第85話 導きの光
シルヴァンとの決着から二日後、キョウヤは平穏な朝を迎えていた。
騒動続きで中断していたが、この日は中級冒険者の試験を再開する予定だ。試験官であるソフィーにも前もって伝えている。
冒険者ギルドに向かう準備をしていると、来客を告げる呼び鈴の音が鳴り響いた。
「お、お邪魔します……」
ミレイと共に出迎えると、眩しい朝日に照らされた友人が立っていた。
セミショートの茶髪は綺麗に手入れされ、黒を基調としたチュニックと白いズボンを着用している。腰には短い杖――ワンドと、おまけに片手剣まで携帯していた。
「え、フィノア!?」
「……また随分と雰囲気が変わったな」
先日まで荒れ果てた容姿をしていたフィノアは、見事という他ない変貌を遂げていた。
兄であるランドの面影があり、一見すると美少年と間違われてもおかしくない。その凛々しい姿に目を奪われていると、相棒に肘で突かれてしまった。
「……変、かな?」
「ううん、とても似合ってるよ」
「あ、ありがとう……」
ミレイが称賛を送ると、フィノアは少し恥ずかしそうに笑みを浮かべる。
彼女から絶望の闇は一切感じられず、すっかり明るさを取り戻していた。
「何もないけど、入ってくれ」
「ここで大丈夫。少し話しに来ただけだから……」
「もしかしてギルドのことか?」
「うん」
シルヴァンから力を与えられ凶行に及びかけたフィノアの処遇は、冒険者ギルドで審議されていたはずだ。だが、悪い報せではないことは彼女の表情を見れば分かる。
「昨日の夕方、今回は不問にするって通達があったの。だから私、冒険者を続けられるよ……!」
「そっか、良かった!」
途端にミレイが彼女を抱き寄せる。少女たちが喜びを分かち合っている姿は本当に微笑ましい。
やがて二人の抱擁が解かれると、フィノアは姿勢を正して真面目な顔で口を開いた。
「助けに来てくれなかったら、取り返しのつかない過ちを犯していたと思う。だから、もう一度お礼を言いたくて。ミレイ、キョウヤ……本当にありがとう」
「そんなに改まらなくていい。フィノアが無事で何よりだよ」
「うんうん。それより、いい機会だしパーティを組まない?」
月並の反応しかできないキョウヤに対し、機転を利かせたのはミレイだった。見知らぬ者と組むのは抵抗があるが、彼女が加入するなら心強い。
「お誘いは嬉しいけど、遠慮しておく。邪魔になると思うから……」
「いや、そんなわけないだろう。君の魔法は頼りになる」
「あなたの実力なら問題ない。わたしが保証するよ」
「あはは……そういう意味じゃないんだけどね」
だが、フィノアは困ったように辞退し、次いで呆れたような表情を見せる。
訳が分からず放心していると、彼女はいつの間にか真顔に戻っていた。
「私、一度《オルストリム》に帰って父と決着をつけたいの。あ、もちろん殺すんじゃなくて、話し合いでね……? その後は冒険者として初歩からやり直すつもり。兄さんの剣技と、私の魔法……難しいかもしれないけど、両方を伸ばしていきたい。だから、今は二人の力にはなれないかな」
片手剣を装備している理由をようやく理解する。彼女は兄の意志を継ごうとしているのだ。
その瞳からは確固たる決意が感じられた。引き留めることなどできるはずがない。
「そうか、分かった。それが君の選択なら、俺は後押しするよ」
「わたしも応援する。だけど、自分の身は大切にしてね」
「……うん、もう無謀なことはしないって約束する」
フィノアがこちらへ手を伸ばしてくる。それが別れを告げる挨拶であることは明白だ。
キョウヤは彼女の健闘を祈り、その手を握り締める。続いてミレイとも固い握手が交わされた。
「じゃあ、二人とも元気でね……!」
「またな。気を付けて」
「いってらっしゃい、フィノア!」
最後の挨拶を終えると、フィノアは名残惜しそうに何度も振り返りながら歩んでいく。
太陽の光に導かれるように去っていく彼女に対し、二人は姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
「……行っちゃったね」
「ああ、フィノアは新しい一歩を踏み出したんだ。きっと……いや、間違いなくランドは彼女の中で生きている」
「次に会う時が待ち遠しいね。のんびりしていたら、追い越されちゃうかも?」
「確かに。魔法の才能はあるから、剣技まで身に付けたら俺の上位互換だな」
先天的な適性の有無が大きい魔法とは違い、剣の扱いは修練すれば上達する。彼女はいずれ立派な魔法剣士として活躍することになるに違いない。
「《光の剣》に続いてフィノアまで行っちゃって、なんだか寂しいね」
「……そういえば、アインスやリーゼから女神の情報を聞き出し損ねた」
「はぁ……やっぱり。あなた、本当に元の世界に帰る気あるの?」
ミレイの冷ややかな視線が突き刺さる。こんなに辛辣な彼女は久しぶりに見た。
直近は色々ありすぎて頭から抜け落ちていたが、現在の目的は帰る手がかりを探すことだ。
《光の剣》は既に王都を発ってしまっている。探りを入れようと思っても、後の祭りである。
「ま、まあ、この辺りはまだ足を運んでいない場所が沢山あるから。冒険者らしく、じっくり調べていけばいいんじゃないか」
「またそうやって誤魔化す……。でも、そうだね。王都に来てから事件ばかりで、まともに観光もできなかったし」
「本当にな。少しは羽を休めたいところだ」
懸念はまだ残っているが、一つの脅威は去った。多少怠けても罰は当たらないだろう。
相棒と過ごす時間は心安らぐものだ。この機会に彼女と王都周辺を回ってみるのも良いかもしれない。
「それじゃあ、まずは今日の試験を無事に乗り越えないとね。合格する自信はあるの?」
「そりゃ、あるに決まっているだろう。ミレイと一緒なら余裕だ」
「ふふっ……キョウヤ、口が上手になったよね」
「誰かさんの相手をしていれば自然とそうなる」
「……それ、どういう意味?」
ジトリとした目で見てくるミレイをよそに、キョウヤは足早に家の中に戻った。
背後で何か文句を言われているが、それすらも心地よく思えてくる。これが、今の二人の日常だ。
王都《リグブレス》、この地での冒険はまだまだ続いていく。世界で一番大切な相棒と共に――。
三章 終
ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました!
四章につきましては、一週間以内の掲載を目指しております。
恐れ入りますが、少しだけお待ちいただければ幸いです。




