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ティルナノーグの冒険者  作者: 有機エリー
三章 王都 リグブレス 前編

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第72話 護られて

《光のつるぎ》の四人に会うため、ミレイは冒険者ギルドで待機していた。

 しばらく話し相手になってくれていたソフィーは仕事に戻っている。彼女のおかげでいくらか気が軽くなった。

 それでも、時間が経つのがとても遅く感じる。もし隣に相棒がいたら、下らない冗談でも言い合うのに。


 一人で座り込んでいるからか、時折他の冒険者に声をかけられることもあった。その大半は軽薄な誘いだ。

 下品な目つきの相手は徹底的に無視した。ギルド職員の目があるためか、適当にあしらっていれば諦めて去っていく。

 しかし、中には空気が読めない人間も交じっている。彼らを突き動かすのは低俗な欲望に違いない。


「――だからさ、俺たちのパーティに入らない?」

「全員ランク5だから、今より贅沢な生活ができると思うよ」

「戦闘は心配しなくて大丈夫。僕らは堅実な戦い方しかしないから」


 先ほどから隣のテーブルを囲んでいる男たちは、勧誘を諦める様子がない。一度はギルド職員から注意をされたのに、その目を盗んで声をかけてくる。

 こんなパーティに入ってしまえば、彼らの望むままに扱われるのは目に見えている。引っかかるのはよほどの愚か者だけだ。

 いい加減うんざりしてきた。一度外に出て時間を潰すべきか、それとも職員に助けを求めるべきか。


「悪いけど、彼女から離れてくれないかな。先約があるんだ」


 逡巡していると、聞き覚えのある明瞭な声が響いた。口調は穏やかではあるものの、僅かに怒気を含ませている。


「げっ、アインスさん……」

「し、失礼しました! 俺たちはこれで!」


 声の主は《光の剣》のアインス。名声がある彼には逆らえないのか、男たちはたちまち逃げていく。

 入れ替わるようにリーゼ、マリー、フリードも合流する。心強い助っ人の登場に、ミレイは胸を撫で下ろした。


「ミレイさん、大丈夫か? 変な奴らに絡まれて災難だったね」

「アインス、あんたがそれを言うの?」

「……お前も、勧誘していただろう……」

「お、おい! せっかく決まったのに、台無しにしないでくれ!」


 マリーとフリードに鋭い突っ込みを入れられ、アインスが慌てふためく。

 相変わらずの軽快な受け答えを目にして、つい頬が緩んでしまう。


「キョウヤが見当たりませんね」


 しかし、リーゼの呟きを受けてすぐに居住まいを正した。彼らには大事な話を打ち明けなければならないのだ。


「はい……キョウヤのことなんですが、皆さんの助けが必要なんです!」


 悲痛な叫びに四人は深刻な事態を感じ取ったのか、一瞬で空気が張り詰める。


「……何があったんだ? あいつは今どこに?」

「えっと……順を追って説明しますね」


 アインスたちがテーブルを囲んで座ると、ミレイは彼らと別れた後に起きた出来事を語った。話を進めるにつれて、四人の表情が強張っていく。


「くっ……僕たちの報告が裏目に出たみたいだな」

「……報告、ですか?」

「ええ。あの後すぐ、わたしたちは王城に向かいました。シルヴァンと名乗った人物が魔物を召喚し、逃げ去ったという事実を告げるためです。もちろん、キョウヤが疑われないように、彼については伏せていました」

「それが良くなかったみたいね。王宮はキョウヤのことを何も知らない。だからシルヴァンと同一人物、もしくはその仲間だという疑念を抱いたはずよ」


 皮肉にも彼らの配慮がキョウヤを追い詰める原因になってしまった。とはいえ、責めるのは筋違いだ。

 唯一の救いは、リーゼが一部始終を目撃していたこと。これなら疑いを晴らすことはできるはず。


「お願いです。彼を助けてください!」

「ああ、元はといえば僕たちの不始末でもある。必ず助け出すと約束しよう」

「じゃあ、すぐにでも王城へ――」

「それは駄目だ」


 ミレイが勢いよく立ち上がると、即座にアインスに引き留められる。他のメンバーも動こうとはしなかった。


「なぜですか……! こうしている間にもキョウヤは……」


 この状況で行動を開始しなくてどうするというのか。冷静な彼らの姿を見るほどに、苛立ちは募っていく。


「ミレイさん、はやる気持ちは分かる。だけど、物事には順序というものがあるんだ」

「もうすぐ日が暮れます。今から向かっても門前払いされるだけですよ」

「それに、あんた昼から何も食べてないでしょ? そんなフラフラな身体で……無理しすぎよ」

「……少し、落ち着いた方がいい……」


 四人に次々と諭され、ミレイは力なく項垂れた。指摘されて意識すると、急激に疲労が押し寄せてくるのを感じた。

 彼らは熟練冒険者らしく状況を見据えている。対して、目の前のことしか見えていない自分はどこまでも未熟だった。


「ごめんなさい……」

「気にしないでください。お気持ちは確かに受け取りました」

「こんなに想ってくれる人がいるなんて、キョウヤは幸せ者よね」

「まったく、羨ましい限りだ……いてっ!」


 軽口を叩くアインスに、マリーの拳が襲いかかった。こんな状況だからこそ、少しでも和ませようとしているのが伝わってくる。


「ミレイさん、ギルドには報告していますか? 私たちの証言だけで足りなかった場合、キョウヤのこれまでの実績を知っている方の協力が必要になるかもしれません」

「はい。ソフィーさんという方に全て伝えています」

「ソフィーさんか! じゃあ、僕が同行を要請しておくよ。皆は先にいつもの酒場で食事をとっていてくれ」

「アインス……彼女に迷惑はかけないでくださいね」


 勇んで立ち上がったアインスに、リーゼが冷たい口調で警告する。すると、彼は不本意だとばかりに不機嫌そうな顔をしてみせた。


「分かってるよ。僕がそんな軽薄な男に見えるのか?」

「見えるわよ」

「見えますね」

「見える……」


 仲間たちの三者三様の切り返しに、アインスは涙目になりながら肩を落とす。

 その軽妙なやり取りに、ミレイは思わず笑いを零してしまった。


「やっと笑ったわね。せっかく可愛いのに、暗い顔をしていたら台無しよ」

「キョウヤのことが心配なのは分かりますが、今は前を向きましょう」

「……はい! 皆さん、ありがとうございます……!」


 沈んでいた心がようやく持ち直す。《光の剣》の面々は、本当に光のように眩しかった。


「おーい、僕を笑い種にするのはやめてくれないか」

「まだいたの? あんたはさっさとカウンターへ行きなさいよ」


 自業自得ではあると思うものの、雑な扱いをされるアインスに、ミレイはほんの少しだけ同情していた。





 五人で夕食をとった後、ミレイはリーゼ、マリーと共に帰路に就いていた。彼らには別件もあるため、安心できるように女性二人を護衛に回してくれたようだ。

 既に辺りは薄暗く、道に座り込んでいる男たちから卑しい目が向けられる。しかし、両サイドの二人が睨みを利かせているため、干渉してくる者はいなかった。


「ねえミレイ、キョウヤとはどんな関係なの?」

「マリー、詮索するものではありませんよ」

「ええー? だって、気になるでしょ?」

「それは……確かに」


 しばらく歩いていると、嫌な空気を振り払うようにマリーたちが口を開いた。

 これは所謂ガールズトークというものだろうか。慣れない話題ではあるものの、別にはぐらかすようなことでもない。


「大切な相棒ですよ」

「……それだけ?」

「はい」

「ふぅん、そうなんだ。だったら今度デートに誘ってみようかな。結構好みなタイプだし」

「えっ!?」


 マリーの想定外の発言に、うっかり変な声が出てしまう。彼女を直視すると、ニヤニヤと意味深な笑みが返ってきた。


「冗談よ。ま、頑張りなさい」

「……?」


 訳が分からずリーゼの方に目を向けるも、彼女もまた温かい微笑みを見せるだけだ。

 結局、その意図は不明のまま自宅に着いてしまい、二人は再会の約束をして去っていった。


 家を借りて二日目、相棒がいない部屋はとても広く感じられた。

 すぐにルームウェアに着替え、寝台に横になる。今日は本当に慌ただしい一日だった。

 中級冒険者の試験を受けたはずが、ラージュという襲撃者と遭遇。都市郊外で因縁の魔物を討伐した後、姿を消したキョウヤを探して東奔西走。冒険者ギルドでソフィーや《光の剣》と対談。

 思い返してみれば、ずっと誰かに助けられる一方だった。自分だけの力では何一つ成し遂げられない。


「もっと、強くならないと……!」


 護られてばかりではいられない。相棒の一人も救えないようでは、この先が思いやられる。

 明日はいよいよ王城に向かう手筈になっている。穏便に済めばそれで良いけれども、場合によっては――。

 どんな手を使ってでもキョウヤだけは助け出す――ミレイはそう心に固く誓った。そして、来るべき時に備え瞼を閉じた。

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