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第7話 不穏な影

 冒険者ギルドで受けられる依頼は、一般依頼と緊急依頼の二種類に分けられる。

 一般依頼は魔物討伐をメインとして、他に薬草や鉱石、魔物から取れる素材の収集などがあり、多くの冒険者に向けて開放されている。

 受注する工程は省き、指定された魔物のコアや収集物を提出した時点で、その分だけ報酬を受け取ることができるという仕組みだ。

 無論、無謀な挑戦の抑止や代行などの不正行為の防止のため、提出の段階でランク制限が設けられている。

 また、魔物討伐を除く依頼に関しては先着順であり、全体の必要数に達するまでが期限となっている。

 

 一方、緊急依頼は特定の人物の護衛、危険度の高い魔物の討伐といった、冒険者の信用度がより求められるものだ。

 パーティ単位での受注が基本で、状況次第で別パーティと共闘することもある。報酬は全員で等分されるものの、元が大きいだけにそれなりのリターンが保障されている。

 受注条件は相応に厳しく、失敗した場合はその損害に応じてペナルティが課せられる。要するに確実に遂行する実力がある冒険者向けの依頼である。



 昼下がりの冒険者ギルドは予想以上に混み合っていた。

 冒険者パーティの何組かが丸テーブルを囲み、話に花を咲かせている。掲示板の前にも多数の冒険者の姿があり、その奥の窓口には順番待ちの列があった。


 銀髪少女と別れたキョウヤは、依頼の報酬を受け取るため待機列に並んでいた。周囲では仲の良さそうな冒険者たちが雑談していて、なんとなく居心地が悪い。

 脳裏にゲーム仲間の姿が浮かび、恵まれていた時間を思い出すと心が冷えた。


「ですから、その依頼はランク5以上でなければ認められないんです」


 気晴らしに報酬を受け取った後の予定を思案していると、前方から語気を強める女性の声が響く。どうやら受付で何か揉めているようだ。


「いや、4も5も大して変わらんだろう。とりあえず依頼人に会わせてくれ」

「これは依頼された方のご意向です。ご理解いただきますようお願いします」

「オレたちがランク5以上の実力があると証明すればいいのか?」

「そういった問題ではありません。申し訳ございませんがお引き取りください」


 食い下がる冒険者と辛抱強く対応する職員。こんな所にも話が通じない奴が居るのだと、キョウヤは心底うんざりした様子で耳を傾けていた。

 とはいえ話からすると彼らはランク4――この街では北の山に立ち入れるほどの実力者であることに違いはない。

 下手に関わって因縁を付けられては活動に支障をきたす。他の冒険者たちもそれは同じようで、迷惑そうにしながらも固唾を呑んで見守る模様だ。


「チッ……頭の固い奴らだ!」

「時間の無駄だったな。行くぞ」


 間もなく奥から一人の職員が出てきて対応に回ると、粗暴な冒険者たちは捨て台詞を吐いて去っていった。男三人で構成されたパーティだった。



 その後は特にトラブルもなく列が進み、ようやくキョウヤの番が回ってきた。

 ポーチから冒険者カードと魔物の核を取り出して提出すると、替わりに番号が書かれた札を渡される。奥の部屋で鑑定や照合を行うようで、しばらく待機しなければならない。


 暇潰しに依頼掲示板を流し見していると、先ほど騒動の原因となったであろう緊急依頼が目に留まった。内容は商人の護衛という珍しくもないものだったが、その報酬の額は他の依頼と比較すると桁が一つ違う。

 それだけの依頼料を支払っても利益を出せる豪商なのだろうか。確かにあの冒険者たちがしつこく詰め寄っていたのも頷ける。


「最近、大陸の中央では見たことがない魔物が現れるって噂があるんだ。大金を出して優秀な冒険者を雇う人が増えてるみたいだよ」


 隣に立っていた一人の冒険者が、キョウヤの疑問に答えるように口を開いた。

 レザーアーマーを装備した背の高い青年だ。あまり活気が感じられない、疲れたような目をしている。


「見たことがない魔物……ですか?」

「あくまで噂だから詳しくは知らない。まあ、冒険者にとっては稼ぎ時だけど、君も依頼を受ける前によく考えた方がいいよ。命より大事な物なんてないからね」


 それだけ言い残すと、男はギルドの入口の方へと歩いていく。

 命より大事な物などない、という最後の言葉には陰りが見え、確かな重みが感じられた。

 同時に、正体不明の魔物の噂がキョウヤの心に一抹の不安を植えつけていった。



 しばらく後、キョウヤは依頼の窓口に再び足を運んだ。受け取った麻袋の中には数枚の銀貨と銅貨が入っている。

 通貨単位はゲームと同じく《オール》で統一されているが、こちらの世界では三種類の硬貨が存在しているようだ。換算方法は分かりやすく、持ち運ぶのに無駄に場所を取らないのが救いだった。


 麻袋をポーチに仕舞いながら入口の方へ歩んでいると、正面のカウンターに立っている職員のうちの一人と目が合った。栗色の髪を後ろで纏めた女性――ソフィーだ。

 無視するのも忍びなく、彼女の元へ歩いていくと、予想に違わず太陽のような笑みで迎えてくれた。


「キョウヤさん、お疲れ様です! 初めての魔物討伐は無事に終えられたようですね」

「はい、なんとか。一度は死ぬかと思いましたが」

「ご無事で何よりです。この段階で諦めてしまわれる方も多いのですよ。乗り越えられたのでしたら、きっと大丈夫です!」

「はは……そうだといいですけどね」


 キョウヤが一度経験したように、命を懸けたやり取りに身を投じるのは、相応の覚悟が必要なのだろう。だからこそ、冒険者はそれなりの収入が保証されているのだ。

 ふと、ここへ連れてきた銀髪少女の姿が頭をよぎった。彼女はこの世界でどのような選択をするのだろうか。


「……白い外套を纏った子が来ませんでしたか?」


 気付いた時にはそのような言葉が零れていた。

 こちらの世界に来て初めて出会った、同じような境遇の少女。本当ならしっかりと情報交換をしておきたかった相手だ。


「あら、お知り合いですか? 今はあちらにいらっしゃいますよ」


 彼女の視線の先、奥の部屋の隅のテーブルの前にその少女の姿はあった。

 キョウヤが説明を受けた時と同じ場所に座り、同じように書籍に目を通しているようだ。


「いえ。知り合いというか、成り行きで案内しただけですが」

「そうなのですね。彼女もキョウヤさんに似て熱心な方ですよ。最近はあまり話を聞かれない新人の方も多くて――」


 ――その瞬間だった。稲妻が走った時のような一瞬の光と、僅かに遅れて響く木が砕けるような不快な音。

 その発生源に目を向けると、銀髪少女の目の前のテーブルが破壊され、床には貫いたように掌ほどの大きさの穴ができていた。

 他のテーブルを囲んでいた冒険者たちが何事かと一斉に立ち上がる。

 ソフィーが彼女の元へ駆けていくのを見て、キョウヤも急ぎ後を追うことにした。

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