第93話 戸惑う後輩
キョウヤとミレイは《フリーダム》の面々と挨拶を交わした後、共に冒険者ギルドへと向かった。
せっかくの再会を味気ないものにはしたくない。唐突な別れだったため、話したいことが山ほどある。
程なくして休憩所の席に着いたが、クロエはまだ俯いたままだ。先ほどの失敗は相当堪えたらしい。
「クロエ、そろそろ顔を上げな!」
「……無理です。心が折れました」
「あたしは悪くないと思ったよ。キョウヤもそう思うだろう?」
ティアナが彼女の背中を叩きながら話を振ってくる。無茶振りはやめてほしいのだが。
「なんでこっちに振るんですか。ティアナさんが煽ったんですよね。ああいうのはクロエには似合わないですよ」
「ううっ……!」
正直に伝えた瞬間、小さく呻いたクロエ以外の視線がこちらに集中した。
「キョウヤ、お前な……」
「はっきり言ったわね……」
リベルとアストラが呆れたようにため息を吐き、ティアナはニヤニヤしている。
マリウスはよく分からないが、隣のミレイはとてつもなく冷たい目を向けてきた。
「いや、だから……俺は普段のクロエが好きなんです」
「ひゃうっ……!」
フォローを入れたつもりが、クロエは変な声を上げ、彼女が座っている椅子がガタンと音を立てる。
そして、ミレイからは突然の肘打ちが飛んできた。あまりにも理不尽ではないだろうか。
「なんなんだよ」
「……別に」
心なしか機嫌が悪そうだ。嫉妬という言葉が頭をよぎったが、すぐに振り払った。
とにかく、このままでは空気に呑まれてしまう。アインスのような弄られキャラになるつもりはない。
「話は変わりますが、《オルストリム》ではご迷惑をおかけして、本当にすみませんでした」
無理やり話題を変えることになったものの、ようやく告げられた。
あの時は急いでいてクロエに伝言を頼んでいた。本当は直接謝っておきたかったのだ。
「ん? ああ、それは気にしてないぞ。お前が立ち直れたなら、俺たちとしても喜ばしいことだからな」
「心を折られ、冒険者を諦めてしまう方も多いのですよ。ですから、むしろ称賛されるべきです」
「マリウスの言う通りね。おかげで私も心置きなく復帰できたのよ」
「あんたは胸を張っていればいい。細かいことは大人に任せておけばいいんだ」
四人に次々と温かい言葉をかけられ、魂を揺さぶられるようだった。だが、まだ終わりではない。
「皆さん……ありがとうございます。それから、クロエ」
「は、はいっ」
視線を移してクロエを呼ぶ。慌てた反応をする彼女の頬は、まだ微かに赤みを帯びていた。
「やり直すことができたのは君のおかげだ。改めて、ありがとう」
「クロエ、ありがとう。あなたがキョウヤの背中を押してくれなかったら、わたしは助からなかったんだよ」
「いえ……私は自分の想いに従っただけですから。でも、お二人のお役に立てて良かったです……!」
クロエは言いながら顔を綻ばせる。どこまでも慎ましく、献身的な姿。
いつもの彼女が戻ってきたようで、キョウヤは人知れず安堵していた。
その後はこれまでの出来事を共有することになった。
フィノアの件と《ヴォイドガーディアン》の討伐は真っ先に報告した。
二人がそれぞれ闇と光の力を持っており、謎の勢力が暗躍していることも語る。
彼らにはそれだけの信頼を置いている。伏せているのは転生に関する話だけだ。
「あっはっはっ! 只者じゃないとは知ってたけど、まさかここまでとは恐れ入ったよ」
「険しい道を歩んできたのね。ふふ、その経験は絶対に無駄にはならないわ」
何事もなかったかのように笑うのはティアナとアストラ。さすが熟練冒険者というべきか、信じ難い話を聞いても余裕を崩さない。
「キョウヤ、俺たちはお前の味方だ。困った時はいつでも頼ってくれよ」
「そうです! 先輩は先輩です。闇の力なんて関係ありません!」
リベルとクロエの気遣いが心強く、仲間の存在が身に染みる。
もし何かあったとしても、彼らは必ず駆けつけてくれると確信できた。
「廃坑で《セイクリッドバリア》を目にした時、もしやと思っていました。ミレイさんには近々お手合わせをお願いしたいものです」
「え、えっと……それはちょっと、ごめんなさい!」
「おや、残念ですね。またとない実験……いえ、腕試しの機会だったのですが」
マリウスは妖しい笑みを浮かべ、ミレイに提案を持ちかけていた。何やら物騒な言葉が聞こえた気がするが、おそらく悪意はない。
「キョウヤ、一つ頼みがある。良かったら明日、クロエを預かってくれないか?」
「クロエを……?」
各々が話に花を咲かせる中、真面目な口調で話しかけてきたのはリベルだった。
「ああ。上級冒険者の試験を受けたいんだが、ランク7のマリウスはともかく、クロエは連れていけなくてな。留守番させるのも悪い気がして、どうしようかと悩んでいたところだったんだ」
「この子、先輩を見返したいってぼやいていたからね。丁度いいじゃないか」
「うぅ、ティアナさん、それは言わない約束だったでしょう!」
上級の試験は相応の危険が伴う。ランク不足のクロエは同行が許されないのだろう。
当人はまたしてもティアナに振り回されている。動揺しながら抗議しているのが可愛らしい。
ミレイの方に目を向けると即座に頷くのが見えた。ならば断わる道理はない。
「俺とミレイはいいけど、クロエは?」
「是非、お願いしたいです!」
途端にはつらつとした声が響く。彼女の目は星のようにキラキラと輝いて見えた。
「じゃあ、後でわたしたちの家に来ない? 色々話したいこともあるから」
「えっ……わたしたちの、家……!?」
ミレイが誘うと、クロエは唖然とした表情でオウム返しする。
やがて、彼女は《凍結》の状態異常にかかったように動かなくなった。




