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ティルナノーグの冒険者  作者: 有機エリー
四章 王都 リグブレス 後編

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第91話 残された闇

 抱擁は途方もなく長く感じられた。どれだけ力を込めていたかも曖昧だった。

 ミレイの身震いが止まったと認識した瞬間、キョウヤは腕を緩めて一歩後ろに下がった。

 二人の身体が滑るように外れ、無言で向き合う形になる。彼女は目を潤ませていた。


「悪い……!」

「えっと……!」


 沈黙に堪えられず口を開くが、ミレイもほぼ同時に声を発していた。

 再び気まずい時間が流れる。このままでは埒が明かない。無理やりにでも話題を提供しなければ。


「と、とりあえず、情報の整理をしないか……?」

「う、うん……」


 彼女が目を逸らして顔に手を当てている隙に、キョウヤは深呼吸して緊張を振り払った。お互い落ち着いたことを確認した後、ゆっくりと話を切り出す。


「……まず、あの魔女が事件の元凶なのは間違いない。普段は隠れて、二人組が来た時だけ襲っていたんだ」

「じゃあ、噂を流したのもあの人?」

「だろうな。釣られた冒険者たちは亡くなっている可能性が高い……」


 空気が張り詰める。否定したいのは山々だが、現実を直視しなければならない。


「シルヴァンと同じ雰囲気がするね」

「それは俺も感じている。魔神の勢力だと思うのが自然だな」

「カップルを殺したいほど憎むって、何があったのかな……」

「分からないけど、境遇はラージュやシルヴァンと似ている」


 闇の力を扱う者たちに共通しているのは、何かを憎悪しているという点。

 では、己は何に対してそのような感情を抱いているのか。思考を巡らせてみるが、心当たりはなかった。


「それから、最初に飛んできた黒い塊なんだが……」

「あっ! 遅くなったけど、護ってくれてありがとう。キョウヤが打ち消してくれたんだよね」

「いや、そうじゃない。あれは多分、今も俺の中に残っているよ」

「……どういうこと?」


 ミレイの優しい微笑みは、推測を告げた途端に表情が硬くなった。

 

「さっき、《アルドラスタ》で暴走した時と同じ感覚がした。衝動は鎮まったけど、違和感は残ったままだ」

「違和感……?」

「丁度いいな。魔物がいるから試してみるよ」


 通路の先に見えたのは例の《ハイドロスライム》だった。実験対象としては申し分ない。

 右手を突き出して念じると、掌の先に現れた炎が弾丸の形へと変化していく。

 転生した当初は不発した《フレイムバレット》は難なく行使できた。撃ち出された炎が魔物に直撃して爆発を起こす。


「次だ」


 今度は剣を抜き放つと同時に魔力を流し込んだ。魔法剣スキル《フレイムエンチャント》によって剣身が炎を纏う。

 飛んできた水の刃を躱しつつ走り込んで刺突を繰り出すと、貫かれたスライムはあっという間に動かなくなった。

 スキルを解除し、鞘に剣を戻しつつ振り返る。ミレイは唖然とした様子でこちらを見つめていた。


「キョウヤ、その力……」

「ああ……君が想像している通り、あの時のフィノアと同じだ」


 霊園でシルヴァンが闇の力をフィノアに分け与えたのと同じ状況。身体の違和感は魔力が劇的に高まったことによるものだろう。

 ゆえに適性がないはずの魔法が容易に使えたし、魔法剣スキルも十分な効力を得られるようになっている。


「待って! あなたは正気なんだよね?」

「今のところは。でも、爆弾を埋め込まれたようなものだから、いつ爆発してもおかしくはない」

「そんな……!」


 フィノアは首飾りという媒体を通していたようだが、直接擦り込まれた力を引き剥がす方法は見当がつかない。もはや呪われているに等しい。

 だが、辛うじて抑え込むことはできている。大切な相棒が支えてくれなければ、今頃どうなっていたことか。


「奴の発言からすると、失踪した冒険者はこれで同士討ちさせられたのかもしれない。残った方は自滅したか、あるいは直接殺されたか……」

「酷い……」

「とにかく王宮とギルドに奴のことを伝えよう。捕まえるのは無理でも牽制はできる」

「そうだね。急がなきゃ」

「待て。まだ話は終わっていない」


 キョウヤは引き返そうとしたミレイを制止する。最後に大事なことを伝えておかなければならなかった。


「……王都に戻った後はしばらく別行動だ。俺の身に何が起きるか分からないからな」

「嫌」

「なんでだよ」

「前に約束したでしょう。あなたが間違いを起こしそうになったら、わたしが止める」


 即答だった。こちらを直視する赤い瞳は硬く、容易には崩せそうにない。


「どこまでお人好しなんだか」

「キョウヤのためじゃない。わたしが、あなたを失いたくない。それだけ」

「ミレイ……」

「だから、どこにも行かないで」


 懇願するような言い回しに、胸が熱くなっていく。

 拒めるはずがなかった。卑怯だとさえ思った。それでも、ありがたかった。


「どうなっても責任は取れないからな」

「取らなくていい。その代わり、相棒として責務を全うして」

「相変わらずの減らず口だな。スライムでも詰め込んでやろうか?」

「それ、セクハラだよ」


 ミレイは嫌な顔一つせず、最後には明るく笑ってみせる。

 キョウヤもフッと笑い返していた。彼女の存在が何よりも心強かった。


「じゃあ戻るか。またスライムに呑まれないように気を付けろよ」

「……そのネタ、擦るのやめてくれない?」


 軽口を叩き、入口に向けて歩き出す。重い空気はすっかり消え去っている。

 どことなく、流れる水の音が美しく聞こえ、洞窟に差し込む光は明るく見えていた。





《アズル地底湖》を脱出すると、即座に入口の衛兵に情報を提供した。彼らは意外と融通が利くようで、誰も通さないと約束してくれた。

 急ぎ足で王都に戻り、冒険者ギルドに仔細を報告、更に王城方面へと向かった。緊急事態ということで、衛兵の一人に連れられる形で貴族街を歩いていく。

 城門で騎士に用件を伝えると、二人は即座に騎士団長ルキウスの執務室へと通された。


「おお、ミレイ殿にキョウヤ殿。もしや調査を終えられたのですか?」


 煌びやかな王城とは裏腹に無骨な部屋だ。壁付近に設置された机の奥に彼は座っていた。

 予想していたと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべている。しかし、話を聞けば苦悩に変化することは想像がつく。


「はい、調査()()()してきました。結論からお話しますが――」


 案の定、ミレイが真実を語るにつれてルキウスの顔は険しくなっていく。

 ちなみに闇の力を埋め込まれた件だけは伏せられた。再びの投獄を回避するためだろう。

 聡い相棒の対応に、キョウヤは心の中で拍手喝采を送らざるを得なかった。


「……ご苦労様でした。至急、こちらからも手を回しておきます。解決には至りませんでしたが、報酬の半分はお支払いします。後ほど冒険者ギルドでお受け取りください」


 相変わらず上から目線な発言だと思ったが、気にかけることなく会釈して別れを告げる。

 二人して執務室を後にする直前、背後から深いため息を吐く音が聞こえた気がした。

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