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ティルナノーグの冒険者  作者: 有機エリー
四章 王都 リグブレス 後編

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第99話 失われた選択肢

 女神ソラスへの詰問、もとい質問は続く。

 苛つく心を深呼吸して落ち着かせ、キョウヤは再び口を開いた。


「で、俺たちはこれからどうすればいいんだ?」


 世界を救うために呼び出されたとしても、情報がなければ動きようがない。

 今までだって放置されていたに等しいのだ。女神らしく道を示してもらわなければ。


『当然、魔神が呼び寄せた《負の共鳴者(アンチ・レゾナンス)》の討滅です』

「そうじゃない。どんな奴らで、どこに潜伏しているか。もっと詳しい情報を教えろ」

『そ、それは……』

「分からないんだな?」

『あっ、はい』


 キョウヤは無意識に舌打ちしていた。あまりにも無責任な女神に呆れ果てた。

 少しでも糸口があれば、冒険者ギルドや王宮にそれとなく流すこともできたのに。


『わ、わたしも大変なんですよ。魔神が侵入すれば世界が闇に覆われます。対応に追われているというのに、矮小な出来事まで把握できるわけないでしょう。分かりますか? 分かりませんか、そうですか。そういうのはあなたたちの役目なんです。それなのにまるで私が悪いとでも言わんばかり――』

「喋るな。時間の無駄だ」

『ひえっ……!』


 低い声で威圧した瞬間、ソラスは悲鳴を上げて黙り込んだ。

 人間と女神では価値観が違うのだろう。道理を説いたところで伝わる気がしなかった。


「キョウヤ、女神が相手なのに強気だね……」

「あはは……先輩の気持ちもよく分かりますよ」


 ミレイとクロエは呆気に取られている。

 正直なところ、彼女たちの前でこんな粗暴な態度はとりたくなかった。

 しかし、下手に出れば女神が図に乗るのは目に見えているのだから、今回ばかりは仕方ない。


「今後、お前と話す機会はあるのか?」

『ここで接触したことで、あなたたちの存在は認識しました。私の方から繋ぐことはできるかもしれませんが、あまり当てにはしないでください』

「そうか。最初から期待はしていないけどな」

『むぐぅ……!』


 彼女から適切な便りが来るとは到底思えなかった。厄介事なら持ち込んできそうなものだが。

 それにしても、女神と接触した転生者が全くいないとは、一体どうなっているのだろうか。


「ちなみに、他の《共鳴者レゾナンス》の存在は感じ取れないのか?」

『残念ながら、ほとんどが退場してしまったようです』

「……なんだと?」


 女神は自身が把握できないほど多くの人間を転生させたと言っていたはずだ。とても信じられない。


『彼らは異世界を甘く見ていたんでしょう。崖から飛び降りるように、無意味に命を散らしていきました。所詮は平和な世界で生きてきた愚か者にすぎないということでしょうか。現地人の方がよほど頼りになります。あなたたちが生き残っているのは奇跡に近いですね』


 またしても見下したような言葉が飛び出たが、一概に否定することはできない。だとしても、認めたくなかった。


「口を慎め。お前が呼び込んだ命だ」

『これは事実です。異世界はゲームとは違う。この世界の人々は必死に生きているんです。遊び感覚で軽率な振る舞いをする方が無礼だと思いませんか?』


 ソラスは珍しく神妙な態度を見せていた。その瑠璃色の瞳には乱れがない。

 反論はできなかった。ここは間違いなく現実であり、判断を誤れば簡単に命を落とす。

 白い剣士、ランドの姿が頭に浮かんだ。彼に救われたからこそ、己はここに立っていられる。


『とにかく、残り時間も少なくなってきたので、改めてあなたたちにお願いします。どうかこの世界を護るため、力を貸してください』


 それは命令というより懇願に近かった。彼女も追い込まれているのだろう。

 実際、シルヴァンや魔女によって多くの犠牲者が出ている。ラージュも加担しているに違いない。

 世界が滅ぼされるということは、自分たちの居場所も失われるということを意味する。

 ならば、選択肢は――


「あの、元の世界に戻る方法はあるのですか?」


 逡巡していると、クロエが女神に向けて問いかけていた。

 ここまであえて言及を避けていた事柄に、彼女はついに踏み込んだ。


『ありますよ。条件は()()()()です』


 瞬間、周囲の温度が一気に下がった気がした。ソラスの声からも軽快な印象は消え失せていた。

 ポツポツと雨の音が聞こえてくる。曇っていた空がついに泣き始めたようだ。まるでこの場の会話に同調するように。


「……! 命を落とせば、帰れる……?」

『昏睡状態の肉体に魂が戻る。これで伝わりますか? 時間の流れはこちらが約50倍ですし、大した支障はないはずですよ。まあ、この世界に関する記憶は全て消えると思いますが』

「そんな……!」


 やり取りしていたクロエから絶望したような声が零れる。

 女神から温かさは一切感じられない。彼女は淡々と残酷な真実だけを告げていた。


「待て! 俺は向こうで死にかけた記憶がある。その場合はどうなるんだ」

『私は死に際を拾い上げただけにすぎません。戻るべき肉体が存在しなければ、その先は言わなくても理解できるでしょう』


 すぐ近くで雷鳴が轟いた。だが、心に落ちた衝撃はそれ以上に大きい。

 三人は呆然と立ち尽くす。強まる雨の音だけが静寂を掻き消していた。


『時間切れのようです。キョウヤ、ミレイ、それから……そこの紺色。どうかこの世界を――』


 ソラスの言葉が終わらないうちに、視界が真っ白に染まった。

 神々しい気配は既に感じられない。再び目を開けた時、光を失った女神像だけが静かに佇んでいた。


 誰も動けなかった。突きつけられた現実を受け入れるのは困難だった。

 それでも前に進まなければならない。もう後戻りはできないのだ。


「二人とも、行こう。この部屋では雨風を凌げそうにない」

「うん……」

「はい……」


 ミレイとクロエの返答は消え入りそうなほどに小さかった。

 当然だ。元の世界に帰る方法を探すために訪れたのに、それが失われてしまったのだから。

 正確にはクロエは戻れなくはないが、死という苦痛を味わった上、記憶を手放さなければならない。

 彼女はこの世界の出会いを大切にしている。決してそんなことは望まないだろう。


 雨はますます激しくなり、雷の音が絶えず鳴り響く。

 三人の心情を反映するかの如く、世界もまた慟哭し続けていた。

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