第97話 女神の手がかり
《プリスティ霊山》は女神ソラス所縁の地とされている。
ゲームではストーリーで必ず立ち寄るエリアであり、中にある神殿では彼女の声を聞くイベントが発生した。
ゆえに、もし女神が存在しているのならば、王都周辺で手がかりを得られる最有力候補ということになる。
キョウヤたち三人は蛇行する山道を登っていた。道幅は広く、傾斜もそれほど大きくはない。
所々に木の枝葉が浸食しているものの、それらがアーチのようになっており美しさが感じられる。
柔らかな土の道を踏むたびに軽い音が立つ。空気は澄んでおり、時折遠くから鳥のさえずりが届く。
まるで山全体が聖なる気を漂わせているかの如く穏やかだった。
「登山っていうから大変かと思ったけど、意外とそうでもないんだね」
「そうですね。ゲームの地形が再現されているようです。もっと荒れていると予想していたのですが」
隣を歩くミレイとクロエが不思議そうに話し込んでいる。
魔物の活発化で放棄された神殿――そういう割には整っているのが気になるが、深く考えても仕方がない。
敵と遭遇しても戦闘に困るような地形ではないのは確かだ。ありがたく受け取っておくべきだろう。
「そういえば、ゲームでキョウヤと一緒に来たって言ってたね」
「はい。山頂の景色がとても綺麗だと教えていただいて、そこでお話ししていました」
「そうなんだ。キョウヤは効率を求めるタイプだと思ってた。チャットは片手間みたいな」
「あ、分かります。私も最初は苦手だったんですが、意外と気遣いができる方だったんです!」
そういうこともあったと思いを馳せていると、聞き捨てならぬ言葉が聞こえてきた。
褒めているつもりなのだろうが、その一部が棘のように突き刺さる。
「苦手、意外、か。クロエはそんなふうに思っていたんだな」
「あっ……! ち、違います!」
「口が滑ったな。もう遅いぞ」
「うぅ……ごめんなさい!」
すかさず指摘した途端、クロエは顔色を変えて慌てふためいた。
微かに頬を赤らめ、視線から逃れるように顔を逸らす姿を見て、思わずフッと笑みが零れる。
真面目すぎる彼女は弄られキャラの地位を確立しつつあった。これがミレイなら反撃の一つや二つ飛んできそうなものだが。
「ちょっと、クロエをいじめないでくれる?」
「今のは俺が被害者だ」
「そう思われるような言動をしていたあなたが悪い」
「理不尽極まりないな」
まさにこんな感じだ。減らず口で彼女の右に出る者はいない。その瞳にはどこか楽しげな光が宿っていた。
「やっぱりお二人は仲が良いですね」
「口が悪いのが悩みだよ。クロエのように素直なら良かったんだけどな」
「軽口は信頼しているからこそ言えるんですよ。ね、ミレイさん」
ミレイの返答はない。否定しないということは、あながち間違ってはいないのだろう。
彼女は照れ隠しするように歩く速度を上げた。動揺は隠し切れていない。
「そうか。ありがとう、ミレイ」
「……相棒なんだし、当たり前」
振り向きもせずボソボソと喋る彼女が可愛らしく、クロエと目を見合わせて微笑み合った。
そんな他愛ないやり取りをしながらも、時折現れる魔物は難なく討伐して進んでいく。
入山して一時間ほど経った頃。視界が一気に開け、広場のような空間に出た。
奥には白い石材で構成された巨大な建築物があった。女神ソラスを祀っていたとされる神殿だ。
柱には植物が複雑に絡みついている。壁はヒビ割れが目立ち、三角の屋根は一部が崩壊していた。これは遺跡と呼称する方が正しいかもしれない。
「着きましたね。手がかりはあるでしょうか」
「ここまで長かったし、何か一つくらい見つけたいところだね」
「そうだな。とりあえず中に入ってみよう」
内部は薄暗く、天井に開いた穴から差し込む光だけが頼みだった。女神のために建てられた神聖な神殿のはずだが、不気味な印象は拭えない。
足音が床に反響し、空間に小さくこだまする。埃っぽい空気が鼻をくすぐり、不意に咳き込みそうになる。
「クロエ、ゲームでイベントが起きた場所は覚えているか?」
「はい。再現されているなら、二階の奥に女神の像があるはずですよ」
「助かる。数年前のことだから、ストーリー中の記憶は曖昧なんだ」
「ふふ、上級者だからこそですね」
クロエに続いて階段を上り、更に通路を進んでいくと、大きな広間に出る。
最奥には人の二倍近くはある白い女神像があった。長い髪に衣を纏い、巨大な翼が生えている。
陰気な廃墟の中でも、その像だけは輝いて見えるほどに荘厳な姿だった。
「あれが女神ソラス……」
「ああ、ミレイは見たことがないんだったな」
ゲーム開始時、彼女の力によって世界に降り立つのだが、実際に対面するのは先の話だ。
「綺麗だね。姿通り優雅な性格なのかな?」
「いや……まあ、とにかく調べてみよう」
言いたいことはあったが、調査が先だと思い、既に歩き始めていたクロエを追う。
それからは十分以上にわたり部屋を見回った。とりわけ女神像は入念にチェックしたが、ただ時間だけが過ぎていった。
「うーん、何もありませんね」
「そんなに都合良くはいかないか」
「残念……」
収穫ゼロというのは痛い。とはいえ、現実はこんなものだろう。
この場に何もなかった時点で期待はできないが、神殿を隅々まで調査してから帰るべきだろうか。
『……聞こ……ま……か……』
脳に直接響くような声がしたのは、キョウヤが部屋を後にしようとした瞬間だった。




