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ティルナノーグの冒険者  作者: 有機エリー
四章 王都 リグブレス 後編

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第98話 顕現する女神

 大広間の入口で、キョウヤは無意識に立ち止まっていた。

 決して空耳ではない。ミレイでもクロエでもない女性の声が、間違いなく頭に届いた。

 彼女たちも同様に足を止めて固まっている。もはや疑いようがなかった。


「ミレイ、クロエ」

「うん、わたしも聞こえたよ」

「……! お二人とも、後ろを見てください!」


 前に立つクロエが向き直り、驚愕の表情を浮かべた。視線は自分とミレイの間、つまり部屋の奥。

 ゆっくりと振り返ると、再び女神像が目に入る。先ほどまで全く反応がなかったそれは、気付けば淡い光を放っていた。

 今まさに眠りから覚めたかの如く、神秘的な白色が周囲を静かに照らしている。


『……聞こ……た……返……して……さ……』


 もう一度、頭に響くような声。途切れ途切れではあるが、意味は理解できる。


「聞こえている! 女神ソラスか!?」


 キョウヤは声を張り上げながら女神像に向けて駆けた。背後からはミレイとクロエの足音も聞こえる。

 待ち望んでいた邂逅。だが、この機を逃せば次はないかもしれない。期待と焦燥が入り混じる中、光る像の前に立った。


『……そ……通り……す……よう……く……会え……』


 直後、女神像が一際眩く輝いた。

 あまりにも強い光に、キョウヤは思わず目を閉じた。そして視界が戻った瞬間、自分の目を疑うことになった。


 腰まで届くプラチナブロンドの髪、全身を覆う純白の衣、背中から生えた大きな白い翼。

 まるで女神像が色を取り戻したかのように、その場には神が降臨していた。

 圧倒的な輝きを前にして固まっていると、彼女は瑠璃色の瞳を細めて微笑んだ。


『ようやく会えましたね。まさかここまで待たされるとはビックリです。こっちはずっと魔神の対応をしていたというのに、呑気に異世界を満喫でもしていたんですか? 本当に使えない人間ばかりでもう諦めかけていたんですよ。あなたたちは忙しいわたしの身を考えたことがありますか? ないですよね。やはり人間というのはその程度の頭脳しか持ち合わせていないのでしょうか。期待した私が馬鹿だと何度思ったことか。しかしまあ、ここまで辿り着いたことは褒めるべきでしょうね。本当にご苦労様でした』


 空間に沈黙が落ちる。

 神々しい雰囲気は一瞬にして吹き飛び、気まずい空気が漂い始める。

 美麗な女神の口から出たとは思えない汚い言葉の数々が、別の意味で存在感を放っていた。


「先輩、これって……」

「……間違いない。ソラスだな」


 クロエが何を言いたいかはすぐに分かった。

 美しい見た目に騙されてはいけない。これが女神ソラスという存在である。


「これが、女神様……?」


 ミレイが呆然としているが、無理もないだろう。

 強烈すぎるキャラクターゆえ、ゲーム時代に初めて対面した時の衝撃は忘れられない。


『これとはなんですか。私は女神ソラス、この世界を護る存在ですよ。少しは敬ったらどうですか? その程度の礼儀すら知らない愚か者――』

「黙れ」

『ひゃいっ!』


 おまけにこの通り、とんでもなく臆病な性格でもある。これが世界を護る女神だというのだから驚きだ。


「こっちは聞きたいことが山ほどあるんだ。お前の愚痴に付き合っている暇はない」

『わ、分かりました。ただ、私もあまり長くは顕現できません。手短にお願いできますか……?』

「だったら無駄口を叩くな。不満があるなら魔神とでも喋ってろ」

『うぐっ……!』


 隙あらば余計なことを喋り始めそうだったため、先に釘を刺しておく。

 これでようやく話になりそうだ。時間がないようだが、なるべく多くの情報を聞き出さなければならない。


「まず、この世界は一体なんなんだ?」

『そ、それについては長話になってしまいます。とりあえず異世界ということで納得してください……』

「じゃあ、俺たちは転生させられたという認識でいいのか?」

『それで間違いありません』


 尋問しているような気分だ。とても上位存在と会話しているとは思えない。


「さっき使えない人間ばかりだと言っていたな。俺たち以外にどれだけ転生させた?」

『沢山です』

「は?」

『だ、だから……沢山です』


 頭が痛くなる。どれだけの人間を巻き込んだのか、彼女自身も把握していないに違いない。

 ありていに言えば馬鹿だ。この件を追及しても、どうせろくな答えは返ってこない。


「呼んだ目的はなんだ」

『世界を救ってもらうためです。魔神の勢力が動いているのは知っていますか?』

「知っている。既に何人かと遭遇しているからな」


 この様子では己に潜む闇の力は察知されていない。魔神と関係があると認識されては面倒であるため、ここは黙っておくのが賢明だろう。


『あなたたちプレイヤーは《共鳴者レゾナンス》と呼称されていましたね。魔神が呼び寄せた者は、強大な負の感情を抱いています。私は彼らを《負の共鳴者(アンチ・レゾナンス)》としました』


 ゲームにおいて《共鳴者》というのはプレイヤー自身を意味し、《負の共鳴者》は魔神の勢力に属する者を示していた。懐かしい言葉をここで聞くことになることは思わなかった。


「それで、奴らを倒すために呼んだのか」

『はい。魔神は彼らを利用して世界を滅ぼそうとしています。私も対抗する必要があったんです』

「なら、最初に説明するべきじゃないか」

『そ、それは……そんな暇はなかったので……』


 三人のため息が重なる。本当にどうしようもない女神としか言いようがないが、責めるだけ時間の無駄だ。


「次だ。女神の祝福と魔神の呪詛というのはなんだ?」

『言葉通り、この世界における女神と魔神の力のことです。光属性と闇属性と言った方が分かりやすいですか?』

「光の力はお前が与えたということで間違いないんだな」

『大体は合っています。後天的に使えることもありますが微弱なものです。ちなみに、そこの白いのにも分け与えましたよ』

「その呼び方はやめろ。彼女はミレイだ」


 ふざけた口を利くソラスを睨みつけ、次いでミレイに目配せする。彼女も聞きたいことがあるはずだ。


「どうして、わたしなの?」

『あなたから強い想いを感じたからです。世界を救うため、力を正しく使ってくれると期待しました』

「そう……分かった」


 ミレイはそれ以上何も言わなかった。最初は特別扱いされることを忌避していたが、王都の事件を経て吹っ切れている。

 それでも、勝手な都合を押し付けたことには腹が立った。彼女が苦しんだことに違いはないのだから。


 ゴロゴロと雷の音が聞こえてくる。いつの間にか、天井の穴の向こう側が灰色に染まっている。

 キョウヤの気持ちを代弁するかのように、暗雲が垂れ込めた空は低く唸り続けていた。

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