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冷血貴族の婚約拒絶録 ~オレは絶対に、結婚などしない~  作者: 小鈴危一
一章 公爵令嬢編

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――――第23話――――

「よし……やったぞスウェルス、大成果だ」


 ダグライ上級神官が屋敷を去って、半刻後。

 執務室の椅子に座りながら、ゼノルは噛みしめるようにスウェルスへと言った。


「要求が通るかは賭けだったが……見事に勝ったな」

「……私も驚きました。まさか神器の対価に大教会の認定を要求し、うなずかせてしまうとは……」


 事の重大さに気圧けおされたかのように、スウェルスの声音にも緊張が混じる。


「この街に、大教会ですか……。規模としてはあっても不思議ではなかったものの、いざ決まったとなると感慨深いものがあります。さすがゼノル様。これは紛れもない快挙ですよ。ベルトリッド様も、きっとお喜びになるでしょう」


 補佐官の賛辞に、ゼノルは得意そうに答える。


「ふっ。ジジイが何を思おうが別にどうでもいいが……実を言えば、大教会認定は元々ひそかに狙っていたのだ」


 背もたれに身を預けながら、ゼノルは続ける。


「老朽化による教会建て替えの折、せっかく立派なものを新造するだから、あわよくば……程度の思惑だったがな。現実には、大教会としては規模が小さく、教団への伝手にも乏しいために厳しかったが……ふっ。レイシアのおかげでまたとない機会が訪れた。『夜』を差し出した都合、その代金の分余計な出費がかさんでしまったとも言えるが、教会が完成すればそれを補ってあまりある税収が手に入る。まったくあの女には感謝せねばならんな! ふははは!」

「学園には教団幹部の子女も複数在籍しているため、策としては仕掛けやすかったのでしょうが、結果的にこちらの利益が大きくなりましたね」


 ただ、とスウェルスが付け加える。


「まあ、厄介な条件を三点ほど付けられてしまいましたが」

「なんら問題ない」


 そんなスウェルスに、ゼノルはなんでもなさそうに返す。


「まず内装については想定内だ。あれくらい覚悟していた。元々建物が小さいのだ、増築しろと言われなかっただけマシと言える」

「それはたしかに……」

「軽くない出費にはなるだろうが、それだけの価値が大教会にはある。それと神器だが、こちらもまあなんとかなるだろう」


 軽く言ったゼノルに、スウェルスは眉をひそめる。


「ずいぶん楽観的ですね。一つ手に入れるだけであれほど苦労したというのに……。というかよくよく考えると、神器を返すから格を補うために大教会認定をくれという流れだったのに、その条件として普通に神器を要求してきたのは、なんともこう……」

「あの男も、オレの言い分が建前にすぎないことは理解していたのだろう。切れ者すぎても困るが、ある程度察しのいい者が対面に座ってくれている方が、話が早くて助かる」

「神に仕える身でありながら、ダグライ殿も食わせ者だったようですね。それで神器ですが、あてなどはあるのですか? 最悪教団からは借りられるでしょうが、それなりに高くつきそうですが」

「現状、ないな。だがいざという時の調達先候補はある」

「調達先候補?」

「隣の公爵がいくつか死蔵していると、いつだったか求婚女が言っていたではないか」

「……え? アガーディア公爵を頼るのですか?」

「なんの問題もあるまい? むしろ海賊討伐で恩を売っている分、借りる相手としては最適だ。きっと貸与料も安くしてくれることだろう」

「それはそうですが……。いえ、思えば公爵は、レイシア嬢の企みには関与していませんでしたね。たしかに問題はなさそうです」

「それでも、できれば別の手段で調達したくはあるがな。で、最後の条件だが……」


 そこで、ゼノルはやや難しい顔をする。


「工期の短縮は、実のところ想定外だった。まさか他国で新たな大教会の建造が計画されていたとは……。聞いた印象では、あれはおそらく教団上層部肝いりの案件。ならばその格を落とさぬようにという、向こうの事情も理解できる」

「……申し訳ございません。他国での状況にまで、調査の手がおよんでおりませんでした」

「いい。今回は時間もなく、オレ自身もそこまで気が回っていなかった。だが、まあ……」


 ゼノルは補佐官を振り仰いで訊ねる。


「間に合うだろう? 三年あれば」

「ええ。おそらくは」


 スウェルスが眼鏡を直しながら答える。


「元々かなり余裕をもった工期を設定していましたからね。職人を増やし、図書館などの付随施設も並行して工事を進めれば、なんとか間に合うかと」

「それでも優先順位を定め、後回しにできる部分は後回しにしろ。居住区画などは最悪完成しなくともかまわん。派遣された神官殿には、しばしの間高級宿にでも滞在してもらえばいい」

「はっ、かしこまりました。あらためて図面を精査し、手配しておきます。もっとも、その前に職人と資材の手配を早急に進めなければなりませんけどね。建材や人手がなければ、建つものも建ちませんから」

「ああ、頼んだぞ。不測の事態も起こるだろうが、最後まで全力を尽くせ。多少遅れてもオレがごり押しでなんとかしよう」

「そんな事態にはならないよう努めます」


 スウェルスが苦笑する。

 と、そこで、急に思い出したように言う。


「そういえば、図書館の蔵書についてはなぜあんな要求を? 当初そのようなお話はされていませんでしたが」

「別に、なんのこともない」


 ゼノルはなんでもなさそうに言う。


「向こうが条件を重ねてきたため、こちらも何かしら求めねば損だと思っただけだ。念には念を入れたいというのも事実だったが……教団のよこす蔵書に、領主として先に目を通すくらいの役得はあってもいいだろう?」

「ゼノル様は本がお好きですね。ここの蔵書も、幼い頃にほとんど目を通されたとうかがいました」

「当主となってからは何かと忙しく、あまり読めていないがな。ところで」


 と、そこで、ゼノルが話題を変える。


「頼んでいたマリー嬢の調査については、どうなっている?」

「さすがに気が早すぎです」


 スウェルスが顔をしかめる。


「まだそれほど経っていないではないですか。現状では大した情報が上がってきていませんよ」

「何かしら報告はあったのか? ささいなことでもかまわん。聞くだけ聞かせろ」

「……それであれば」


 スウェルスがややためらいがちに続ける。


「いくつか、入ってきている情報はあります。さほど役に立つとも思えず、詳細も確認できていないものにはなりますが」

「かまわん。話せ」


 ゼノルが即座に言った。

 スウェルスはうなずいて、報告書の内容を思い出しながら話し始める。


「まずマリー嬢本人についてですが、当初はレイシア嬢と仲がよかったようだとお伝えしていたかと思います。それに関して……実はマリー嬢が入学した時点で、二人はすでに友人同士だったようなのです」

「ほう?」

「最初から非常に親しげで、不思議に思った双方の友人が訊ねたところ、既知の間柄であることを二人共に認めたとか。ただ、具体的にいつどこで、どのように知り合ったのかを聞いた者はいません。それ以上調査は進んでおらず、現時点では不明です」

「ふむ……特段、不自然な話でもない。貴族同士だ、幼い頃に顔を合わせる機会もあることだろう。ただ……」


 ゼノルが、顎に手を当てながら言う。


「カルアード男爵とアガーディア公爵では、家格が違いすぎる。その点は少し妙に感じるな」

「加えて……これはまだ、裏の取れていない不確かな情報にはなりますが」


 スウェルスはそう前置きをして言う。


「マリー嬢は、カルアード男爵の正室の子ではないという噂が流れています」

「……つまり、庶子ということか?」

「ええ。幼い頃は市井に暮らしており、その後男爵家に引き取られたと」

「ふむ……」

「あくまで貴族の子の間に流れる下世話な噂の域を出ません。現段階では信憑性しんぴょうせいも低いです」

「まあ、時折聞く話ではあるものの……それ以上の感想はないな。今後カルアード男爵領の密偵などから、続報があればといったところか」

「続報こそないですが、そのカルアード男爵領の密偵からも報告が上がってきています。ただ、やはりまだ第一報なので、こちらも大した内容はありません」


 スウェルスは続ける。


「今から七年ほど前に、レイシア嬢や当主も含めたアガーディア公爵家の方々が、カルアード男爵領を訪れていたそうです」

「ほう? では、レイシアがマリー嬢と知り合ったのはその時ということか」

「それが……」


 スウェルスがわずかに言いよどむ。


「公爵家の方々は、カルアード男爵との会合のためではなく、単なる物見遊山(ものみゆさん)に訪れていただけだったそうで」

「ただの旅行だったと?」

「カルアード男爵領は小さいながらも、湯治場や史跡などの観光資源が豊富です。そのため昔から旅人に人気で、旅行に訪れる貴族も多いのだとか」

「そういえば、著名な湯治場があの辺りだったな。なんともうらやましい領地だ。というか家族そろって旅行とは、アガーディア公爵家はずいぶんと家族仲がいいのだな。身内同士で暗殺者を送り合う貴族も珍しくないというのに」

「さすがにそこまで険悪になることは少ないと思いますけどね」


 王国貴族を一応フォローしつつ、スウェルスは続ける。


「そういった理由で、レイシア嬢とマリー嬢がその時に出会っていたかはわかりません。カルアード男爵家は当時アガーディア公爵家の派閥に属していたので、物見遊山ついでに顔を合わせていた可能性もなくはないですが、そのまま帰っていても不思議では……」

「待て、スウェルス。当時属していた、だと?」


 ゼノルがスウェルスの発言を聞きとがめる。


「オレの記憶では、現在でもカルアード男爵家はアガーディア公爵家の派閥だったはずだが」

「それが……なんとも言えないところがありまして」


 スウェルスが煮え切らない表情で続ける。


「端的に言えば、カルアード男爵に離反の噂が立っています。また、おそらくそれに関連し、男爵領と領地を接する他の諸侯との間に少々きな臭い気配が」

「……おい、なぜそれを今まで黙っていた」


 ゼノルがスウェルスを睨む。


「男爵領には、ロドガルド領の飛び地の一つが接していたはずだ。紛争の気配があるのならば、こちらにも火の粉が飛びかねんではないか」

「申し訳ございません。ただ状況が少々不可解であり、ある程度判明しだい報告しようと手元でとどめておりました」

「不可解だと? どういうことだ」


 眉をひそめるゼノルに、スウェルスは表情を変えずに説明する。


「まず離反の件ですが、男爵も公爵も表立っては何も言っておらず、ただの噂にすぎません。その出所というのが……先日申し上げた、レイシア嬢とマリー嬢の仲違いです」

「娘同士の喧嘩程度で、離反の噂が立ったというのか? いや……」


 ゼノルが思い出すように言う。


「実家絡みでの仲違いだと、二人共に話していたのだったな。それならば噂になるのも無理はないか……。周辺諸侯とのきな臭い気配というのはなんだ? 具体的には何が起こっている」

「わかりません」

「はあ?」


 呆気にとられるゼノルに、スウェルスは困惑混じりに答える。


「昨年の冬、男爵領周辺の諸侯が突然兵を増員し、男爵領との境界付近に配備し始めました。しかし、その数ヶ月後には配備を解き、裏でなにやら男爵に対する懐柔工作を始めたようです。これは現在まで継続しています。理由はわかりません」

「なんだそれは……本当に何もわからんのか」

「ええ。きっかけとなった事件のようなものは何もなく、男爵側が侵攻の意思を見せた気配もありません。一連の動きの原因は、まったく不明です」


 聞いたゼノルは、こめかみに指を当てながら言う。


「懐柔を試みているのだから、怨恨が原因ではないのだろう。だがそれならば……そいつらはなぜ突然警戒し始めた? 大した領地も持たぬような男爵を。そしてなぜ突然味方に引き入れようとしだしたのだ」

「懐柔に関しては、工作の開始時期とご令嬢二人の仲違いの時期が重なるので、アガーディア公爵から離反した男爵を派閥に取り込もうとしたと見ることもできます。ただ……」

「いずれにせよ、そこまでカルアード男爵に目を光らせる理由がわからんな」


 ゼノルは背もたれに身を預け、溜息をつく。


「……スウェルス。憶測でもいい。現状、原因として考えられるのはなんだ?」

「そうですね……」


 しばし思案した後、スウェルスは答える。


「ありうるとすれば、やはり神器でしょうか」

「……神器、か」

「カルアード男爵が強力な神器を入手したならば、諸侯の警戒や懐柔の動きに説明がつくかと」

「……ん? 待て」


 ゼノルが、視線を斜め下に向けながら言う。


「カルアード男爵……神器…………。貴様、昨年そのような報告を上げていなかったか?」

「ええ」


 スウェルスがあっさりうなずく。


「昨年、カルアード男爵領の史跡で新たに神器が見つかったというものですね。発見は春だったようですが、情報が流れ始めたのが秋ですので、報告を上げたのはその頃です。ただ」


 スウェルスは真顔で付け加える。


「それは関係ないと思いますよ。『夜』と変わらないくらいに使い道のない、低級神器だったようですので。私が報告を上げたのも、売りに出されれば安く入手できる可能性があったためです」

「たしか……先の切り取られた『鍵』のような形をした神器だったか」


 ゼノルが思い出しながら言う。


「なんでも、人形を動かせるとかいう」

「ええ。『鍵』を人形に押しつけて回すと、ひとりでに動き出すのだそうです。動きはある程度、使用者の思い通りにできるとか」

「『夜』よりは面白そうではある、が……」


 ゼノルは微妙な表情で言う。


「……大道芸くらいにしか使い道が思い浮かばんな」

「少なくとも、警戒されるような神器ではないかと。加えて言えば、時期もずれています。情報が流れ始めたのは秋。一方で諸侯が兵を配置し始めたのは冬です。彼らがよほど優柔不断だったわけでもない限り、無関係でしょう」

「では、ありうるとすれば別の神器か。ただ現実的に考えると……」

「強力な神器が市場に流れた情報はなし。発見は極めて稀。確率でいえば、非常に低いかと」

「と、なると……」


 ゼノルは腕を組み、天井を見上げて言った。


「……何もわからんな。少なくともこの程度の情報では。報告をとどめていた貴様の判断が正しかったようだ」

「どうも恐れ入ります」

「カルアード男爵周りの調査は、そのまま続けろ。報告のタイミングは任せるが、重要案件として貴様が主導するように」

「かしこまりました。引き続き、そのように進めます」

「それと、教会建設も抜かりのないようにな。現状そちらの方がはるかに重要だ」


 聞いたスウェルスは、苦笑して言う。


「なかなか、部下に任せられる仕事がありませんね」

「そういう時もある」

「委細、承知いたしました。元々これが私の仕事ですからね」


 と、スウェルスは踵を返す。


「では、そろそろ政務に戻ります。承認が必要な書類を後ほどお持ちしますので、速やかにお願いしますね」

「ああ、わかっているとも」


 ゼノルの生返事を聞いたスウェルスが、執務室の出入り口へと向かう。

 ドアノブに手を掛けたその時……ふと、自らの主を振り返って言った。


「ゼノル様……これで終わりなのでしょうか」

「……」

「今回、どうにも簡単にすぎた気がします。大教会認定の成果は大きいものの、ただの真っ当な交渉で事が済んでしまいました。これまでゼノル様の動きを読み、策を講じてきたレイシア嬢です。今回もやはり、交渉の結果を予測して、すでに手を打っているのでは……」

「……それでも、成果は成果だ。今後あの女が何を仕掛けてこようとも、教団との交渉結果は動かん。なに、案ずるな」


 険しい表情の補佐官へ、ゼノルは不敵に笑って告げる。


「どんな策であろうと、また打ち破ってやるだけだ」

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