第82話 誤り
シルヴァンはまだ生きている。とどめを刺すべきか、キョウヤは迷っていた。
彼の所業は決して許されるものではないが、直接手にかけるのは抵抗がある。衛兵に引き渡すのが正しい選択だろう。
迷宮から脱出するのはボス部屋の奥の門を使えば良い。しかし、一人でシルヴァンを連れて戻るのは難しい。ミレイとフィノアの戦いの行方も気がかりだ。
「ボク、だって……仲間と楽しく、やりたかったんだ……。そのために、努力もした……! なのに、なんでボクが……ッ!」
とりあえず手足だけは使えないようにしようかと思っていると、心底恨めしそうな声がこだました。
何かを呪うような叫びに、キョウヤは言葉を失う。悪に染まるにはそれなりの理由がある。目の前に横たわる男も例外ではないようだ。
「シルヴァン、何があった?」
「そんなことを、聞いてどうする……」
「どうもしない。気になっただけだ」
どのような経緯で、これほどまでに歪んだ闇が形成されたのか。他人事とも思えず、問いかけていた。
「ボクは、この世界が嫌いだ……。より正確には、基になっているゲームがね……」
「揉め事でもあったのか」
「ああ、そうだよ……。ボクは、高難度に挑戦するパーティのリーダーを任されていた。このプレッシャーが、キミに分かるか……?」
「……俺もそれなりにやり込んだゲーマーだからな。パーティを統率するのが大変だというくらいは理解しているよ」
キョウヤはゲーム時代の旧友を思い浮かべていた。レオン――快活かつ誠実で、リーダーに相応しい男。
トラブルが起きた時、いつも解決に尽力していた。そんな彼がいたからこそ、楽しく遊ぶことができていた。
「リーダーなんて言われてたけどね……結局はメンバーの板挟みだったんだよ。ある時、足を引っ張っている奴を追放して入れ替えるよう、進言してきた奴らがいた。そのメンバーでやり遂げたかったボクは拒否した。そうしたら、奴らは露骨に文句を言うようになったんだ……」
よくある話だと思った。クリアできて当たり前のゲームはつまらない。そういったプレイヤーを満足させるため、エンドコンテンツ――要するにやり込み要素が実装されている。
当然、難易度が高ければ対応できないプレイヤーも出てくる。シルヴァンの仲間はその状況に陥ったのだ。
「……それは災難だったな」
「災難? そんな一言で片付けるなよ……! 仕方なく何度かメンバーを入れ替えて、やっと成し遂げたんだ。なのに、奴らはボクを裏切った……! 用済みだと言わんばかりに、除け者にしやがった! 誰のおかげでクリアできたのかも忘れて、調子に乗りやがって!」
憎しみを振りまくシルヴァンは、身体の痛みなど忘れたように憤っていた。拳を握り締め、地面を叩きつける。
かつては善良なプレイヤーだった彼の心は、軋轢によって壊れてしまったらしい。
「ボクはゲームを引退した。それなのに、気付けばこの世界に転生させられていた。なんの冗談かと思ったよ……」
「普通に生きようとは思わなかったのか」
「……思ったさ。最初は魔神に従うつもりはなかった。でも、異世界はゲームよりも残酷で悪意に満ちていた。最初に組んだパーティは、ボクの所持品を盗んで逃げた。だから殺して復讐してやったんだ! イキってたクズから奪う瞬間は気持ちが良かったなあ。クソみたいな束縛から解放されて、最高の気分だったよ。アハハハハッ……!」
シルヴァンは壊れたように笑う。楽しそうであり、悲しそうでもあった。
突きつけていた剣は、知らず知らずのうちに下ろされていた。余計なことを聞いてしまったと後悔した。
そして、気付くのが遅れた。シルヴァンがかざした手が、こちらに向けられていることに。
「だからさ、キミも死んでくれよ!」
「……ッ!」
間に合わない。この至近距離で回避はできない。剣を振り下ろすよりも先に発動する。
しかし、魔法が放たれることはなかった。代わりに目に入ったのは閃光。遅れてシルヴァンの悲鳴。
「駄目でしょう? ちゃんと、殺らないと……」
次に部屋の入口の方から届いたのは馴染み深い声。だが、氷のように冷たく無機質な声。
薄暗いせいで表情は見えなかったが、得体の知れない雰囲気を漂わせている。
「ミレイ……?」
「……ごめん。キョウヤが殺されるかと思ったら、つい……」
異様な空気は消え去り、彼女が謝りながら近寄ってくる。後ろから付いてきたフィノアも困惑しているのが見て取れた。
「アアアアアッ! 畜生! どいつもこいつも、邪魔ばかり……ッ!」
「もう諦めて。フィノアは助けた。あとは、あなたを衛兵に引き渡せば終わり」
光に右腕を撃ち抜かれたシルヴァンに対し、ミレイは冷酷に言い放った。怒りに震える彼の顔が驚愕、そして幻滅へと変化する。
「フッ、ハハハ……お断りだね……ッ!」
それは一瞬の出来事だった。シルヴァンが左手を胸に当てた瞬間、闇が彼自身を死へと誘った。
「ハ、ハ……この世界を、何も、知らない、ゴミども……。精々……苦し、め……」
その言葉を最後に、男は動かなくなった。呆然と立ち尽くした後、心臓を確認したが、鼓動は感じられなかった。
「手遅れだな」
「……わたしが追い詰めたせいかな」
「違う。こいつが選んだ道だ。気に病む必要はない」
シルヴァンの心が壊れたのも、この世界で暴虐を極めたのも、全ては彼自身の選択の結果。
この男にも苦悩は間違いなくあった。それでも、別の道を歩んでいれば救われていた可能性はある。
「帰ろう」
こんな場所にもう用はない。ショックを受けているミレイとフィノアに帰還を促す。
決して喜ばしい結末とはいえないが、ひとまず脅威は去った。三人とも無事だったというだけで十分だ。
少女たちに続いて外に出る直前、一度だけ振り返る。気付けば、シルヴァンの亡骸に向けて黙祷している自分がいた。




