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冷血貴族の婚約拒絶録 ~オレは絶対に、結婚などしない~  作者: 小鈴危一
一章 公爵令嬢編

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――――第20話――――

「ああっ、戻られましたか。ゼノル様」


 ゼノルが学園の門にまで戻ると、待っていたスウェルスが声を上げた。

 ゼノルは補佐官へ目を向けることもなくすたすたと門をくぐり、人や馬車の行き交う王都の街を歩き出す。


「宿で待っていればいいと言っただろう」

「……あのですね」


 スウェルスが追いすがりながら言う。


「ご自身の立場を考えてください。供も付けずに一人で街を歩くなど。暗殺や誘拐の危険だって……」

「護衛ならばフィンがいるではないか。それに、ここの学生ならば別に珍しくもないぞ」

「ゼノル様は貴族の子女などではなく、ロドガルド辺境伯家の当主ですよ。すでに立場が違います。それに……あの男ならばいません。いったいどこへ行ったのか……」

「どこかにはいる。貴様が見つけられんだけだ」


 それよりも、と、ゼノルは歩きながら補佐官へ視線を向ける。


「せっかくだ。いるならば仕事をしてもらおうか、スウェルス。急ぎ、密偵連中に連絡を取れ。調べてもらいたいことがある」

「はっ、それは問題ありませんが……レイシア嬢との対話で、何か有力な情報が得られたのですか? 執拗しつように婚約を求める理由を、問いただすとのことでしたが……」

「そちらは案の定はぐらかされた。まったく期待していなかったからかまわんがな。ただ、少々気になることがあった。調べたところで、役立つ見込みは薄いかもしれんが」

「そうですか……」


 スウェルスが気落ち気味に言う。


「……あの、今さらですが、私まで王都を訪れた意味はあったのでしょうか。屋敷では今この瞬間にも、仕事が溜まり続けているのですが……」

「調査に関わる諸々の手配は、貴様の方がずっと手際が良い。急ぎの案件に備え、王都から指示を出せる態勢にしたかったのだ」

「しかし……望み薄なのですよね? その調査。やはり領内の仕事を優先するべきだったかと……」

「……あのな。貴様はいつも忙しい忙しいと言っているが、だったら普段から人に任せたらどうだ。なんでも自分で片付けようとするからこのような時に困るのだぞ」

「そう言われましても、自分でやった方が早く片付くので……」

「それでもだ。これ以上婚期を遅らせたくなければ、いい加減に部下を育てろ。この状況で貴様に倒れられては目も当てられん」

「む……それはたしかに一大事ですね」


 スウェルスが真面目くさった顔で言う。

 いったいどちらについて一大事と言ったのかゼノルには判断がつかなかったが、そこはあえて訊かずにおくことにした。

 主の気配りを知ってか知らずか、スウェルスはあらためて問う。


「話が逸れてしまいましたが、それで、調べてもらいたいこととは?」

「マリー、という女生徒についてだ。わかるか?」


 まったく期待せずに訊いたゼノルだったが、意外にもスウェルスはうなずく。


「ええ。マリー・カルアード嬢。レイシア嬢よりも一つ年下の生徒で、王都の南東に小規模な領地をかまえるカルアード男爵の長女ですね」

「……ほう」

「成績は普通。婚約者も今のところなく、特筆するところのないご令嬢です。ただ……今年の初春から、レイシア嬢と不仲になっています。家格の差もあってか、現在では一方的に辛く当たられているようですね。それまでは仲がよかったようなのですが。理由については、双方共に『実家絡みで仲違いした』と周囲に話しているようです」

「……よく調べているな」


 ゼノルは心から感心したように言う。


「さすがはスウェルス。オレが見出した男なだけはある」

「はあ。まあ、派閥周りを調べろとの指示を受けていましたので」

「オレも今日、まさにその場面を目撃した。気になったのは少々の違和感を覚えたためだ。どうにもあの女らしくない」

「そう……ですか? 報告を読んだ限りでは、特に違和感などはありませんでしたが」


 スウェルスが眉をひそめて言う。


「レイシア嬢とて人間ですし、友人と喧嘩くらいするでしょう」

「文字で読むばかりではわからんだろう。あれは喧嘩というより、陰湿な嫌がらせだ。だからこそ違和感がある。たとえ仲を違えたとしても、あの女がそんな百害あって一利もない愚劣行為をわざわざするとは思えん」


 ゼノルが学園に通っていた頃、高慢に振る舞う上級貴族の子女は珍しくなかった。

 その全員が、ゼノルにしてみれば愚物の類だった。あのレイシア・リヴィ・アガーディアが、そういった連中に類するとは考えにくい。


 とは言ったものの、ゼノルは溜息をついて付け加える。


「もっとも、だからなんだという話ではあるがな……。レイシアが実はそのような性根だったと言われれば話は終わりだ。あの女の背景を探る手がかりになる見込みは、正直薄い」

「……王都の密偵には、今日中に指示を出しておきましょう」


 スウェルスが眼鏡を直しながら言う。


「カルアード男爵領には密偵を配していませんが、幸いロドガルド領の飛び地の一つが接しています。そこから向かわせれば、迅速に調査を開始できるかと」

「……ああ、それでいい。頼んだぞ」

「望み薄でも、何もしないよりはマシですからね」


 スウェルスが苦笑して言う。


「せっかく王都へ来たのですから、私はここでできる仕事をしましょう」


 そう言うと、街路の先を見据える。


「宿に戻り次第、私は密偵の隠れ家に向かいます。マリー嬢周りを調べ上げた者には評価いただいた旨を伝え、褒賞も出しておかなくては。ゼノル様は従者と共にお待ちください。……あれ、そこを右ですが」

「そのまま歩き続けろ――――けられている」


 スウェルスが目を見開き、とっさに振り返ろうとした。

 ゼノルは顔を動かさずにそれを制止する。


「後ろを見るな、気取られる。向こうも二人か……気配を消すのは下手だな」

「ど……どうすればっ?」


 焦る補佐官に、ゼノルは冷静に告げる。


「このまま宿には戻れん。()くぞ」

「撒くって……どのように?」

「簡単だ――――走れ!」


 叫ぶと同時に、ゼノルが走り出した。

 一拍遅れて、スウェルスも慌ててそれに続く。

 街路を往来する人々が、何事かと道を空ける。

 背後の気配が、着実に自分たちを追って来ていることをゼノルは感じていた。息を切らして斜め後ろを走る補佐官に告げる。


「路地に入るぞ! そこだ!」

「え、ええっ!?」


 街路から路地に飛び込むゼノル。スウェルスも、言われるがままそれに続いていく。

 大通りから少し脇道に逸れただけで、王都の街は混沌とした様相を見せ始めた。右へ曲がり左へ曲がり、複雑にうねり枝分かれする路地を、ゼノルとスウェルスは二人で駆けていく。


「こ、これ、どこへ向かっているかわかっているんですかっ!?」

「案ずるな!」


 補佐官の疑問に、ゼノルは笑みを浮かべる余裕すら見せながら答える。


「学園在学中に王都の地理はあらかた覚えた! このオレに任せておけ!」

「お、おお……! さすがゼノル様!」

「よし、次を左だ!」


 そして、分かれ道を左に曲がったその時――――二人の目の前に現れたのは、建物の壁に阻まれた行き止まりだった。


「っ!? ゼノル様っ、袋小路ですが!?」

「……参ったな」


 動揺する補佐官に、ゼノルは胸元を扇ぎながら答える。


「どうやら記憶が薄れ、迷ってしまったらしい」

「ちょっとーっ!?」


 スウェルスがたまらず叫ぶ。


「も、戻りましょう! 別の道をっ!」

「……いや。遅かったようだ」


 今し方来た道から、複数の足音が響いてくる。

 そして――――二人の前に人影が姿を現した。

 三人の男。その雰囲気は、明らかに一般市民が纏うものではない。


「すまないな、スウェルス」


 ゼノルは若干ばつが悪そうに言う。


「二人ではなく三人だったようだ」

「い……いや、冗談にもなっていないのですが」


 スウェルスが顔を引きつらせる。

 だが、すぐに三人の刺客を睨み、決意を込めて言う。


「く、仕方ありません……ゼノル様、ここは私がおとりを務めます! その間にお逃げください!」

「できもしないことを言うな」


 ぴしゃりと言ったゼノルが、三人の男に向けて一歩踏み出した。

 声を張り上げる。


「貴様ら、誰の手の者だ! このオレになんの用がある!」


 男たちは答えない。

 ただ無言で、自らの得物を抜いた。

 両端の男は腰の長剣を、中央の男は服の下に隠していた短剣を、それぞれかまえる。

 ゼノルは口の端を吊り上げて言い放つ。


「なるほど……寡黙さは暗殺者としては及第点だ」


 三人の刺客は、やはり答えない。

 ゼノルは――――静かに、腰に提げた古びた剣の柄に手を触れた。

 左腰の柄に、左手で。

 それは傍目には、剣を抜き払おうとしているようにはとても見えない動作だった。


「……」


 中央の男は、ゼノルの動きにほんのわずかに眉をひそめたものの……やはり何も言うことなく、両端の男に目配せをした。

 長剣を手にした二人の刺客が、同時にうなずく。

 共に重心を落とし、ゼノルに向かって駆け出そうとした――――その時だった。


「ぐぁ……」


 左の男が、突然くぐもった呻き声を上げた。

 口からは血泡があふれ……その胸からは、赤く濡れた鉄針が突き出している。

 剣が落下する甲高い音とともに、陰鬱な声が響いた。


「……二点」


 くずおれる男の背後から、人影が飛び出した。

 短剣の反射光が、一瞬煌めく。

 同時に、右の男の喉が切り裂かれていた。男は血の吹き出す首をとっさに押さえながら、信じられないかのような顔でその人影を見つめる。


「……八点」


 刺客を瞬く間に二人仕留めた人影は、少年だった。

 年の頃はゼノルとそう変わらない。やや長い黒髪を垂らし、陰鬱な表情をしている。

 その目が、最後の刺客を捉える。


「っ……!」


 残った中央の男の反応は、早かった。

 手の短剣を、まるで投剣かのごとく謎の少年へと投げつける。


「……!」


 さすがに予想外だったのか、少年はわずかに目を見開いて、首を押さえたまま死んだ男を引き寄せた。

 短剣は死体の肩に突き立ち、わずかに貫いて止まる。

 少年は反撃のため、即座に死体の盾を投げ捨てる。だが。


「……む」


 その時にはすでに、最後の刺客は路地の先に消えていた。

 少年は肩を落とし、陰鬱な表情で呟く。


「……〇点。死にたい」

「ご苦労。助かったぞ、フィン」


 ゼノルが笑みとともに、少年に声をかける。

 その顔に、驚いた様子などはない。


「やはり離れていなかったか。まったく、あまりオレを焦らせるな」

「……ゼノル」


 フィンと呼ばれた少年が、ゼノルに陰気な顔を向ける。

 その視線は、腰の剣に向けられていた。


「そういえば、それ持ってきてたんだっけ……。じゃあ僕、別に出てくる必要なかったね」

「何を言う。こういう時のために貴様を雇っているのだ。出てきてもらわねば困るぞ」


 フィンはゼノルの護衛であり、スウェルスやカダルグと同様、ゼノルが自ら見出した人材だった。

 しかし、フィンは陰鬱そのものといった調子で言う。


「だって僕、どうせ下手くそだし……。最初のやつ、骨に当たって軌道がブレた。血を吐かれると汚いから心臓だけを刺すつもりだったのに……。次はけっこうよかったけど、最後のやつなんて逃げられちゃった……ああああダメだ。殺しすら満足にできないなんて生きてる価値ない……早く死なないと……」

「おい貴様、毎度このやり取りをさせるなと言っているだろう。勝手に死なれては困る。暗殺者どもを始末するために、このオレの手をわずらわせるなど許さんぞ」

「ふうん……じゃあ別にいいけど」


 フィンはそう言うと、まるで何事もなかったかのように死体のそばにしゃがみ込み、血に濡れた短剣をその服で丹念に拭い始めた。

 やや偏執的にも映るその様子を眺めながら、スウェルスがためらいがちに言う。


「フィン……あなた今までどこにいたのですか」

「どこって……ずっと近くにいたよ。スウェルスが気づかなかっただけ……。あ、そうだ」


 ふと思い出したように、フィンが二人を振り仰いで訊ねる。


「こいつら、なに? 暗殺者なんて久しぶりだけど……また来そう?」

「それは……現時点ではなんとも……」

「ああ」


 言いよどむスウェルスを遮るようにして、ゼノルはうなずいた。


「これで終わりではない」

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