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ティルナノーグの冒険者  作者: 有機エリー
四章 王都 リグブレス 後編

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第88話 実地調査

 ルキウスと別れた後、二人はすぐに自宅に戻っていた。

 依頼は強制ではない。こちらには選択の余地があるため、まずは話し合うつもりだった。

 キョウヤは椅子を引いてミレイを座らせると、机を挟んで向かい側に腰を下ろす。


「わたしは引き受けようと思うんだけど、キョウヤはどう思う?」

「俺は反対だ。自ら死地に赴くようなものだろう」


 彼女が間髪入れず提案してきたが、首を振って否定した。

 答えは最初から決まっている。これはパンドラの箱であり、災いが降りかかるのは確定的。


「放っておいたら被害者が増えるんじゃない……?」

「立ち入り禁止にするべきなんだよ。以前の《ストリム廃坑》のように」


 苦い記憶が引き出されたが、構わず口に出していた。廃坑で犠牲者が出た時は冒険者ギルドが封鎖していたはずだ。

 あの時とは違い、今回は全てが謎に包まれている。特異な力を持っているとはいえ、中級冒険者になったばかりの二人には荷が重い。


「それだと根本的な解決にはならない。王都には不安が広がるし、別の誰かが調査することになるだけだよ」

「ミレイ、お願いだから危険なことはやめてくれ。今回は敵の正体が分からないから、俺の知識も役には立たない。フィノアの時とは違う」

「……見て見ぬ振りをしろって言うの?」

「俺は君のためなら非情な選択もするつもりだ」

「わたしはもう護られるだけの弱い人間じゃない。見くびらないで!」


 冷たく言い放った瞬間、ミレイは声を張り上げて切り返してきた。

 瞳に宿るのは怒りではなく覚悟。支え合うと誓った相棒だからこそ、遠慮なく本音をぶつけてきたのだろう。

 こういう時の彼女は何を言っても止められない。これだけ長い付き合いをしていれば理解できる。


「……悪かった。侮っているわけじゃない。君が俺よりずっと強いのは知ってるよ」

「わたしも、ごめんね。あなたが心配してくれているのは分かってる……」

「引き受けるってことでいいんだな?」

「うん。我儘だと思うけど、付き合ってほしい」


 決意に水を差すような真似をするのは無粋だ。ならば自分にできることをやるしかない。


「分かった。だけど、危険を察知したらすぐに引き返す。これだけは絶対だ」

「もちろんだよ。キョウヤこそ、わたしのために無茶しないようにね」

「それは状況次第だな。そうならないように努力してくれ」

「そう言うと思った」


 ミレイはこちらの思考を読んでいたのか、小さく笑いながら応じる。

 過去の二人なら間違いなく喧嘩になっていた。だが分かり合えた今、亀裂が生じることはない。


「《アルドラスタ》の襲撃を思い出しちゃった。あの時もバルドさんを助けるかどうかで揉めたよね」


 バルド――路地で倒れていた商人。ミレイは意地でも彼を救おうとしていた。

 結果、犠牲者が出ることはなかったし、マジックケースという便利な魔導具まどうぐまで貰えたのだ。


「そんなこともあったな。君はあの時から他人のために一生懸命で眩しいよ」


 この少女の良い一面は全く変わっていない。危険を顧みず、誰かのために動こうとしている。


「キョウヤだって、仲間思いなのは変わってないよ」

「俺は二度も過ちを犯した。ミレイとは違う」

「でも、二回ともあなたに助けられた」

「一度目は正気じゃなかった。二度目だって、あと少し遅かったら取り返しがつかなかったんだ」


 最初の街、交易都市と二度にわたって心を折られた。ずっと強い意志を保ち続けている彼女と違い、称賛されるものではない。


「そういえば、泣きながら謝ってきたこともあったね」

「やめろ。死にたくなる……」

「二度目はたしか……俺が奴を排除する。必ず戻ってくるから、ここで待っていてくれ――こんな感じ?」

「黒歴史を掘り返すな!」


 恥ずかしい台詞を声真似され、一気に顔が熱くなる。声高に抗議するが、ミレイは臆することなく面白そうに微笑んでいた。


「ふふっ、わたしはあなたを信じてる。だから今回も大丈夫だよ」

「……そうだな。ありがとう、ミレイ」

「どういたしまして」


 彼女の声を聞いていると、不思議と安心感が充足する。いつの間にか懸念はすっかり吹き飛んでいた。


「じゃあ、そろそろ行くか。さっさと片付けてルキウスに報告しよう」

「そうだね。あの人なんか偉そうだったから、一泡吹かせてあげたい」

「同感だ」


 軽く笑った後、同時に椅子から立ち上がった。彼に悪気はないのだろうが、上から目線だと感じてしまったのは事実だ。

 装備に抜かりがないことを確認し、頷き合って家を出る。空が雲に覆われ少し肌寒さを感じる中、二人は歩調を合わせて歩いていった。





 王都の北門から続く街道は、やがて北東の《オルストリム》方面に湾曲する。

 道から逸れてしばらく北上していくと、目的地である《アズル地底湖》の入口が見えてくる。

 槍を持った二人の衛兵は退屈そうに雑談していたが、こちらの姿に気付くと姿勢を正した。


「お話は伺っております。ミレイ様に調査していただけるなら、我々も安心できます!」

「見張り、お疲れ様です。早速行ってきますね」


 対談からあまり時間は経っていないのに、もう話は行き渡っているらしい。騎士団長ルキウス、抜け目がない男だ。

 上手く利用されている気がして癪だったが、ここまで来て引き返すつもりはない。

 キョウヤは大きく息を吸った後、ミレイに背後を任せ、冷えた空間へと足を踏み入れた。


 地底湖という名称ではあるが、その大部分は水の流れる洞窟で構成されている。

 天井の所々からは光が差し込んでおり、それほど視界に困ることはなかった。

 問題は魔物と遭遇した時だ。野外とは違い、戦闘を避けて進むのは難しい。


「なんかいるね。水の魔物?」

「あれは《ハイドロスライム》だ」


 岩で覆われた通路の先で蠢いているのは、水色で不定形の魔物だった。


「スライム……? じゃあ大したことなさそう」

「油断するな。水魔法に長けているし、粘液で拘束してくる厄介な魔物だ」

「うぇ……スライムは弱い魔物って、常識じゃないの……?」

「ゲーム初心者のくせに、変な知識だけはあるんだな」


 ミレイの間の抜けた発言に突っ込みを入れつつ、キョウヤは剣を構える。

 奇妙な噂に冒険者の失踪事件、二つの謎に繋がる戦いの火蓋が切られた。

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