第94話 誤解と密談
《フリーダム》と語らい終えたキョウヤは、昼下がりの賑やかな都市の中を帰路に就いていた。
クロエを除く四人とは一旦別れた。彼らは試験に向けた訓練のため、近場の迷宮に潜るらしい。
いつも通りミレイが隣を並んで歩く。彼女にとっても良い息抜きになったようで、爽やかな顔をしている。
ふと振り返ると、クロエは緊張した面持ちで付いてきていた。先ほどから数歩後ろを維持しているようだ。
「クロエ、どうしたんだ」
「い、いえ……なんでも、ありません」
居心地が悪そうにしているのが気がかりだ。歩調を緩めて何度か声をかけるが、彼女は上の空で会話が続かない。
そうこうしているうちに自宅が見えてきた。扉を開けたミレイが先に入っていく。
クロエを招き入れようとしたが、彼女は外で突っ立ったまま動こうとしなかった。
「おーい、クロエ?」
「……私、お邪魔ではありませんか?」
「問題ない。十分な広さだし、自分の家だと思ってくつろいでくれればいいよ」
「そうではなくて。その……ミレイさんとはそういう関係なんですよね。もしかして、したこともあるんですか……?」
「――ッ!」
思わず咳き込みそうになった。それらが何を示しているかくらいは理解できる。
確かに同棲しているような間柄だ。第三者からはそのように見えてもおかしくない。
家に誘った時に凍りついてしまったのも、途中で気まずそうにしているのも納得できた。
「い、いや……ミレイはただの相棒だ。そういうのじゃない」
「……距離、近くないですか?」
「節約できるし連絡もすぐ取れるから、これが一番効率的なんだ」
「そ、そうなんですね」
以前ミレイが言っていた内容をそのまま伝えると、彼女は安堵したような表情を浮かべる。
妙な誤解は解けたようで胸を撫で下ろしたが、背後に相棒の気配を感じて硬直した。
「二人とも、何を話しているの?」
「……なんでもないよ」
「は、はい。なんでもありません」
「うーん……?」
訝しげな様子の彼女に悟られないよう目配せすると、クロエはようやく中に入ってきた。
さすがに心臓に悪い。もし今の会話を聞かれていたら、ただでは済まなかっただろう。
「お邪魔します。素敵なお部屋ですね」
「準備するから少し待ってくれ」
「ありがとうございます」
来客用に椅子を余分に買っておいたのは正解だった。それらを丸テーブルを囲むように設置し、クロエに着席を促す。
「それでミレイ、何を話すんだ?」
「リベルさんたちの前では口に出せないこと」
「そうか。だからクロエを呼んだんだな」
「そういうこと。腰を据えて話すには丁度いい機会だと思って」
よく考えている。たまに抜けているところもあるが、やはりミレイは聡明だ。
「あの、なんの話でしょうか……?」
「俺たちはこの世界の人間じゃない。だから、この三人じゃないといけないんだ」
「なるほど。転生者だけの密談というわけですね」
「ああ、こればかりは無闇に明かすわけにはいかないからな」
無論、《フリーダム》の四人の中に転生者が紛れている可能性は捨て切れない。
探りを入れることはできるが、相手は大人だ。簡単にボロを出すとは思えないし、試すような真似はしたくなかった。
「じゃあ、先にクロエに聞きたいんだが、この世界に来た前後のことは覚えているか?」
「ちょっと、キョウヤ」
「分かってる。嫌なら無理に話す必要はないよ」
もしミレイと同じような境遇だったとしたら、地雷を踏み抜くことになる。だとしても、情報を共有するなら、なるべく最初から順番にした方が良い。
「もちろん、覚えていますよ。私は気付いた時は《アルドラスタ》で横たわっていました。ただ、きっかけは分かりません。夜、自宅で勉強していた気がするのですが」
想定していた通り、女神や魔神と接触はしていないようだ。だが、それよりも――
「……分からない? 命を落とすような出来事はなかったのか?」
「少なくとも記憶にはありません。先輩とミレイさんはあるのですか……?」
クロエは消え入りそうな声で問うてくる。触れてはいけないものを扱うかのように。
「あるよ。わたしは自ら、キョウヤは事故だったよね?」
「そうだな」
「……すみません、不謹慎でした」
「わたしたちはもう気にしていないから、大丈夫だよ」
気を落とす彼女に対し、ミレイが優しく声をかけた。逆に気を遣わせてしまったようで申し訳ない。
クロエが落ち着きを取り戻したのを見て、キョウヤは続けて質問を投げかけた。
「こっちに来た時期は覚えているか?」
「正確には覚えていません。五月の下旬だったかと」
「俺たちも同じだけど、なんか変だな。それにしてはクロエが先行しすぎていた」
「そうですね。お二人と《オルストリム》で会った時点で、こちらの世界で一か月以上は経過していたと思います。私は最初の数日間、街に閉じ籠って雑用をしていましたし……」
転生した当時のことを思い出したのか、クロエの顔が僅かに沈んだ気がした。
自分は運良くミレイと出会えたが、彼女は独りで心細かったに違いない。冒険者の道を選ぶのは勇気が必要だっただろう。
「時間の流れが違うのかな?」
「だろうな。この世界の方が流れが早いのは間違いない」
クロエがゲームにログインしなくなったのは半年ほど前だったため、同じ年であることは確定している。
仮に彼女が転生したのが前日の夜だとしたら、数十倍の早さで時間が流れていることになる。
「じゃあ、戻った時の損失は少なくなるね」
「そんなことができればの話だけどな」
「えっと、お二人は戻る方法を探しているんですか?」
「うん。キョウヤを帰してあげたくて」
ミレイの言葉に胸が痛んだ。彼女は断固として帰らない姿勢を貫いている。
どれだけ関係を深めても、終点で待っているのは別れ。その事実が覆ることはない。
「でしたら、私もお手伝いしたいです!」
「クロエ、ありがとう。せっかくだから明日は三人で神殿に行ってみようよ」
「神殿……《プリスティ霊山》ですか?」
「え、ぷりす……何?」
そういえば、西の山の正式名称はまだ伝えていなかった。
クロエの的確な推測に対し、ミレイは疑問符を浮かべている。
「さすがクロエだ。よく覚えているな」
「ふふっ、ゲームでは先輩と一緒に行ったこともありますから」
「君もランク4になったのか?」
「はい、昨日試験に合格して昇級しました! いつの間にか追い付かれてしまいましたね」
「別に、この世界はランクが全てじゃない。頼りにしているよ」
「えへへ……先輩、ありがとうございます」
クロエは本当に素直で良い後輩だと思う。彼女と話しているだけで癒されていく。
一方、置いてけぼりを食らった相棒は少し寂しそうな目をしていた。これ以上放置するのは可哀想だ。
「ああ、そうだ。ミレイはもっと情報収集に力を入れた方がいいぞ。ちなみにロッドは打撃武器じゃないからな」
「うっ……! キョウヤの意地悪……」
初めて会った時の奇行を茶化すと、彼女は恥じらいながら不満を露わにした。
クロエがおかしそうに笑い、和やかな空気が伝搬していく。午後の陽光が差し込む空間はとても温かい。
こんな平和な時間がいつまでも続けば良いのに。そんなことを思いながら、キョウヤは小さく笑みを浮かべていた。




