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冷血貴族の婚約拒絶録 ~オレは絶対に、結婚などしない~  作者: 小鈴危一
一章 公爵令嬢編

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――――第17話――――

 半月後。


「うーむ……」


 例によって、執務室。

 ゼノルは事務机の前で頬杖をつき、微妙な表情で天板に乗せた物品を眺めていた。


「ゼノル様、失礼します……と、どうかされましたか」


 入室してきたスウェルスが、主の顔を見て問いかけた。

 もっとも、実のところ訊くまでもなく想像はついている。

 やや呆れ気味に、スウェルスは続けて訊ねる。


「手に入った神器がそんなに不満ですか」

「不満、というわけではないがな……」


 言葉とは裏腹に、ゼノルは不満そうに答える。


「想像以上に権能がしょうもなく、がっかりしていただけだ」


 神器とは、不可思議な事象を引き起こす器物の総称だ。

 その権能は多岐にわたり、一つとして同じものはない。危険なもの、誰もが欲する有用なもの、社会を変えてしまうほどに影響の大きなものもあるが……その大半は、使い道を見いだせないようなささいなものだ。

 ゼノルは、事務机の上に転がっている件の神器へ目を向けながら言う。


「『夜』などと大層な呼び名がついていたようだが……所詮ははりぼて商会が仕入れた低級神器か」


 ゼノルがブランキ商会から買い入れた神器は、『夜』と呼ばれていた。

 それは、黒く小さな球体の形をしている。拳ほどの大きさで、ガラスのような質感。特別に重くもなく、子供でも持ち上げられるほどだ。

 この球体に、同量の金塊などとは比べものにならないほどの価値があると思う者は、まずいないだろう。


 だが――――この漆黒の球体は、それを握る者の周囲に夜をもたらす。

 人知を超えた事象を引き起こす、本物の神器だった。


 しかし、ゼノルは物憂げな表情で呟く。


「『聖剣』ほどの権能こそ期待していなかったものの、これではな……」


 偽物の方が圧倒的に多い神器にあって、きちんと本物を入手できたにもかかわらず、ゼノルは落胆していた。

 そんな主に、スウェルスが(いさ)めるように言う。


「将来的に教会へ預けるための神器なのですから、権能などどうでもいいでしょう」

「それはわかっているがな……手に入った以上、なにか画期的な活用方法はないかと普通は考えるだろう? ある意味それが神器の醍醐味ではないか」

「で、あまりに効果がしょぼくて使い道が何もなく、失望していたと?」

「そのとおりだ」


 堂々とうなずくゼノルに、スウェルスは溜息をつきながら返す。


「活用などできない方がいいですよ。有用な神器など、争いの元になるだけです」

「それはそこらの有象無象の話だ。最強がさらに力を得たとて、それを狙おうとする輩がどこにいる? 何を手にしようとロドガルドは決して揺るがん。このオレが治めているのだからな」


 まるでそれがこの世の真理であるがごとく、ゼノルは言う。

 それを聞いたスウェルスは一つ息を吐くと、抱えていた書類をおもむろに事務机の端に置いた。


「では、いつまでも神器で遊んでばかりではなく、そろそろ領主としての仕事もお願いします。目を通してもらわなければ困る書類が溜まっていますので」

「わかったわかった」


 ゼノルが目を閉じながら、ひらひらと手を振る。

 スウェルスが踵を返しかけた、その時。


「あのう、ゼノル様……」


 執務室の扉がわずかに開き、ユナが顔を覗かせた。

 恐る恐るといった調子で口を開く。


「お茶、お持ちしました……けど」


 メイドの姿を認めたスウェルスが、ゼノルを振り返って口を開く。


「私はこれで。書類、期日までにお願いしますね」


 そう言い残し、スウェルスは足早に執務室を去って行った。

 代わりに入室したユナが、銀盆を片手にゼノルへ歩み寄る。


「ああ、ご苦労……」


 やや気力減退気味に声をかけるゼノル。

 その目はユナから神器へ、そして書類の束へと向けられ、最後に溜息とともに閉じられる。

 慣れた手つきで茶を淹れていたユナは、そんなゼノルの様子に眉をひそめたが……ふと、事務机に乗った漆黒の球体に目を留めた。


「あれ? なにそれ」

「ああ、神器だ」

「神器!? それが!?」


 ユナが驚いたように言って、銀盆を胸に抱えた。


「うわぁ……なんか普通に置いてあってびっくりしちゃった。そういえばゼノ君、前にお得に買えたとかなんとか言ってたっけ」

「まあな」

「それ、ちゃんとしまっておかなくていいの? すっごく価値のあるものなんでしょ?」

「普段はそうするとも。今は少し、権能を確かめるために取り出していただけだ」


 そう言うと、ゼノルは溜息をつく。


「……まったく大したものではなかったがな」

「ふうん?」


 ユナが興味深げに球体を覗き込む。


「ねえそれ、使うとなにが起こるの?」

「握った者の周囲に夜をもたらす」

「ええっ……すごいかっこいい!」

「そう聞こえるだろう? ものは言いようというやつだ」


 ゼノルはおもむろに漆黒の球体を掴むと、手首を返した。

 次の瞬間――――執務室が闇に沈んだ。

 まるで一瞬のうちに日が落ちてしまったかのように、陽光が差していたはずの室内は今や暗い陰に覆われている。


「わっ、暗くなっちゃった!?」


 摩訶不思議な現象に驚くユナだったが、一方でゼノルはつまらなそうな表情をしている。


「これが『夜』の権能だ。ただ……ちょっと部屋の隅まで歩いてみろ、ユナ」

「ええっ、この暗い中を? 足元見にくくて危ないんだけど……」


 とぼやきつつも、ユナは言われたとおり部屋の隅に向かって歩く。

 暗闇の中、その姿がゼノルからすっかり見えなくなるも、それからほどなくして戻ってきた。

 ユナは興奮気味に、歩いてきた方を指さして言う。


「あっちの棚の辺りは明るかったよ! すごい変な感じ!」

「うむ、そういうことだ……」


 気落ちに気味に言ったゼノルに、ユナは察した。


「あ、もしかして……それの効果って、この部屋くらいの広さが限界ってこと?」

「……ああ、そうだ」


 ゼノルはうなずく。

 手中の神器を見る目には、失望の色があった。


「『夜』の権能は、一部屋ほどの範囲にある光を奪う……それだけだ。有用とはとても言えん」


 『夜』が手元に届いてからずっと、ゼノルは自分で試しつつ活用方法を考えていたが、まったく思いつかずあきらめていた。


「賊の討伐や戦争での奇策に使えんかと思っていたのだが、この程度の範囲ではな……。自分の視界も奪われるために、暗殺者への目くらましにも使いにくい」

「戦争とか暗殺とか物騒だね。でも……たしかに、使い道なさそうだね、それ」


 ユナは周囲を見回しながら言う。


「完全に真っ暗になるわけでもないみたいだし。なんか『夜』っていうより、『ものすごく日当たりが悪い建物の中』って感じ」

「ふっ、はははは…………はぁ」


 ゼノルの乾いた笑いは、最終的に溜息へと変わった。

 球体を事務机に置く。途端、周囲には何事もなかったかのように光が戻った。

 おー、ともう一度驚くユナ。しかしゼノルの落胆顔に気づくと、苦笑しつつも慰めるように言う。


「残念だったねゼノ君。でも、ゼノ君はもう『聖剣』を持ってるんだし、あんまり欲張っちゃダメだよ」

「……まあ、それもそうだな。有用な神器を複数集められることなど稀であるし、少々望みすぎていたかもしれん。仮に選ばれていれば、こんなものでもまた違っていた可能性はあるが……」


 そこでふと、ゼノルは思い立ったように言う。


「……そうだ。おまえも試しに使ってみるか? ユナ」

「えっ、わたしが? いいの?」


 言葉とは裏腹に、乗り気な様子のユナ。

 ゼノルはうなずいて言う。


「ああ。こんな機会もなかなかないだろう。実はスウェルスや他の者にも試させている。残念ながら効果のほどは大差なかったが、安全性は確認済みだ」

「そう言われると、なんか人体実験させちゃったみたいで申し訳なさあるけど。どうすれば使えるの? それ」

「簡単だ。握ったまま、球体を上に向ける。それで周囲が暗くなる」

「へぇー、わかった」


 ユナは片手で銀盆を握ったまま、事務机に転がる『夜』を上から掴んだ。

 緊張した様子で言う。


「じゃ、じゃあいくよ……」

「そう身構えるほどのものでもないぞ」


 ゼノルは苦笑して言う。


「どうせ大した権能ではないのだから……」


 言いかけたその瞬間――――ゼノルの視界が黒に覆われた。


「!?」

「わぁっ! えっ、なにこれ!?」


 ゼノルが息をのむと同時に、ユナの驚いた声と、銀盆が床に落ちる甲高い音が響いた。

 ゼノルはわずかに遅れて、それが『夜』のもたらした暗闇であることに気づく。

 だがそれは――――先ほどのような薄暮の薄暗闇ではなく、月のない夜に満ちるような、視界のまったく利かない暗黒だった。

 屋敷の中からも軽い悲鳴が聞こえてくる。暗闇に包まれたのは、どうやら執務室だけではない様子だ。


「ゼ、ゼノ君!? どこ!? なんにも見えなくなっちゃったんだけどー!?」


 焦る声とともに、ユナの手がゼノルの顔にべたべたと触れる。

 それを咎めるでもなく、ゼノルは額のあたりを撫でる少女の手を取った。


「落ち着け、ユナ」

「……」

「『夜』を下に向けろ。それだけで光は戻る」

「……」


 ゼノルが瞬きを一つ終えると、そこは元の執務室だった。

 屋敷内の悲鳴も止んでいる。まるですべて夢だったかのように、夜は去っていた。

 ゼノルが傍らに顔を向ける。

 ユナは、『夜』を握ったまま放心しているようだった。


「驚いたな」

「……」

「もしかしたらとは思ったが……。ユナ、どうやらおまえは『夜』に選ばれたらしい」

「えっ、どういうこと!?」


 放心していたユナが、はっとしたように目を見開いた。

 少女の手を離しながら、ゼノルは答える。


「神器は、その使用者によって効果のほどが変わる。神器の権能を高い水準で引き出す者のことを、よく〝選ばれた〟などと言うのだ。ユナは、そいつに選ばれたということだろう」

「わ、わたしが、この子に……?」


 ユナは机に静かに置いた漆黒の球体を、目を丸くして見つめる。


「じゃ、じゃあ……わたしが、この子の持ち主になった…………ってこと!?」

「いや……持ち主は普通にオレだ。オレが金を出して買ったのだからな」


 興奮に震え始めるユナへ、ゼノルは微妙な顔で言う。


「何か勘違いしているようだが……選ばれるのは別に特別なことではない。それが一人とも限らんからな。中には二人に一人、選ばれるような神器もあると聞く。『夜』についても、ユナ以上にうまく使う者がいるかもしれん」

「はー!?」

「さらに言えば、選ばれるとは便宜的な表現で、別に神器に意思のようなものがあるわけではない。単におまえが、こいつを使うのに少し向いているというだけだな」

「そんな程度のことなの!? はーあ……期待して損した」


 ユナが肩を落とし、床に落ちていた銀盆を両手で拾い上げながら言う。


「てっきりわたしも、『聖剣』に選ばれた勇者様みたいになれるのかと思ったんだけどなー」

「『聖剣』も、他の神器と変わらん。ロドガルドの始祖だって、多少適性があった人物というだけのことだ」

「へぇー……つまんないの」


 そこで、ユナはふと、漆黒の球体に視線を落として言う。


「ねえ……わたしこれ、とりあえずゼノ君やスウェルスさんよりはうまく使えそうなんだよね?」

「ああ」

「じゃあ、わたしがこれを持つとしたら……ゼノ君が考えてたような使い方はできそう?」

「……」


 ゼノルは目を閉じ、素っ気なく答える。


「無理だな。そもそも、それの権能自体がどうにも使いにくい」

「……そっか」

「それに、無理に活用する必要もない。どうせ教会が完成したらそこに預けるのだから」

「あー、そうも言ってたもんね」


 ユナは漆黒の球体から目を離し、小さく笑って言う。


「残念。でも……それはそれで悪くないかな」


 ゼノルが疑問の顔を向けると、ユナは続けて言う。


「神器って教会で大事にされるでしょ? 街の人や、旅の人もわざわざ見に来たりして。わたしを選んでくれた神器がそうなるのなら……ちょっとうれしいかなって」

「……そうか」


 小さく呟いたゼノルが、漆黒の球体をそっとつまみ上げた。

 光にかざして眺めながら、微笑とともに言う。


「正直なところ失望していたが……案外、良いものだったかもしれん」


 と、その時。


「ゼ、ゼノル様!」


 執務室の扉が勢いよく開き、スウェルスが駆け込んできた。

 ユナがさっとゼノルから離れ、真面目な顔を作る。

 ゼノルは一瞬不機嫌そうな表情になるも、ひらひらと手を振って言う。


「ああ、すまなかったな。少し神器の権能を試していただけだ。突然暗くなって皆驚いただろうが、もうこのようなことは起こさないと伝えておいてくれ」

「は? 神器?」

「あっ、すみません、スウェルスさん」


 ユナが、軽く頭を下げながら言う。


「わたしが選ばれてしまったせいで、ご迷惑をおかけしてしまったみたいで……。わたしが選ばれてしまったせいで」

「……」


 微妙に得意げな雰囲気を漂わせているユナを、スウェルスはしばし、ぽかんとした表情で見つめていた。

 だがやがて自らの主に向き直ると、やや意外そうに言う。


「わざわざユナさんにも試させていたんですか、それ……」


 声には、少々の呆れも混じっていた。


「言われてみればたしかに一時、上の階が騒がしかった気もしますが……私は一階にいたため気づきませんでした。何か特異な事象でも見られたのですか?」


 ゼノルは眉をひそめ、答える。


「なんだ、一階までは範囲に入っていなかったか……。いや、知らなかったのならいい。それより何事だ」

「はっ、じ、実は」


 スウェルスが気を取り直したように、表情を引き締めて言う。


「教団の大管区長名義で……『夜』を返還するようにとの、要請が来ております」

「……はあ?」


 ゼノルは口をあんぐりと開ける。


「なんだ、それは……。たしかに教団は神器を蒐集(しゅうしゅう)しているが、そんな横暴聞いたことがないぞ。人が金を出して買ったものをよこせだと? いったいどんな大義名分があれば…………待て。今、返還と言ったか?」

「は、はい」


 スウェルスは呼吸を整えつつ言う。


「なんでも……『夜』は盗品なのだとか」

「……!!」

「かつて別の地の教会から盗まれたもので……その、道義に基づき、善意での返還を求める、とのことです……」

「…………。と、いうと……なんだ」


 ゼノルがこめかみを指で押さえ、目を伏せる。

 その指先は、微かに震えていた。


「オレは、ひょっとすると……まさかとは思うが…………あの商会にまんまと、盗品を掴まされた。そういうことか?」

「……おそらくは、そういうことかと」


 ゼノルは一瞬の沈黙の後――――頭を掻きむしって叫んだ。


「がああああああああっ!!」

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