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冷血貴族の婚約拒絶録 ~オレは絶対に、結婚などしない~  作者: 小鈴危一
一章 公爵令嬢編

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――――第18話――――

「状況を……整理しようではないか。冷静にな」


 引き続き、執務室。

 面倒事の気配を察したユナがそそくさと退室したのを見計らって、ゼノルは補佐官へそう切り出す。


「まずはそこからだ。そうだな?」

「……ええ」


 スウェルスは、当の主が未だに怒りで冷静になれていないことを察してはいたが、ひとまず同意することにした。

 ゼノルはこめかみを指で押さえながら、大きな嘆息とともに続ける。


「あれが盗品ということは、間違いないのか?」

「それは……なんとも」


 スウェルスが力なく答える。


「現状ではまだなんの裏取りもできていません。ただ……教団がこのような虚偽の要請をすることは考えにくいかと。また、ブランキ商会があの神器を、誰に売るでもなく保管したままだったことを考えると……おそらくは」

「……そうだな。盗品ゆえに、やつらはあれを売り払えなかった。そう考えるのが自然だ」


 ゼノルは顔を伏せながら続ける。


「売り先で発覚すれば揉め事に発展することは必至。下手をすれば裁判沙汰になる。いくらで掴まされたのかは知らんが、完全な不良在庫だったわけだ」

「……はい」

「しかし……そこにゼノルとかいう間抜けが現れた。なにやらさかしげに言葉をろうしてやり込めたつもりになっていたゼノルは、最終的になんと盗品の神器を格安で売るよう要求してきた。商会は突然の幸運に大喜び。相場からすれば安くとも大金が手に入り、盗品を安全に処分できるからだ。半ば脅迫まがいの方法で無理矢理に買い取ってしまった救いようのない間抜けは、法的にも体面的にも裁判沙汰になどできるわけがない…………と、そういうことか」

「……まあ」


 スウェルスはためらいがちに答える。


「向こうがどう思っていたかはともかく……そういうことかと」

「ふ、ふふ……なるほどな」


 微かに笑声を漏らしたゼノルだったが、こめかみに押し当てられた指先が怒りで震えていることに、スウェルスは気づいていた。

 ただ……愚鈍な貴族連中とは違い、ゼノルがこのような状況で臣下に当たり散らすような真似はしないことを、スウェルスはよく知っている。

 声の端々に怒気を滲ませながらも、あくまで普通の口調でゼノルは続ける。


「……まあいい。それより今は、大管区長からの要請だ。文面の印象だが……貴様はどう見る? スウェルス」

「そうですね……」


 わずかに考え込んだ後、スウェルスは答える。


「ひとまず、そこまで必死に返還を求めている印象は受けませんでした。過剰にへりくだってもいなければ、攻撃的にもなっていません。要求の熱量は低いように思えます。神器の格を考えれば、当然かもしれませんが」

「そうだな、オレも同意見だ。ただし、熱量が低いからといって返還されなくともかまわないと思っているわけではないだろう。断定的な文言が多い文面からは、道義的に考えて返還は当然だといった意思が感じられる」


 スウェルスは無言で同意する。

 それは、スウェルス自身も感じていたことだった。

 ゼノルは腕を組みながら問う。


「かつて『夜』を所有していた教会は、どこにあると言ったか」

「南西にある子爵領です。大教会などではなく、一般的な教会のようですね」

「あの地に大教会があったとは聞かないからな。ただ、神器を自前で所有していたくらいなのだから、それなりに大きな教会ではあるのだろう。……それで、スウェルス」


 ゼノルは視線を上げ、補佐官を見据える。


「オレは、『夜』を返さねばならんのか?」

「いえ」


 スウェルスは即座に否定する。

 主の機嫌を取るためではなく、純粋に事実を伝える返答だった。


「王国法では、盗人以外の者から盗品を購入した場合に、返還義務は課されません。慣習的にも同様です。現状、『夜』の正当所有者は紛れもなくゼノル様だと言えます」

「なるほど。では……オレはこの要請を、無視してもかまわないと思うか?」

「……いえ」


 再び、スウェルスは否定する。

 今度は、わずかな間があった。


「教会を含めた教団絡みの税収は、全体の収益に占める割合が大きいです。できるならば……関係を悪くしない方が望ましいかと」

「……そうだな。少なくとも、無下にはできん」


 ゼノルも静かに同意する。

 それが、この問題の悩ましいところだった。

 スウェルスは言う。


「しかしながら、今回の要求は少々過大です。いくら盗品とはいえ、無償で神器を引き渡せというのはこちらの負担をあまりに軽く見ています。まあたしかに、元々弱みを握って格安で入手した代物ではありますが……返還に際し、相応の対価を求めるのが妥当と……」

「一つ、はっきりさせておこう」


 ゼノルは、スウェルスの言を遮るように言う。


「これはまず間違いなく、レイシアの仕込みだ」

「はっ……?」


 スウェルスは目を見開き、一瞬絶句した後に言う。


「いや……さすがに考えすぎでは? まさかこうなることを見越して、レイシア嬢が盗品の神器をブランキ商会に仕入れさせたとでも? いくらなんでも無理があります。あのご令嬢に苦しめられすぎて、少々疑心暗鬼になっているのでは?」

「いいや、間違いない」


 ゼノルは断言する。


「オレが『夜』を入手したことを、教団が察知したのが早すぎる。誰かのたれ込みがなければこの時期に接触してくることなど不可能だ」

「それは……商会が腹いせにたれ込んだとか……」

「ないな。奴らの思考なら手に取るようにわかる。『ロドガルド辺境伯となんて、もう絶対に関わりたくない!』だ」


 ゼノルは再び断言する。


「あの手の連中に、オレが怒り狂うような真似をする度胸などない。よその伯爵と揉め、レイシアに泣きつくような小物が代表をしているのならばなおさらだ」


 ゼノルは続ける。


「さすがにレイシアが盗品を仕入れさせたわけではないだろう。おそらく、単にあの商会が間抜けだっただけだ。だが不良在庫となっていた盗品の存在を利用し、罠を張る。その程度、あの女はやってのける」

「それは……いえしかし」


 スウェルスは食い下がる。

 どうしても、納得できない部分があった。


「この程度で策と言えますか? これまでの状況と比較すれば、はっきり言って影響は軽微。レイシア嬢と婚約を交わして助力を乞うまでもなく、交渉で十分に解決可能です。こんな奸計とも呼べない嫌がらせのような手を、あのご令嬢が打ってくるでしょうか」

「ならば本人に問いただしてみようではないか」


 ゼノルは顔を上げ、はっきりと言い放った。


「いい加減、相手の出方をうかがうのもまどろっこしく思っていたところだ。こちらから打って出るぞ」

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