第57話 露見する光
リーゼの正確無比な射撃にキョウヤは息を呑んだ。
それだけではない。彼女が放ったのは光属性の弓スキル《ディバインショット》だ。その威力は傍目にも中級魔法に相当するものだった。
女神の祝福――その言葉が再び脳裏をよぎる。彼女が光の力の使い手であることは、もはや疑いようもない。
「今のは、光の力か」
「そう……私もまた、女神の祝福を受けし者なのですよ」
リーゼは静かに、自信に満ちた口調で告げた。やはり、彼女も選ばれし者だったのだ。
だが、キョウヤの胸を騒めかせたのは、その言葉に込められたもう一つの趣意だった。
「……また、だと?」
「気付かれないと思いましたか?」
リーゼの視線が隣に立つ少女に注がれる。
それが示す意味はただ一つ。彼女はミレイの秘めた力を看破していた。
「どうして……」
「ミレイさん。あなたも、なんとなく分かるのでは?」
「あ……!」
ミレイの瞳が揺れる。彼女が言っていた「変な感じ」の正体は、光の力の気配だったのだろう。
おそらく、同じ力を持つ者同士が惹かれ合うようなもの。キョウヤが何も感じなかったのは当然だ。
「やはり力を隠していますね。理解できません。なぜ、そのようなことを?」
「……わたしは、特別な存在にはなりたくないから、です」
「なるほど、そうですか。では、これ以上はやめておきましょう」
リーゼは表情を緩めると、二人から視線を外して周囲の警戒に戻る。
ミレイの不安げな横顔と、リーゼの堂々とした歩調。馬車の後方を歩く二人の姿は対照的なものだった。
その日の夕暮れ、一行は王都《リグブレス》の重圧な城門をくぐった。
盗賊たちは即座に衛兵に引き渡され、依頼人の商人と共に冒険者ギルドに向かう。
王都だけあって、冒険者ギルドの規模は凄まじく大きい。中央広場の前にどっしりと構えた建物は威圧感を放っていた。
商人がカウンターで事の顛末を話すと、受付の女性は一瞬目を見開いたが、すぐに平静な態度で手続きを進める。
冒険者がならず者に堕ちるというのは、この世界ではあまり珍しくはないのかもしれない。
護衛の半数が賊であったという事実により、任務を完遂した六人には二倍の報酬が手渡されることになった。
「ミレイさん、良ければ僕たちのパーティに入りませんか?」
商人を見送った直後、アインスは唐突にそんなことを口走る。
その目はミレイだけを捉え、隣にいるキョウヤを完全に無視していた。
「おい、勝手なことを言うな」
「僕は彼女に聞いているんだ。お前は引っ込んでいろ」
咄嗟に反発すると、アインスの鋭い眼光がこちらへ向けられる。
その切り替えの早さに、キョウヤは一瞬たじろぎながらも反論の言葉を探す。
すると、当のミレイが憤然とした様子で一歩前へと踏み出し、冷ややかな表情で彼を見据えた。
「わたしのパートナーを侮辱するような方には協力できません。お断りします」
「なっ……! パ、パートナー……!?」
アインスは何か誤解したのか、大げさに天を仰ぐ。今にも卒倒してしまいそうだ。
その芝居がかった動作には、さしものミレイも苛立った様子を見せていた。
「馬鹿ねアインス。そんなだからモテないのよ」
「……いい加減、学習しろ……」
仲間であるはずのマリーの辛辣な一言と、フリードの重い呟きが追撃となり、アインスは膝から崩れ落ちた。
地面に叩きつけられたようなその姿に、リーゼは大きなため息を吐くと、静かに一礼して場を収めた。
「では、私たちはこれで失礼しますね。またどこかで」
「あぁ、あああぁ……ミレイさん……!」
「アインス、行きますよ」
呻き声を上げながら手を伸ばすアインスを、リーゼが無情に引きずっていく。
彼らの姿が見えなくなるまで、キョウヤとミレイは呆然と立ち尽くしていた。
「はぁ……なんか、疲れた」
「実力があるだけに惜しい奴だったな」
キョウヤの言葉に、ミレイが小さく頷く。おそらく四人とも上級冒険者か、それに匹敵する実力を備えている。
実際、彼らが同行していたおかげで助かったようなものだ。リーゼの冷静な対応はもちろん、アインスの圧倒的な剣技にも、キョウヤは内心では感謝していた。
それにしても、ミレイと同じ力を持つ者が目の前に現れ、その力を見抜かれるとは。彼女も心中穏やかではないだろう。
「アインスはともかく、リーゼの件は大丈夫か?」
「……ちょっと驚いたけど、平気」
「気にするなよ。その力をどう使うかは君の自由だから」
「うん、ありがとう」
ミレイがそっと手を重ねてくる。その指先には、隠し切れない不安が滲んでいた。
キョウヤは彼女の怖れを払拭しようと、その手を強く握り締めた。
その後、夕食を済ませて宿の一室に落ち着くと、キョウヤは寝台に身を投げ出した。
寝不足と二日間の旅、賊との戦闘、そしてアインスという厄介者の相手。心身共に疲労は限界に達していた。
「キョウヤ、今後の予定は?」
当たり前のように同じ部屋にいるミレイが、もう一つの寝台に横になりながら問いかけてくる。
その赤い瞳は、疲労の色を見せながらもキョウヤをじっとを見つめていた。
「とりあえず明日は休みにしよう。俺はちょっと王都を回ってくるよ」
「それなら、わたしも付いていこうかな」
「たまには別行動でもいいんじゃないか。ずっと一緒にいても疲れるだろう」
キョウヤがそう提案すると、ミレイが勢いよく身を起こした。心外だとばかりに、冷たい視線が突き刺さる。
「そんなことない。逆に聞くけど、あなたはわたしと一緒にいると疲れるの?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「じゃあ決まり。ちゃんとエスコートして」
「し、仕方ないな」
その強い口調に、キョウヤは抗う術を知らなかった。ここで拒めば、男としての誇りが砕かれる気がする。
パートナー――ミレイがアインスに向けて放った一言が、未だに頭を離れない。特別な意味はないはずなのに、胸の高鳴りが抑え切れなかった。
やがて、静寂に包まれた部屋にミレイの穏やかな寝息が響き始める。相当疲労が溜まっていたのか、挨拶する前に眠りに落ちてしまったようだ。
その姿を見たキョウヤもまた睡魔に襲われ、疲労と雑念を払うために瞼を閉じた。




