第84話 明暗の行く末
王都の路地裏。日当たりの悪い通路に一人の若い女が座っていた。ブラウンのロングヘアに美しい顔立ちで、刺繍が施されたローブに魔女を思わせる帽子を身に着けている。
すぐ前には黒い布が敷かれたテーブルが置かれていた。その上に置かれているのは多数のカード。それだけ見れば、人々は彼女が占い師であると予想するだろう。
そこへ近付くのは一つの影。茶色の外套を纏った長身の男が、テーブルを挟んで女と向かい合った。
「……恋愛占いをご希望ですか?」
「んなわけねぇだろうが」
「フフ、そうだよねー。アナタほど色恋沙汰が似合わない男はいないと思う」
「馬鹿にしてんのか?」
「褒めているんだよー。それで、用件は何かな……ラージュ?」
女は面白そうに笑った。貶すような口調ではなく、気さくな一面を覗かせている。
対する男――ラージュはあくまで無愛想な態度を崩さなかった。その鋭い眼光が揺らぐことはない。
「殺したい奴がいる。手を貸せ」
「いきなりだねー。お姉さんもさすがにビックリだよ。不用心じゃないかなー?」
不穏な言葉が飛び出したが、女がたじろぐことはなかった。彼女の視線は別の所に向いていた。
「まったく、その通りだ。こんな場所で物騒な提案を持ちかけるのは感心できないよ」
ラージュの身体が震える。声を発したのは彼ではなく、前に座る女でもない。いつの間にか、その場にはもう一つの影が現れていた。
その男は外套で身を覆っていたが、偉丈夫というに相応しい体格は隠し切れていない。低い声色は威厳に満ちていた。
「チッ……尾行してやがったな。騎士様がオレになんの用だ」
「務めを果たしたついでに、キミたちに伝えるべき話があってね。だから敵意を向けるのはやめてくれないか、ラージュ君」
食ってかかる相手に対し、騎士と呼ばれた男は冷静に諭す。だが、ラージュの苛立ちは鎮まらない。
「ご高説でも垂れるつもりか?」
「まあまあ、とりあえず聞いてみようよー」
「……さっさとしろ」
立ち上がった女が柔らかい物腰で言い聞かせると、ラージュは渋々口をつぐむ。騎士は頷いた後、声を落としてそれを告げる。
「残念な報せだ。シルヴァン君が命を落とした」
知らされた二人は目を丸くして息を呑んだ。しかし、静寂は長くは続かない。悲しみに暮れることもない。
「……あの子、滅茶苦茶やっていたからねー。さすがに目を付けられちゃったのかな」
「口だけのクソガキには相応しい末路だな」
「ラージュ、それは言いすぎじゃないー?」
「ハッ、散々煽られたからな。目障りだったんだよ」
次に口を開いた時、彼らは平静を取り戻していた。そんな中、騎士だけが追悼するように目を伏せていた。
「で、誰が殺ったんだ?」
「遺憾ではあるが、そこまでの情報は得られなかった。現在、王都には《光の剣》が滞在していると聞いている。彼らが有力だろうね」
その冒険者パーティの名が出た途端、空気が張り詰める。ラージュが舌打ちし、女は呻くような声を上げた。
「伝言は以上だ。キミたちも慎重に行動したまえ」
騎士は最後にそう言うと、フードを目深に被って立ち去っていく。彼の足取りに付け入る隙は見当たらなかった。
「下らねぇな。時間の無駄だった」
「忠告は素直に受け入れるべきだと思うけどねー。それはそうと、アナタの標的は?」
「冒険者……男と女の二人組だ」
「へえ、なるほど。それなら、引き裂いてあげないとね……」
女の表情が綻ぶ。だが、それはこれまでの柔和な顔とは異なり、悪意に満ちていた。
ラージュもまた不敵な笑みを浮かべる。闇の密談は、まだ始まったばかりだ。
◇ ◇ ◇
とある宿の一室に《光の剣》の四人は顔を揃えていた。
リーゼとマリーが寝台に座り、アインスとフリードが椅子を持ってきて腰を下ろす。
「集まってくれてありがとう。早速、情報の整理といこうか」
アインスが神妙な面持ちで口を開いた。軽薄な態度は影を潜めている。
「あの三人が嘘を吐いているようには見えなかった。シルヴァンは死んだと考えていいだろう。だけど、脅威は去っていない」
「違いないわね。他の地域でも魔物の被害は多発しているそうよ」
肯定するマリーの声音も同様だ。とても冗談を言い合うような状況ではない。
「それに《憑依》とかいう異能。そんなものがあるとすれば、答えは一つだ」
「……魔神、か……」
真っ先に反応したのはフリードだった。彼の呟きが、静かな部屋に重苦しく響く。
「敵も動いているということですね」
「ああ、魔神の信徒が各地で活動しているのは間違いない」
「シルヴァンは魔神の信仰はしていないと言っていましたが……」
「関係ない。力の元が魔神であるなら、僕たちの敵であることに変わりはないんだ」
リーゼの言葉に対し、アインスは強く言い捨てる。彼の真剣な物言いに反論する者はいなかった。
「それにしても、キョウヤとミレイに先を越されるとは思わなかったわね」
深刻な雰囲気を振り払うように、マリーは王都で親睦を深めた仲間の名を口にした。それでも、アインスの難しい顔には変化がない。
「そうだな。これは僕の勘だけど、あの二人は普通の冒険者じゃない」
「普通じゃないのはとっくに知っているわよ……」
「違う。同じ気を感じるんだ」
リーゼが目を見開き、マリーは首を横に振る。フリードは腕を組んで思案する様子を見せていた。
「アインス、考えすぎでは?」
「そうよ! だったら、キョウヤの力はどう解釈すればいいの?」
「まだ断言できない。でも、はっきり言えることはある。もし闇に堕ちることがあれば、僕は容赦なく奴を殺す。だから覚悟はしておいてくれ」
重圧な空気が場を満たしていく。それは、考え得る最悪の結末。
「……そうならないことを願うばかりです」
「人の死にはもう慣れたけど、それだけは勘弁してほしいわね……」
「……まったくだ……」
一層沈んだ声で各々が答える。全員が俯き、一時の静寂が空間を包み込んだ。
「……皆、不快な話をして悪かった。明日は王都を発って《ソラスティア神聖国》に向かう。あの国でも不可解な事件が頻発していると聞いている。各自、準備は怠らないように頼むよ」
三人が頷くと、《光の剣》の面々は軽く挨拶を交わして部屋から出ていく。
こうして光の会合は終わりを告げた。彼らの心に一つの影を落として。




