第9話 正体不明の力
「キョウヤさん、ミレイさん。おかえりなさいませ!」
キョウヤは銀髪少女――ミレイを伴って、冒険者ギルドのカウンターで待機していたソフィーの元へ戻っていた。
彼女は笑顔で一礼した後、気遣うようにミレイを見つめてから口を開いた。
「早速ですが、ミレイさんにお話したいことがございます。よろしいでしょうか」
キョウヤが横に目を向けると、彼女は申し訳なさそうに縮こまっていた。破壊してしまったテーブルと床のことを考えているのだろう。
「はい。先ほどは申し訳ありませんでした」
「いえいえ。損害は大きくありませんので、あまり深刻にお考えにならなくても大丈夫ですよ。その件とは別に、もう一つ重要なお話がございまして……」
ソフィーが困ったようにキョウヤの方を見る。それだけで他言無用の話だということは理解できた。
「じゃあ、俺はちょっと外へ――」
「彼も同席させてください」
キョウヤが気を利かせて席を外そうとする前に、ミレイが素早く言葉を被せた。
予想外の提案に呆気に取られてしまう。ソフィーも驚いた様子だったが、すぐに普段通りの余裕を取り戻した。
「ミレイさんが仰るのでしたら問題ございませんよ。あちらの席へお願いします」
彼女が示したのは先ほど魔法が暴発した場所の近くだ。既に床の穴は板で塞がれ、代わりのテーブルが用意されていた。
ソフィーの後に続きながら隣を歩くミレイを見ると、彼女はキョウヤにだけ聞こえる声量で囁いた。
「一応仲間だから、聞いておいて。知識はあるんでしょう?」
「は、はあ」
歯に衣着せぬ物言いをされ、意見する気にもならない。一応という言葉は引っかかるが、仲間とは認めてくれているようだ。
三者がテーブルを囲んで席に着くと、ソフィーは例の不思議な本を開いた。
「先に大事なお話をさせていただきますね。ミレイさんが魔法を暴発させた時に開かれていたページは、こちらで相違ございませんか?」
広げられたページの片側に一つの中級魔法、もう片方にも同じように中級魔法が記されている。いずれも光属性に分類されるものだ。
床に開いていた穴の形状からすると、発動したのは光線を照射する《ルミナスレイ》に違いない。
「はい、間違いありません」
「やはり、そうですか……」
ミレイが肯定すると、ソフィーは顔を曇らせて考え込むような仕草を見せる。
キョウヤにはその意図が理解できなかった。新人が強力な魔法を使えることは、むしろ喜ばしいことではないだろうか。
システムに縛られた世界ではないのだから、冒険者になる前から強い力を持っていることは不自然でもない。
「中級魔法が使えることに何か問題があるんですか?」
「いえ、それ自体に問題はございません。そういった素質がある方はこれまでにも何度か送り出しています。ただ――」
歯切れの悪さを感じる。その先の言葉を言うべきか迷っているようだ。ミレイもそれを感じ取ったようで、顔を強張らせていた。
「大丈夫です。続けてください」
彼女が先を促すと、ソフィーは一度目を伏せた。そして、まるで壊れ物を扱うかのように、静かにゆっくりと話し始めた。
「……光属性は、決して容易に扱える力ではないのです。修練を積んだ魔法使いの方が使うことは珍しくはありません。ですが、中級以上に相当する使い手はごく一部に限られます。そして、そうした特別な方々を表す言葉があります」
彼女はそこで一息入れると、ひっそりとその言葉を付け足した。
「――女神の祝福を受けし者」
キョウヤはその言葉に聞き覚えがなかった。それは当然だ。ゲームでは光属性など当たり前のように使われていたのだから。
仲の良かった友人の一人――イーリスを思い浮かべる。彼女が多用していた魔法の属性も光だったと記憶している。
光属性の特徴は、他の属性と比較してMPの消費が多い代わりに強力。それ以上の設定はなかったはずだ。
「女神の祝福……」
一人呟くミレイの表情は、とても喜んでいるようには見えない。
説明を求めるように視線を向けてくる彼女に対し、キョウヤは首を横に振ることしかできなかった。
「女神の祝福を受けし者が世界を覆う闇を祓う。そのような説もあります。そのため、彼らは世界各地で観察対象とされ、場合によっては重用されることも珍しくないのです」
「待ってください。だとしたら――」
キョウヤはテーブルに置かれた本のページをめくっていく。その先に記されているはずの魔法を指し示すために。
闇を祓う、確かにそう聞こえた。光の対となる属性は闇だ。
ゲームではMPに加えてHPを消費する玄人向けの属性だったが、こちらの世界ではまた別の意味があるに違いない。
そのページが開かれると、ソフィーは意図を察したようで、更に声量を落として厳かに告げた。
「闇属性は忌むべきもの……魔神の呪詛。そのように伝えられております」
女神と魔神、対立する二柱の神。それらは確かにゲーム内に存在していた。プレイヤーは女神サイドとして、魔神の勢力と交戦することも少なくなかった。
こちらの世界にも、そのような脅威が潜んでいる可能性があるということか。
「わたしは、どうすればいいの……?」
下を見つめるミレイの声は震えていた。無理もないだろう。未知の世界で、自分に謎の力が宿っており、似た力を持つ者は特別な立場にあるというのだから。
「こちらの件はギルドマスター――責任者に共有するのが通例ですが、ご本人の意向を蔑ろにはできません。ですから、ミレイさんのご意見をお聞かせください」
「……伝えないでおいてください」
ソフィーの問いに、ミレイは弱々しく声を発した。
ただでさえ転生者という複雑な立場のため、今は伏せておくのが賢明だ。彼女もそれは理解しているようだった。
「かしこまりました。わたくしもミレイさんの意思を尊重したいと考えております。絶対に口外しないとお約束いたしますよ」
宥めるようなソフィーの言葉を受けて、ミレイの緊張が少しだけ和らいだのを感じる。それでもなお、彼女は顔を上げることなく俯いたままだ。
キョウヤもまた、何か一言でも声をかけるべきだとは思っていた。しかし、どれだけ検討してもこの場に相応しい言葉が浮かんでくることはなかった。