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ティルナノーグの冒険者  作者: 有機エリー
四章 王都 リグブレス 後編

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第87話 地底湖の噂

 翌朝、キョウヤとミレイは冒険者ギルドに足を運んでいた。

 いつも通りソフィーを呼んでもらおうとしたが、受付の女性は困ったような表情を見せる。


「ソフィーさんでしたら、本日はお休みを取られていますよ」

「そうですか、失礼しました。ところで《アズル地底湖》の情報が欲しいのですが、何か知りませんか?」


 王都の北方にある地底湖は、水の精霊ウンディーネの住処とされている場所。職員なら何か知っているに違いない。


「ええ、存じていますよ。男女二人が最奥で祈りを捧げれば永遠の愛が約束される。いつからか知りませんが、そんな噂が流れるようになりました。何組かの冒険者が失踪し、精霊の怒りに触れたなどという憶測まで飛び交っていますね。凶悪な魔物でも出たのかと思い、調査に向かった冒険者パーティもいましたが、特に異常はなかったとのことです」


 彼女は淡々と事実のみをまくし立てる。ソフィーであれば問いかける時間をくれたのだろうが、そういった隙は全くない。


「精霊に会えた人はいるんですか?」

「はぁ……? 何を仰っているのですか。そのような奇跡があれば、今頃大騒ぎになっていますよ」

「……ですよね。ありがとうございました」


 訝しげな目を向けてくる職員に礼を言って引き返すと、ミレイも黙って付いてくる。ホールの中ほどで立ち止まり、思わずため息を吐く。


「視線が痛い……。あれは頭がおかしい奴を見る目だった」

「あはは、ドンマイ。精霊は伝説の存在にすぎないんだね」

「ゲームのようにはいかないか。残念だな」


 結論、この世界の精霊は交流できるものではない。実在しているかも怪しい。

 出てきたのは妙な噂話と失踪事件だけ。あまり関わらない方が良さそうだ。


「でも、永遠の愛ってなんだかロマンチック」

「俺は胡散臭い話だと思うよ」

「そうかなぁ? そういうの、少し憧れるけどね」

「……まあ、分からなくはない」


 憧れるのは大いに結構だが、そもそも相手がいない。口に出しかけたが、寸前で押しとどめる。

 彼女はいつか理想の人を見つけるのだろう。僅かな寂寞が胸に広がった。


「それで、どうしよう。直接行ってみる?」

「却下だ。精霊に会えないなら、人が消えるような危険な場所に行く意味がない」

「相変わらず合理的だね。そのおかげで今まで助けられてきたんだけど」


 ただでさえ何度も事件に遭遇しているのに、また面倒事に巻き込まれるのは御免だ。

 この世界は謎に満ちている。相棒を護るためにも、慎重な行動を心がけなければならない。


「今日は適当に時間を潰そう。西の山は距離があるから、明日の夜明けに出発だ」

「じゃあ、魔物でも狩りに行く?」

「そうだな。誰かさんのおかげで懐が寂しいし」

「ごめん、よく聞こえなかった。わたしがいないと寂しい?」

「難聴なら診てもらった方がいいぞ」


 取るに足らない掛け合いをしながらギルドを後にして、大通りを北へと進んでいく。

 今日もまた平和な一日を過ごせそうだと思ったのは、束の間のひと時だった。


「ああ、ミレイ様! 騎士様が探しておりましたよ!」


 都市から出ようとすると、こちらの姿に気付いた衛兵が慌てて声をかけてきた。

 ミレイが敬われているのはもはや日常だが、呼び出されるのは初めてだ。


「どのような用件でしょうか?」

「申し訳ありませんが、自分には伝えられておりません。王城に続く橋にいる衛兵の元へ向かっていただけますか?」

「分かりました。伝言、ありがとうございます」


 騎士ということは王宮が絡んでいるに違いない。既に厄介な気配が立ち込めている。


「ミレイ、行くのか?」

「うん。とりあえず話だけは聞いてみる」


 いつかはこういう日が訪れると予感していたのだろう。歩き出すミレイに戸惑いは感じられなかった。





 王城や貴族街と都市を隔てる巨大な橋で待機していると、やがて奥から男が姿を現した。

 ミレイが小声で話しかけてくる。どうやら騎士団長ルキウス本人のお出ましのようだ。

 若くして数多の騎士を率いる実力者。実際に相対するのは初めてだが、確かな風格が感じられる。


「ご足労、感謝します。ミレイ殿、キョウヤ殿」


 彼はミレイに丁寧に一礼してみせるが、こちらに対しては一瞥するだけだった。

 騎士団長という立場上、一般人を特別扱いはできない。無視されなかっただけ御の字だといえる。

 ここは黙っておいて、応対はミレイに任せた方が良いだろう。


「いえ、こちらこそ。早速ですが、ご用件を伺ってもよろしいでしょうか」

「そのつもりです。まず最初に、あなた方は《アズル地底湖》の事件について聞いたことはありますか?」


 ルキウスが本題に入った途端、その場に緊張が走った。この時点で呼び出された理由も予想がつく。


「……失踪事件ですね。噂が流れていることも知っています」

「その件で相違ありません。いつからか妙な噂が飛び交うようになり、冒険者が失踪する話まで上がってくる始末。わたしは二つの出来事が繋がっていると確信しましたが、未だ尻尾が掴めずにいます」


 彼は疲れたような顔をした。シルヴァンの件が解決したのに、またしても王都で何かが起きている。さすがの騎士団長も辟易しているようだ。


「わたしとキョウヤに現地の調査を依頼したいと?」

「ご明察です。《光のつるぎ》の方々は連絡が取れない状況にありますゆえ」


 当然だ。あの四人は東の《ソラスティア神聖国》に行ってしまったのだから。


「ですが、なぜ新参者のわたしに?」

「他の適任者が王都に滞在していないからです。行方不明者は全て男女の二人組であり、他のパーティは何事もなく帰還している。つまり、少なくとも男性と女性が一人ずつ必要になる。我々と繋がりがあり信頼できる冒険者は限られています。現在、条件を満たしているのはあなた方しかいません」


 一度は牢獄に閉じ込めておいて、見事な掌返し。強力な光の力を持つ者は無条件で信頼を得られるらしい。

 隣のミレイも同じような感想を抱いたのか、露骨に不快そうな顔をしていた。


「……話は分かりました。ただ、この場で即決はできません」

「承知しました。現地の見張りには伝達しておきますので、気が向いた時で構いません。もちろん、解決した際は相応の報酬をお支払いしますよ。では、吉報をお待ちしています」


 ルキウスは会釈すると王城の方へと去っていく。その後ろ姿には陰りが見えた。

 穏やかな日々はついに終わりを告げる。正体不明の脅威が、すぐそこまで迫っている気がした。

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