシア嬢に……!」


 言葉を失うゼノルへ、スウェルスは畳みかけるように言う。


「石材を中心とした建築資材が、市場から消えました! なんでも、アガーディア公爵領で大規模な公共工事が行われるとかで、関係者が大量に買い付けているという噂が……。そのせいで残った資材も高騰。予算的に、到底許容できないような単価になってしまっています!」

「……いつだ」


 気の抜けた雰囲気を表情から消したゼノルが、厳しい声音で問う。


「いつまで待てば手に入る」

「わ、わかりません……」


 スウェルスが途方に暮れたような表情で答える。


「なにぶん、加工に時間が必要な資材も多いため……市場に十分な量が戻るまで、おそらく一年以上はかかるかと……」

「……」


 ゼノルは答えない。

 こめかみに指を当て、視線を落としながら、猛烈な勢いで思考を巡らせている。

 しかし――――答えは出てこない。


「そ、それと」


 そんな主へ、スウェルスはためらいがちに付け加える。


「封書が、届いておりました……レイシア嬢から」

「……内容は」


 視線だけを上げて問うゼノルに、スウェルスは首を横に振る。


「私もつい今し方受け取ったばかりで、内容は確認していません。一刻も早くお持ちするべきだと思い……」

「よこせ」


 ゼノルは封書を受け取ると、無言のまま封蝋を指で剥がした。

 中の手紙を取り出し、その文面に目を通す。


「……ふっ、はははははははははっ!」


 突然哄笑を上げ始めたゼノルに、スウェルスもユナも困惑の顔を向けた。

 やがて急に真顔に戻ったゼノルが、手紙を床に放り捨てる。


「……なるほど」


 椅子の背に乱暴に身を預けながら、吐き捨てるように言う。


「奴は初めから、ここで詰ませる気でいたわけか」


 戸惑いながらも、スウェルスは床に落ちた手紙を拾い上げる。


「っ……!」


 それは、とても短い手紙だった。

 初めと結びの言葉を除いては、たった一文しか存在しない。

 差出人にとって、そしてこれを読む者にとっては、それだけで十分であったたために。


『大教会を建てたければ、わたくしの夫になりなさい』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ