第71話 救い出す手段
昼下がりの冒険者ギルド。ミレイは休憩所の椅子に腰かけ、ソフィーの到着を待っていた。
彼女は傷を負いながらも業務に励んでいるようで、しばらくすれば手が空くと他の職員から告げられている。
ずっと一緒にいた相棒が手の届かない所へ行ってしまった。その現実が不安を募らせる。
キョウヤは今どうしているのだろうか。焦る気持ちはなんとか抑えられても、心細さだけは振り払えない。
「ミレイさん、お待たせいたしました」
ミレイが俯いていると、落ち着いた声が響く。顔を上げると、制服姿のソフィーが横腹の痛みを気にした様子で、テーブルを挟んで座るところだった。
治癒魔法で傷を塞いだとはいえ、完治したわけではない。そして、怪我をしたのはミレイ自身の油断が原因だ。
「ソフィーさん、ごめんなさい……」
最初に衝いて出た言葉はそれだった。傷を負わせてしまった上、業務中に呼び出し、更に難題を持ちかけようとしている。
彼女には迷惑をかけてばかりで申し訳ないと思っている。それなのに、今は他に頼れる人が思い浮かばない。
「怪我のことでしたら、気に病む必要はございませんよ。もしかして、何かお困りごとでしょうか? わたくしでよろしければ、ご相談承りますよ」
「ソフィーさん……ッ!」
ソフィーの柔らかな声音と心優しい言葉に思わず気が緩んでしまい、堪えていた感情が溢れ出す。
弱々しい声が漏れ、全身が震える。放っておくと涙まで零れてきてしまいそうだった。
「ミレイさん、大丈夫です。ゆっくりで構いませんので、お話をお聞かせください」
いつの間にか隣に歩み寄っていたソフィーが、膝立ちになり目線を合わせてきた。
彼女の真摯な対応を受け、ようやく心が落ち着きを取り戻していく。
「……取り乱してすみませんでした。実は――」
気を取り直したミレイは、これまでの経緯を順に説明していく。
都市郊外に魔物が現れたこと、他のパーティと共にそれを討伐したこと、キョウヤが衛兵に捕まったこと。
そして最後に、彼は《アルドラスタ》で活動していた頃から闇魔法を行使できた――そういった秘密も全て開示した。
都合の悪いことを隠すのは公正ではないし、ソフィーはその程度で見限る人ではないと確信していた。
「……そうですか。キョウヤさんが……」
さしものソフィーも衝撃を受けたのか、動揺を隠し切れていない。
光と闇の力について教えてくれたのは他でもない彼女だ。光だけでも稀有なのに、闇まで身近にあるとは夢にも思わなかっただろう。
「……わたくしも、キョウヤさんが悪人だとは思っておりません。都市郊外にアンデッドの魔物が現れ、それを倒した者がいるという話も、こちらには伝わっております。彼が討伐に協力したのでしたら、その功績は称えられるべきです」
一呼吸置いて、ソフィーは冷静に語り始めた。
やはり彼女は味方になってくれる。打ち明けたのは間違いではなかった。
「しかし、闇の力を行使したという事実は覆らないでしょう」
安心したのも束の間、事務的な冷たい言葉が胸に突き刺さる。
「でも、キョウヤは何も悪いことはしていません……!」
「魔物を使役する人影の話はご存じですか? 現在、王宮と冒険者ギルドは連携してその行方を追っています。そこに強大な闇の力を振るう者が現れたとなれば、疑いが深まるのは当然なのですよ」
「そんな……」
「残念ながら、冒険者が悪事を働くという例は少なくありません。ですから、現状では冒険者ギルドが動くことはできません」
頼みの綱が切れる。唯一の希望の光が闇に覆われていく。
護衛任務で出会った賊のように、罪人として扱われてしまうということだ。
こんなことなら、あの場に合流する前に何が起きていたのか、帰り道で聞いておくべきだった。
「……ありがとうございました。お時間を取らせてしまい、すみませんでした」
「お待ちください」
悲観しながら立ち去ろうとすると、ソフィーから制止の声がかかる。
彼女は真剣な眼差しをこちらに向けていた。その熱意には抗うことができず、ミレイはもう一度腰を下ろす。
「これまでの発言は、あくまで客観的な事実を述べたにすぎません。ミレイさん……キョウヤさんを救う方法を、一緒に考えましょう?」
「……どうして、そこまで?」
「お二人には《アルドラスタ》の一件と今朝の襲撃で、二度も助けられていますから。わたくしが個人的に恩返ししたいのですよ」
ソフィーが穏やかに言葉を紡ぐ。彼女の微笑みは太陽のようで、曇っていた心に光が差し込んだ。
「ソフィーさん、本当にありがとうございます。でも、一体どうすれば……」
「そうですね……。キョウヤさんが最初から戦っていたと仮定して、もし彼が誰かと一緒に行動していたのならば、魔物が出現した原因を掴めるかもしれません。そうなれば、疑いは晴れるはずです」
言われて、ハッとする。アインスたちと共に駆けつけた時、キョウヤは一人ではなかった。
フィノアと対話することは困難だけれども、もう一人頼れる女性が戦っていたのは記憶に新しい。
「……そうだ! リーゼさん……!」
「リーゼさん……? 《光の剣》のリーゼさんですか?」
さすがに名は知れ渡っているようで、ソフィーはすぐに彼らのパーティ名を口にした。
「そうです。わたしがアインスさんたちと一緒に現場に向かった時、リーゼさんは交戦中でした。彼女なら何か知っているかもしれません……!」
「でしたら、これ以上はない適任者です。彼らは王城に出入りできる数少ない冒険者ですから」
「そんなに凄い人なんですか……?」
「前にもお伝えした通り、強い光の力を持つ者は重用されることも珍しくありません。《光の剣》は王宮からの依頼もこなす特別な冒険者なのですよ」
どうやら自分たちはとんでもない人物と知り合っていたようだ。
そして、彼らとは夕食を共にするため、冒険者ギルドで待ち合わせる約束をしている。
夕方まで待つ必要はあるけれども、今はこれに賭けるしかない。
「キョウヤ、もう少しの辛抱だから……」
ようやく見えた好転の兆しに、ミレイは相棒の姿を思い浮かべながら一人呟いた。




