――――第21話――――
それから二日後。
ゼノルたちはその後刺客に襲われることなく、無事にロドガルド領へ戻ってきた。
「ふう。なんとか生きて帰ってこられましたね」
例によって、執務室。
胸をなで下ろすスウェルスの前をすたすたと歩いて、ゼノルが事務机の椅子にどっかと座る。
「大げさだぞ。あの程度でなんだ」
「そう言われましても。刺客に襲われるなんてそうそうありませんからね」
「気を抜いている暇はない。次は教団を相手にせねばならんのだからな」
「まあそれはたしかに。方針を決める必要がありますね」
スウェルスが悩ましげに言う。
「まず、『夜』を返すべきか否かというところからですが……いかがなさるおつもりで? やはり返還を了承したうえで、対価を要求する方向でいきますか?」
「……」
「……ゼノル様?」
「……はあ」
いぶかしげなスウェルスに、ゼノルはなんとも嫌そうな表情で溜息をつく。
「……そうだな。『夜』は返す」
まさに不承不承といった調子で続ける。
「返還を拒めなくはない。法的にも慣習的にも理はこちらにある。元々盗品とはいえ、神器という高価な品を無償で渡せなどという要求は不当と言っていい。同じ状況なら少なくない諸侯が拒むことだろう。だが……要求を撥ねのける以上、やはり教団との間にいくらかの軋轢は生じる。もちろんその程度でロドガルドが揺らぐことはないが……よりよい手があるならば、領主としてはそちらを選ばざるをえん」
ゼノルは憂鬱そうに嘆息する。
「まあ、惜しくはあるがな」
「……意外ですね」
ゼノルの様子に、スウェルスは目をしばたたかせる。
「あの神器にはずいぶんと不満があるご様子でしたので、てっきり手放すことには抵抗がないかと思っていたのですが。いつの間に惜しむほど気に入られたのです?」
「……ふん」
ゼノルは補佐官から目を逸らして鼻を鳴らす。
「試用しているうちに、多少愛着が湧いただけだ。そんなことはどうでもいい」
「はあ……」
どこか釈然としないところがありつつも、スウェルスは話を続ける。
「返還するとなると、やはり対価を求めますか」
「無論だ。本当にタダで返してやる馬鹿がどこにいる。レイシアの甘言に乗せられた、身の程知らずの蒐集家どもからはきっちりむしりとるぞ」
「では、問題はどれくらいの金額を求めるかですね」
スウェルスが難しい顔になって言う。
「交渉での減額を前提に、初めはある程度高い金額を提示した方がいいでしょうが……問題はブランキ商会からの購入価格。これを指摘されると、一気にあの格安価格が基準となってしまいかねません。向こうに知られているかが問題ですが……」
「何を言っているのだスウェルス。奴らは金など払う気はないぞ」
まるで寝言でも聞かされていたかのような表情で、ゼノルは言った。
スウェルスは目が点になる。
「へ?」
「文面を思い出せ。道義に基づき善意での返還を求めると書いてあっただろうが。常にしたって、奴らは自分たちで探すか寄贈を募るばかりで、市場から神器を買い入れることはほとんどない。そんなことをすれば全体の相場が上がり、かえって蒐集が困難になるからだ。盗品ならばなおさらだろう」
「いやですが、そこは交渉で……」
「交渉の余地も、実のところほとんどない。なぜなら対価を支払ってまで買い戻す動機が、大管区長にはないからだ。『夜』を保有していたのは子爵領の教会であり、大管区長のおわす王都の大教会ではない」
「え……?」
スウェルスが困惑したように言う。
「いやそんな、自分の物じゃないからどうでもいいみたいな……。教団の教会ですよね? 身内ではないですか」
「教団なんてそんなものだ。それに『夜』を保有していた教会は、子爵によって建てられ、子爵によって教会長が任ぜられていたそうではないか。ならば身内でも外様だ」
「……そんなにどうでもいいなら、なぜ大管区長はわざわざ返還要求を?」
「大管区長自身は、おそらくこの件にさほど関わっていない。名前の使用を許可しただけだろう。こんな些事に出張るほど暇な地位ではあるまい。実際には、レイシアから情報をもたらされた上級神官か、せいぜい大神官あたりの独断といったところか。教義によって神器を蒐集している以上、返還が成れば一応の手柄にはなるからな。そして、その程度の動機であるので……大金を支払ってまで回収するはずがない。こちらが譲歩せねばただ交渉が決裂して終わるだけだ」
「そ、そんな……」
スウェルスが呆然としたように言う。
「それでは、対価など求めようがないではないですか」
「その判断は短慮にすぎるぞ、スウェルス。金は支払えずとも、奴らには差し出せるものがある」
ゼノルは口の端を吊り上げて言う。
「大金に比べれば抵抗なく提供できるが、しかしこちらにしてみれば大金以上の価値を持つ。そんなものがな」
「金銭以外のもので対価を要求すると? となると、たとえば……」
スウェルスがわずかに考え込んで言う。
「……別の神器、などでしょうか」
「ほう」
ゼノルが感心した顔になる。
「いいところに目を付けるな。そう、神器の無償貸与などを要求するのも一つの手だ。元々こちらの教会に預けるはずだった神器なのだ、奴らとしても抵抗は薄い」
「ならば……」
「だが、ダメだ」
ゼノルはきっぱりと言う。
「それで提供されるのは、『夜』よりも格下か、せいぜい同等の低級神器といったところだ。それではこちらになんの得もない」
「神器を返しておきながら、得する気でいるのですか……? いったい何を要求するつもりなのです?」
「ふっ、まあ見ていろ」
ゼノルは不敵に笑う。
「まったくレイシアめ……いい時に策を打ってくれたものだ」




