――――第19話――――
数日後。
ゼノルは再び、学園を訪れていた。
「……」
道を歩いていると、そこかしこから生徒たちの視線を感じる。
帯剣しており、目立つ風貌だからというのもあるが、それ以上に先の海賊討伐によってゼノルの噂が広がっているようだった。
場違いな感覚を覚えながら、ゼノルは呟く。
「……一応、まだ学籍は残っているのだがな」
学園内の道を進んでいくうちに、やがて前回も訪れた庭園にたどり着いた。
密偵からの情報によると、レイシアは授業の合間、この庭園で取り巻きたちと談笑していることが多いのだという。
そして案の定、ゼノルは前回の東屋のそばで、数人の生徒を伴った公爵令嬢の姿を認めた。
「レ……」
声をかけようとし、とっさに思いとどまる。
どうにも様子がおかしかった。
ゼノルのいる場所まで、彼らの声が聞こえてくる。
「……まあ。誰かと思えばあなたでしたの? マリー」
前回の東屋には、先客がいた。
三人の女生徒。そのうちの一人へ、レイシアが言葉をかけている。
「わたくしの視界に入らないでと言ったこと、もう忘れてしまったのかしら。そこ、今から使うのですけれど?」
その声音も目つきも、冷たかった。
納得いかないのか、端の女生徒が抗議に立ち上がるも、マリーと呼ばれた女生徒がそれを押しとどめるようにして言う。
「ごめんなさい。今すぐどくから……」
友人らしき二人を連れて、マリーという女生徒が足早に去って行く。
その後ろ姿を――――レイシアは、複雑な表情で見つめていた。
やるせなさや、憤りや、憐憫や、あるいは何らかの決意が入り交じったような。
「……」
ゼノルはそれを見て、わずかに眉をひそめた。
だがすぐに、口の端を吊り上げて声を張り上げる。
「……おやおやこれは。なんとも嫌な場面を目撃してしまったものだ」
その瞬間、レイシアがはっとしてゼノルに目を向けた。
その表情が、見る間に歪む。
それは単に嫌がらせの場面を見られたにしては過剰な……まるで、己の弱みを知られてしまったかのような変化だった。
レイシアの反応にゼノルは思考を巡らせつつも、言葉は淀みなく放っていく。
「意外だぞレイシア。貴様がまるで、そこらの愚劣な貴族のような陰湿さを持っていたとはな。まったく失望した。やはりオレの伴侶になどふさわしいはずがない」
取り巻きたちが、にわかに色めきだった。
大柄な男子生徒がゼノルを睨み、詰め寄ろうとする。
だがそれを制止するように、レイシアが叫んだ。
「やめてください! わたくしは……平気ですから。あのくらい、言わせておけばいいのです」
「レイシア様、ですがっ」
「本当に大丈夫です。申し訳ありませんが……少し、二人で話をさせてください」
取り巻き連中は、しばしの間迷うようにレイシアのそばに佇んでいたが、やがて一人また一人と去って行く。
その全員が、ゼノルを敵意の目で睨んでいた。
だがゼノルは、彼らの様子を鼻で笑いながら呟く。
「ふん。ずいぶんと嫌われたものだ」
つかつかと歩き、東屋の長椅子に無言で腰を下ろすゼノル。
少し遅れて、レイシアもまた正面の長椅子に腰掛ける。
「わざわざ会いに来てくださったのですね。またこちらから伺おうかと思っていましたのに」
「待つのは性に合わんものでな。おかげで面白いものが見られた」
ゼノルは酷薄にも映る笑みとともに糾弾する。
「貴様も所詮、高慢な貴族令嬢の一人にすぎなかったというわけだ。あのマリーとかいう女生徒がいかに気に障ったのかは知らんが、かわいそうだとは思わないのか? 公爵令嬢というだけで、ずいぶんな特権を持っているものだな」
「……さすが、王国の剣たるロドガルド辺境伯。正義感がとてもお強いのですね」
ゼノルの糾弾にも怯むことなく、レイシアはしとやかに微笑んで答える。
「では、わたくしがマリーに心から謝罪し、仲直りすることができたなら……わたくしとの婚約、前向きに検討してくださいますか?」
「……なんだそれは」
ゼノルは、わずかに鼻白んで答える。
「交渉にもならんことをわざわざ問うな。貴様が今オレに言うべきことは、そんなことではないだろう」
「ふふ、そうでした。ゼノル様は今、少々困ったことになっているのでしたわね」
レイシアは優雅な仕草と声音でもって、なんの前置きもなく告げる。
「教団には『夜』をあきらめさせます。もちろん、わたくしとの婚約が条件です。いかがでしょう?」
「……やはり、貴様の仕業だったか。それを確認できれば十分だ」
ゼノルは凍てつくような視線でレイシアを睨みながら、断ち切るように告げる。
「答えは否だ。言うまでもないな。この程度、貴様の助けなど要るはずがないだろう」
「……また振られてしまいましたか。これで何度目でしょう」
言葉とは裏腹に、レイシアにはさほど残念そうな様子はない。
ゼノルは背もたれに身を預けると、足を組みながら問いかける。
「何が貴様にそうまでさせる?」
「……」
「資産はもちろんだが、人脈も無尽蔵ではない。人に頼れる回数は限られる。今回の一件で、また伝手を使ったな? 貴様がそこまでオレとの婚約に必死になる理由はなんだ」
「……」
「言っておくが、一目惚れなどという戯れ言をまた聞きたいわけではないぞ」
ゼノルの問いに、レイシアは小さく笑みを浮かべた。
そして、内心の読み取れない表情で答える。
「人には、為さねばならないことがあります」
「……」
「その内容も理由も様々。大それたこともあればささいなこともあり、自分のためであれば、他者のためであることもあるでしょう。しかし……必ず誰もが、何か一つは持っているものです。あなたにもあるのではありませんか? ゼノル様。たとえ何に代えても、為し遂げなければならないことが」
「…………。何が言いたい」
「わたくしはそれを為すために……あなたの妻になる必要があるのです」
「……なんだそれは」
ゼノルは鼻を鳴らす。
「貴様の使命に、なぜオレが協力せねばならん。くだらんことに巻き込むな」
「いえ」
レイシアは艶然と言う。
「あなたの助けは不要です。わたくしには、ロドガルド辺境伯夫人の地位があれば十分。あとは自分で為し遂げますわ」
「ふん……同じことだ」
ゼノルは立ち上がり、レイシアを見下ろして言う。
「夫人の地位も、貴様にくれてやる理由はない。貴様の使命は、貴様が一人で勝手に為し遂げるがいい」
「……残念です。これは、また振られてしまったということでしょうね」
レイシアはくすりと笑うと、静かに目を閉じる。
「ですが……わたくしは確信しています」
「確信? 何をだ」
薄く目を開けながら、レイシアはまるで独り言のように呟いた。
「あなたは――――最後には必ず、わたくしとの縁談を受けてくださると」




