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ティルナノーグの冒険者  作者: 有機エリー
三章 王都 リグブレス 前編

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第84話 明暗の行く末

 王都の路地裏。日当たりの悪い通路に一人の若い女が座っていた。ブラウンのロングヘアに美しい顔立ちで、刺繍が施されたローブに魔女を思わせる帽子を身に着けている。

 すぐ前には黒い布が敷かれたテーブルが置かれていた。その上に置かれているのは多数のカード。それだけ見れば、人々は彼女が占い師であると予想するだろう。

 そこへ近付くのは一つの影。茶色の外套を纏った長身の男が、テーブルを挟んで女と向かい合った。


「……恋愛占いをご希望ですか?」

「んなわけねぇだろうが」

「フフ、そうだよねー。アナタほど色恋沙汰が似合わない男はいないと思う」

「馬鹿にしてんのか?」

「褒めているんだよー。それで、用件は何かな……ラージュ?」


 女は面白そうに笑った。貶すような口調ではなく、気さくな一面を覗かせている。

 対する男――ラージュはあくまで無愛想な態度を崩さなかった。その鋭い眼光が揺らぐことはない。


「殺したい奴がいる。手を貸せ」

「いきなりだねー。お姉さんもさすがにビックリだよ。不用心じゃないかなー?」


 不穏な言葉が飛び出したが、女がたじろぐことはなかった。彼女の視線は別の所に向いていた。


「まったく、その通りだ。こんな場所で物騒な提案を持ちかけるのは感心できないよ」


 ラージュの身体が震える。声を発したのは彼ではなく、前に座る女でもない。いつの間にか、その場にはもう一つの影が現れていた。

 その男は外套で身を覆っていたが、偉丈夫というに相応しい体格は隠し切れていない。低い声色は威厳に満ちていた。


「チッ……尾行してやがったな。騎士様がオレになんの用だ」

「務めを果たしたついでに、キミたちに伝えるべき話があってね。だから敵意を向けるのはやめてくれないか、ラージュ君」


 食ってかかる相手に対し、騎士と呼ばれた男は冷静に諭す。だが、ラージュの苛立ちは鎮まらない。


「ご高説でも垂れるつもりか?」

「まあまあ、とりあえず聞いてみようよー」

「……さっさとしろ」


 立ち上がった女が柔らかい物腰で言い聞かせると、ラージュは渋々口をつぐむ。騎士は頷いた後、声を落としてそれを告げる。


「残念な報せだ。シルヴァン君が命を落とした」


 知らされた二人は目を丸くして息を呑んだ。しかし、静寂は長くは続かない。悲しみに暮れることもない。


「……あの子、滅茶苦茶やっていたからねー。さすがに目を付けられちゃったのかな」

「口だけのクソガキには相応しい末路だな」

「ラージュ、それは言いすぎじゃないー?」

「ハッ、散々煽られたからな。目障りだったんだよ」


 次に口を開いた時、彼らは平静を取り戻していた。そんな中、騎士だけが追悼するように目を伏せていた。


「で、誰がったんだ?」

「遺憾ではあるが、そこまでの情報は得られなかった。現在、王都には《光のつるぎ》が滞在していると聞いている。彼らが有力だろうね」


 その冒険者パーティの名が出た途端、空気が張り詰める。ラージュが舌打ちし、女は呻くような声を上げた。


「伝言は以上だ。キミたちも慎重に行動したまえ」


 騎士は最後にそう言うと、フードを目深に被って立ち去っていく。彼の足取りに付け入る隙は見当たらなかった。


「下らねぇな。時間の無駄だった」

「忠告は素直に受け入れるべきだと思うけどねー。それはそうと、アナタの標的は?」

「冒険者……男と女の二人組だ」

「へえ、なるほど。それなら、引き裂いてあげないとね……」


 女の表情が綻ぶ。だが、それはこれまでの柔和な顔とは異なり、悪意に満ちていた。

 ラージュもまた不敵な笑みを浮かべる。闇の密談は、まだ始まったばかりだ。





 ◇ ◇ ◇





 とある宿の一室に《光の剣》の四人は顔を揃えていた。

 リーゼとマリーが寝台に座り、アインスとフリードが椅子を持ってきて腰を下ろす。


「集まってくれてありがとう。早速、情報の整理といこうか」


 アインスが神妙な面持ちで口を開いた。軽薄な態度は影を潜めている。


「あの三人が嘘を吐いているようには見えなかった。シルヴァンは死んだと考えていいだろう。だけど、脅威は去っていない」

「違いないわね。他の地域でも魔物の被害は多発しているそうよ」


 肯定するマリーの声音も同様だ。とても冗談を言い合うような状況ではない。


「それに《憑依ひょうい》とかいう異能。そんなものがあるとすれば、答えは一つだ」

「……魔神、か……」


 真っ先に反応したのはフリードだった。彼の呟きが、静かな部屋に重苦しく響く。


「敵も動いているということですね」

「ああ、魔神の信徒が各地で活動しているのは間違いない」

「シルヴァンは魔神の信仰はしていないと言っていましたが……」

「関係ない。力の元が魔神であるなら、僕たちの敵であることに変わりはないんだ」


 リーゼの言葉に対し、アインスは強く言い捨てる。彼の真剣な物言いに反論する者はいなかった。


「それにしても、キョウヤとミレイに先を越されるとは思わなかったわね」


 深刻な雰囲気を振り払うように、マリーは王都で親睦を深めた仲間の名を口にした。それでも、アインスの難しい顔には変化がない。


「そうだな。これは僕の勘だけど、あの二人は普通の冒険者じゃない」

「普通じゃないのはとっくに知っているわよ……」

「違う。()()()を感じるんだ」


 リーゼが目を見開き、マリーは首を横に振る。フリードは腕を組んで思案する様子を見せていた。


「アインス、考えすぎでは?」

「そうよ! だったら、キョウヤの力はどう解釈すればいいの?」

「まだ断言できない。でも、はっきり言えることはある。もし闇に堕ちることがあれば、僕は容赦なく奴を殺す。だから覚悟はしておいてくれ」


 重圧な空気が場を満たしていく。それは、考え得る最悪の結末。


「……そうならないことを願うばかりです」

「人の死にはもう慣れたけど、それだけは勘弁してほしいわね……」

「……まったくだ……」


 一層沈んだ声で各々が答える。全員が俯き、一時の静寂が空間を包み込んだ。


「……皆、不快な話をして悪かった。明日は王都を発って《ソラスティア神聖国》に向かう。あの国でも不可解な事件が頻発していると聞いている。各自、準備は怠らないように頼むよ」


 三人が頷くと、《光の剣》の面々は軽く挨拶を交わして部屋から出ていく。

 こうして光の会合は終わりを告げた。彼らの心に一つの影を落として。

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