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冷血貴族の婚約拒絶録 ~オレは絶対に、結婚などしない~  作者: 小鈴危一
一章 公爵令嬢編

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――――第22話――――

 教団は、その正式な名を創神教団という。

 ライデニア王国どころか、その周辺諸国に至るまで広く信仰されている一大宗教だ。


 元々は、神器を研究し、世界の成り立ちを解明しようとする思想家や博物学者の集団だったという。

 神器は神が作成した工芸品であるという思想は古来から存在する。そこから派生し、神器の秘密を解明することで、この世の神秘や神の意志を探れるのではないかと考えた者たちがいたのだ。


 その試みは、有り体に言えば失敗した。

 神器は、人智がおよぶものではなかったのだ。

 法則がない。再現性もない。現象の発生機序も、具体的に何が起こっているのかすらも把握できない。中には、因果を無視しているとしか考えられないような神器まで存在した。

 数多の天才たちが参加し、その中の半数は失意のうちに死ぬか、去って行った。そして残った半数は――――その神秘にあらためて、神の存在を見出した。


 集団は次第に変質し始めた。

 神器の蒐集は解明のためではなく、解明できないことを確かめるために行われるようになった。粗末な実験の末、自分たちには何もわからないことがわかると、残った天才たちは喜び、祈りを捧げた。


 集団はいつしか宗教となり、彼らは教団を名乗るようになった。

 教団は、天才たちの頭脳をもって狡猾に、その思想を広め始めた。

 元々の庇護者の伝手を使い、上流階級の婚姻や葬儀、あるいは祝祭を神器の神秘で彩った。一方で献金を積極的に行い、より上位の有力者の庇護を得た。

 やがて貴人の間で教えが広まると、それは次第に市井しせいにも伝わり出す。

 時代が下るにつれ、彼らの存在は人々の暮らしの中で当たり前のものになっていった。もはや神器など使わなくとも、婚姻や葬儀や祝祭は、彼らの手で行われることが当然となった。


 教団が既存宗教を駆逐し、ここまで版図を拡大できたのには、いくつか理由が存在する。神器を利用しすさまじい財力を得ていたこと。戒律が緩く教義が明快で、民が気軽に入信しやすかったこと。

 だがそれ以上に、神器に神の存在を見出す思考そのものが、人間にとって自然なものだったことが挙げられるだろう。


 現在の教団は、小国では到底太刀打ちできないほどの巨大組織と化している。

 今も教義によって神器の蒐集は続けられているものの、世界の神秘を解明しようとしていた当初の集団の面影は、もはやわずかもない。



**



「上級神官の、ダグライと申します」


 屋敷の応接室にて、神官服を着た髭面の男が静かにそう名乗った。

 『夜』の返還にかかる交渉のために遣わされた、教団からの使者だった。

 一通り形式的な挨拶を交わした後、ゼノルとダグライは机を挟んで向かい合う。

 いざゼノルが口火を切ろうとしたその時、ダグライが唐突に言った。


「誠に失礼ながら……まずは『夜』を確認させてはいただけないでしょうか」


 ゼノルはわずかに肩をすくめると、傍らに立つスウェルスに目配せする。

 あらかじめ取り決めていたとおり、スウェルスは用意していた小さな木箱を机の上に置き、その蓋を外した。

 そこには綿と共に、漆黒の球体が収められている。

 ダグライは神器を一瞥すると、ゼノルに問う。


「手にしてみても、かまいませんか」


 ゼノルは無言でうなずく。

 それを確認したダグライは、球体をおもむろに左手でつまみ上げると、広げた右手の上に置いた。

 その五指を、少しずつ閉じていく。

 それと連動するかのように――――応接室は、次第に暗くなっていった。


「……たしかに」


 室内が完全に暗闇に包まれてしまう前に、ダグライは右手を開き、再び球体を指で()まんで箱に戻した。


「これは紛れもなく、かつて教団が所有していた『夜』であるようです」


 スウェルスがゼノルに耳打ちする。


「……使用方法を知っているということは、盗品というのは本当だったようですね」


 ゼノルは微かにうなずく。

 ダグライの手つきは、明らかに自分たちよりも『夜』の特性を知悉しているそれだった。

 ゼノルは髭面の男へと話しかける。


「そいつに詳しいようだな。もしや、七年前盗難にあったという教会の出だったか?」

「いいえ」


 ダグライは静かに首を横に振る。


「私自身は、資料に目を通したにすぎません。それを所有していた教会長が、子細に仕様を書き留めてくれていたのです」

「……ふうん。そうか」


 ゼノルはそれだけ返す。

 今ひとつ、捉えどころのない男だと感じていた。


「ゼノル卿」


 ダグライ上級神官がおもむろに口を開く。


「我々の要望は、先に書面でお伝えしていたとおり。どうか神が造りたもうた『夜』を、人々の祈りの場にお返しください」

「ふん……それは、神が望んでいることか?」


 ゼノルの不敵な問いに、ダグライは静かに首を横に振る。


「神のご意志は、人の身で推し量れるものではございません。ただ、そこに慈心があることを願うのみでございます」


 ゼノルはしばし沈黙を保っていたが……やがて口の端を吊り上げて言う。


「わかっているとも。冗談だ。オレに異存はない」


 ゼノルは続ける。


「盗難に遭うとは、その教会も災難だったな。しかしこうやって再び世に出てきたのであれば、ひょっとするとそれが神の意志なのかもしれん。詳細な資料まで作られていたくらいだ、それだけ大事に祈られていたのだろう。あるべき場所に返そうではないか」

「……感謝いたします」


 ダグライはそう言って、深々と頭を下げた。

 しかしその声音や仕草からは、ダグライ自身の感情が今ひとつうかがえない。

 やや手応えのなさを感じながらも、神官が頭を上げるのを待ってゼノルは言う。


「しかし、だ。ただ返すとなると、こちらとしては少々苦しい」

「……」

「その神器は元々、この地に新造する教会へ預けるために買い求めたものだ。探しに探した末、大枚をはたいてようやく手に入った……いや、金について言うのはよそう。ただいくら立派な教会が建っても、収められる神器がなければやはり求心力は落ちる。それはオレとしても、そして教団としても、望ましいことではないはずだ。代わりの措置を講ずる必要がある」

「……。つまり?」


 静かに問うダグライに、ゼノルは例の酷薄にも映る笑みとともに言う。


「この地に新たに建つ教会に、大教会の格が欲しい」


 ダグライは、無言でゼノルを見返した。


 大教会とは、周辺の教会を管理、指導する地位にある特別な教会のことだ。

 その長には教会長ではなく管区長の役職が与えられ、また図書館などの付随施設まで含めて、一般の教会より立派な造りであることが多い。

 加えて言えば――――大教会からの税収は、一般の教会とは比べものにならないほど高額になる。

 赤字運営になることもある教会とは違い、大教会は教団の事業を実質的に担う立場だ。収入が大きい分、領主も税を大きく課せる。

 さらには、高位の神官や、大教会を訪れた巡礼者が落とす金によって、街も潤う。大教会によって新たな街ができたこともあるほどだ。


 ゼノルは続ける。


「上級神官であるダグライ殿ならば、口利きが叶うと見ている。無論、建物は大教会の格に恥じないものになる予定だ。どうだろうか」


 髭面の神官は、思い悩むような素振りを見せた。

 ここはもう一押ししておくべきかと、ゼノルは追加で手札を切る。


「実は今ある教会で教会長を務めているネルハ殿は、けっこうな高齢でな。そろそろ隠居を望んでいるのだと聞いていた。よって新たな教会の長には、別のふさわしい者を選ぶ必要があったのだが……やはり大教会ともなれば、教団から徳の高い神官殿を派遣してもらおうかと考えている」

「……」

「場合によっては……ダグライ殿。ロドガルド辺境伯の名で、貴殿を指名してもかまわない」


 ダグライの表情は変わらない。

 だが、その意味は理解したはずだった。


 教団は歴史の中で、権力者たちと激しく対立したことがある。神器による莫大な経済力と武力を警戒した権力者が、教団の力を法によって削ごうとし、教団側がそれに反発する形で紛争へと発展したのだ。

 紛争はすさまじい数の死者を出して終結したが、人心の弱さを知った教団は、各地にある教会の長をその地の領主が任命することを認めた。

 領主の息のかかった者が教会長になれば、教団の支配はおよばなくなる。それどころか、収益の一部をかすめ取られることもあるだろう。

 だが教団は認めた。それはある種の安全保障であり、権力者たちが勝ち取った権利でもあった。


「どうだろうか、ダグライ殿」


 それを、ゼノルは放棄すると言っていた。

 さらには使者に対し、逆に口利きしてやるとまで。

 ゼノルにしてみれば、教団勢力に怯える臆病者の権利など不要で、相手に選ばせるくらいなら逆にこちらで選んでやろうという魂胆だったものの、基本的には譲歩の提案となる。

 大教会には、それだけの価値があった。


 短い沈黙の後、ダグライが口を開く。


「お言葉はありがたく存じますが、残念ながら私には大教会の長などとても務まりません。ただ……教会の図面を、見せていただくことはできますかな」


 ゼノルが目配せをする。

 スウェルスはあらかじめ用意していた書類を、机の上に広げた。

 拝見します、と言って、ダグライがそれらに丁寧に目を通していく。

 紙が擦れる音だけが響く、長い沈黙の後……ダグライが顔を上げて言った。


「確認しました。少々規模が小さくはありますが……大教会の認定、可能であると存じます」

「そうか! すばらしい。ではぜひ口利きを願いたい。さしあたっては書面での確約を……」

「ただし」


 まったく変わらぬ調子で、ダグライが静かに言った。


「条件が三つ、ございます。これらが満たされなければ、私がどう言ったところで認定は叶わないでしょう」

「ふむ……聞こう」


 わずかに表情を引き締めながら、ゼノルはそう返した。

 ダグライは淡々と言う。


「まず一つ目に、大教会の格にふさわしい内装を施し、調度品を揃えていただく必要がございます」

「……ふむ」

「現状では、いささか足りぬ箇所があるかと。前例となる資料はございますので、ぜひご再考を。必要となる資材および調度品については、教団から融通できる分もございます」

「大教会の内装か。なかなかに高くつきそうだな」

「それはいささか」

「いいだろう」


 ゼノルはあっさりとうなずき、続きを促す。


「それで、二つ目は?」

「二つ目は、やはり神器が必要という点でございます。大教会ともなれば、さすがに空の聖堂というわけにもまいりません。寄贈でなくとも、ゼノル卿から貸与していただく形でも、あるいは教団から貸与する形でもかまいません。その場合は、対価が必要になりますが」

「まあ当然だな。で、三つ目は」


 まるで予定調和のようにうなずいて、ゼノルは続きを促した。

 ダグライはわずかに間を置いて、口を開く。


「最後の条件は……教会を、今から三年以内に完成させてほしいということです」


 聞いたゼノルの眉が、微かに動いた。

 あくまで落ち着いた口調で言う。


「予定では、まだ四年半の工期を残しているのだがな。それでは遅いと?」

「恐れながら、いささか」

「理由を聞こう」


 ゼノルが詳細を促すと、ダグライは説明を始める。


「現在、他国にて新たな教会建造の計画が立てられております。予定される工期は二十年。着工まではまだ少々かかるものの、そう遠くないうちに工事が開始されることでしょう」

「二十年の工期とは、なかなかに壮大な教会となるようだな」

「ええ、それはもちろん。初めから大教会とするべく建造されるものですので。すなわち……我々は二十年後にも、大教会の認定を行う予定でいるということです」

「……なるほど」


 ゼノルは背もたれに体重をかけながら言う。


「大教会は、教団の権威の象徴となる機関。その格を踏まえると、そう頻繁に認定はできぬということか」

「おっしゃるとおりでございます」


 ダグライは静かにうなずく。


「百年前と比較すると、大教会もずいぶん増えました。すでに過剰と考える幹部もおります。最低でも二十年、次回認定までの期間が空いている必要があるでしょう。件の教会の竣工予定はおよそ二十年後。となるとこちらの教会は、本来ならば現時点で完成していなければ間に合わないところですが……着工までの期間や工期の遅れを見込み、なんとか三年は猶予を作れるかと存じます。三年。それが、譲歩できる限界の期間となります」

「ふむ……」


 ゼノルは腕を組み、わずかに考え込むような仕草をした。

 だが、すぐに口の端を吊り上げて言う。


「わかった、いいだろう。工事は急がせよう」

「誠に、恐れ入ります」


 ダグライが再び、深々と頭を下げた。

 ゼノルは上機嫌に言う。


「話はまとまったな。実にいい取引だった。今後ともよろしく頼むぞ、ダグライ殿」

「光栄に存じます。ここまで粗探しのようなことを申してしまいましたが、この地に大教会が建つとなれば、それは記念すべきものになることでしょう。最も東に位置する大教会ということになりますから。異民族の領域に近いながらも、かのロドガルド辺境伯の守護する地であればまさしく安泰。私としましても、非常に喜ばしく存じます」

「ほう、それはいい。神の存在を世に示す一助となるのであれば、オレも誇らしいぞ」


 ただ、とゼノルは言う。


「もっともそれも、建たぬことには仕方ない。急ぐ都合、教団にも少々協力を仰ぎたい」


 聞いたダグライは、静かに目を伏せて答える。


「私の力のおよぶことであれば、なんなりと」


 ゼノルは告げる。


「教会の図書館に収める蔵書についてだが、早期に送ってもらいたい。目録も併せてな。今すぐにでもかまわん」


 ダグライは、わずかに不思議そうな顔をした。

 取り決めにはなかった要望に、スウェルスも微かに眉をひそめる。

 ゼノルは続けて言う。


「書物は重量がかさむために運びにくく、また価値も高いせいで狙われやすい。完成直前になり、輸送中に事故でも起こったらことだ。念には念を入れたい。幸い、保管のための部屋も余っているからな」


 教会には、付随施設として図書館が設けられることが多い。

 収められる本の種類は多岐にわたり、思想書から学術書、果ては子供向けに翻案された叙事詩なども含まれる。

 膨大な蔵書の数々は、慣例として教団が無償で提供する。それらだけで一財産と言える規模であるため、教団は写本を作る神器を有しているのだという噂もある。

 教会図書館は、民の啓蒙のためという名目でこれまで建てられてきた。意外にも名目以上の意味はほとんどなく、教団にとっては慈善事業に等しい活動だ。

 あるいはそれは、世界の謎を解明しようと挑んだ集団の、微かな残滓ざんしなのかもしれない。


 ダグライはわずかに思案した後、穏やかに答える。


「問題ありません。速やかに手配いたしましょう」

「そうか、助かるぞ。これでこちらも、憂いなく工事を進められるというものだ」


 笑みとともに答えるゼノル。

 その対面で、ダグライは静かに口を開く。


「……ゼノル卿。教団は今後、この地に大教会が建つ前提で事を進めます。どうかくれぐれも――――」


 神官は、若き辺境伯の目をまっすぐに見つめ、言った。


「――――やはりできぬなどとは、おっしゃりませぬよう」

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