第6話 少女との邂逅
魔物とは、意思疎通のできない謎の生命体の総称である。
通常の生物とは明確に違う強大な力を持ち、どこからともなく自然発生するため、人類共通の敵と認識されている。
神が創造した失敗作という説もあるが、その生態は未だ解明されていない。
全ての魔物に共通するのは、一つの核を持ち、それを中心として肉体やそれに準ずるものを構成しているという点だ。
生命力を失って数秒もすると粒子となって消滅するが、力を失った核はその場に残される。それは専ら冒険者の討伐証明や、学者の研究材料として利用されているという。
消滅時、核以外の物が残ることもあり、本体から分断された部位もまたその場にとどまる。これらも戦利品として持ち帰ることができるが、その原理もまた明らかになってはいない。
《ラスタ平原》北部、街から南東に進んだ草原の一角で、今まさに魔物が虚空へと消えていく。
キョウヤが倒したのは、《ダーティラット》という灰色のネズミ型の生命体だ。逃げながら泥のような何かを飛ばしてくる不快な魔物だが、脅威というほどではなかった。
それが消滅した位置には、拳ほどの大きさの玉のような物が落ちている。これが討伐証明となる核だ。
彼はそれを無造作に腰のポーチへと突っ込んだ。中には既に複数の核が詰め込まれているが、重量が問題になることはなさそうだ。ただ、この大きさでは持ち運べる量は限られてしまう。
キョウヤは既に猟犬とネズミ、合わせて九体の討伐に成功している。目に入ったそれらに片っ端から戦いを挑み屠っていった。
その戦闘の中ではいくつかの発見もあった。
《ウィンドブースト》は連続で何度も使用することはできない。
正確にはマナが不足しているのか不発するようになる。その状態でも攻撃魔法は使えたため、単純に消耗が多いのだと推測する。
ゲームのように再使用待機時間は存在しないようだが、便利だからといって常用できるようなものでもないらしい。
加えて、魔法が不発するような状況では倦怠感のようなものを覚えることがあった。肉体的というよりは精神的なもので、これはマナの残量が影響していると結論付けた。
自然回復はしているようだが、体感でしか分からないため管理は難しい。無駄にマナを消費することは身を滅ぼす原因になりかねないだろう。
そして、不可解だったのは魔物の行動パターンだ。《ティルナノーグ》のものに準拠しているようで、イレギュラーな動きを見かけることが極端に少なかった。
それは不気味ではあるが、キョウヤにとっては非常にありがたいことでもある。
戦闘は常に己の身体を動かす必要があり、視点がTPではなくFPであるため視野が狭い。このような状況でゲームと同じように戦えるはずがなかった。
それゆえ、持っている知識が役に立つというだけでも心強いのだ。
「とりあえず、こんなところか」
色々と疑問が残っているが、一旦冒険者ギルドへ戻ることにする。
今のままでは不便極まりないため、報酬を貰って必要な物を買い揃えておきたかった。
帰還のため街の南門を目指していると、妙な光景が目に入った。こちらの方へ向かって逃げる魔物と追う人影。
逃走しているのは《タイニーチック》に違いなく、至って自然な行動だ。問題はそれを追い回している人間の方である。
「なんだあれ……」
やや小柄な体躯に白の外套を纏い、身長と同程度の長さの棒を持って走っている。棒の先端には水晶のような玉が取りつけられており、それが魔法使い用のロッドであることが見て取れた。
その人物はあろうことか、ロッドで魔物を殴りながら追いかけているのだ。金属で作られたメイスなどと違い、あれは魔力を増幅させるための武器であり、打撃には適していない。
それでもダメージは蓄積されているようで、ヒヨコは動きを鈍くしながらも逃げ続けていた。キョウヤの近くまで迫ったところで、ようやく最後の一撃が決まったようだ。
魔物の跡から核を拾い上げるその人物に、キョウヤの視線は吸い寄せられた。
ふわりとしたセミロングヘアで、長めの前髪を片側に流していた。僅かに赤みが混じった銀髪は陽の光を浴びて輝いている。
手にした核を見つめる赤い目から感情を読み取ることはできない。髪が風に靡いて片目が見え隠れしており、ミステリアスな雰囲気を醸し出す少女だった。
丈の長いケープの中は、裾が短めの白を基調としたチュニックに革ベルトとポーチ、膝上の白のスカート。その下はタイツのような黒い布とブラウンのロングブーツ。
可憐な印象を損なわず、それでいて冒険者としての実用性も兼ね備えている。
少女はこちらを一瞥すると、何事もなかったかのように歩き出した。街道から外れた草原の奥へ向かおうとしているようだ。
「待て!」
キョウヤは咄嗟に声を上げて制止した。
彼女の行動からは、まるでゲーム初心者を見ているような印象を受ける。この先で起こるであろう嫌な想像をしてしまったのだ。
「……なんでしょうか?」
少女は立ち止まると、ゆっくりと肩越しに振り返る。髪に隠れて表情は見えないが、警戒心を露わにした冷たい声を発するのが聞こえた。
呼び止めはしたが、その先の言葉は考えていなかった。おまけに、あからさまに好意的ではない態度をとられている。見知らぬ男に突然話しかけられたのだから無理もないが。
「……そのロッドは打撃武器じゃないよ」
「それくらい知ってます。でも魔法はまだ使えないので」
取り繕う言葉が浮かばず、思っていた内容をそのまま告げると、彼女は淡々と返答した。何気ない一言ではあるが、その言葉には大きな違和感を覚えた。
キョウヤ自身がそうであったように、冒険者であればギルドに行けば魔法を学ぶ機会はあるはずだ。そもそも魔法が使えないのにロッドを選んだ意味が分からない。
キョウヤはある仮説を立てた。それを証明するための言葉を引き出すのはさほど難しいことではない。
「じゃあ、なぜロッドを使っている?」
「……これしか持っていないからです。仕方ないでしょう」
ほぼ予想通りの回答だ。思慮深さは窺えるが、不自然さを隠しきれていなかった。
境遇は当初の自分と同じ。そう考えると、戦い慣れていないのに装いだけは整っていることと辻褄が合う。
つまり、彼女もまたこの世界への転生者ということだ。あの姿はゲーム時代のアバターである可能性が高く、ロッドは初期装備として持たされた武器だろう。
まだ冒険者ギルドに行ってないため、魔法の使い方を理解していないといったところか。
「街で冒険者ギルドに登録すれば魔法を学べる。外で戦うなら先に寄った方がいい」
「冒険者ギルド……ああ、そんなものもありましたね」
その少女――中身が少女とは限らないが――の口調はどこか他人事のようだ。
魔物の脅威を理解しているのかは疑わしい。あるいはこれがゲームだとでも思っているのだろうか。
「俺は今からギルドへ戻るつもりだから、場所が分からないなら付いてくるといい。そのまま先に進むと死ぬぞ」
半ば脅しに近い言葉をかけて歩き出す。これでも話を聞かないのならば、もはや気を遣う道理はない。彼女の選択なのだから、それ以上は干渉するだけ無駄だ。
しばらくして街の入口で後ろを振り返ると、少し距離を空けて付いてくる少女の姿があった。いつの間にかケープのフードを被っており、その奥から疑いの眼差しを向けてくる。
「大通りや広場を通るから、見失わないように気を付けてくれ」
少女が頷く様子を確認すると、キョウヤはいくらか歩く速度を落として進んでいった。
人混みに紛れないように路地裏を進む手もあったが、警戒心の塊のような少女を導くには不適切だと思い却下する。
同じ転生者であれば情報共有もしておきたいものの、背後からの刺すような視線がそれを躊躇させた。
やがて冒険者ギルドの扉を開けて先導すると、彼女は緊張から解放されたように安堵の表情を見せる。
「正面のカウンターで登録を頼めば案内してくれる。分からないことがあれば都度聞いておいた方がいいぞ」
これで自分の役目は終わりだ。あとはソフィーが指導してくれるだろう。
「あの、ありがとうございました……!」
依頼の窓口へ向かおうとしたキョウヤの耳に、少女のぎこちなくも温かさを感じさせる声が届いた。
彼は一瞬立ち止まり、軽く振り向いて手を振る。そして気恥ずかしさを誤魔化すため、足早に奥の方へと進んでいった。