第55話 真夜中の死闘
深夜の野営地、闇の奥で何かが蠢く気配が背筋を凍らせた。キョウヤは目を見開き、鋭い視線で周囲を探る。
焚き火の赤い光が揺らめく中、屈強な男たちが声を潜めて話し込んでいる。手前、向かって右側にはローブの四人組が、影のようにじっと佇む。
少し離れた木陰には商人たちの乗っている馬車が停まっており、近くの木には馬が繋がれている。
人は欠けていない。特に異常はないはずだ。だが、すぐそこには危機が迫っていると、キョウヤの直感は警鐘を鳴らしていた。
「ミレイ、起きろ」
「うぅん……あと五分……」
隣で眠るミレイの横腹を軽く突き、耳元で囁いて覚醒を促す。しかし、彼女は心地良さそうに微睡んだまま動かない。
平時であればその寝顔に微笑み、そっと休ませてやりたかったが、今はそんな猶予はなかった。
「おい……!」
「……ッ! ビックリした……どうしたの……?」
「嫌な予感がする。備えてくれ」
「……分かった」
掛けていたコートを回収し、キョウヤは袖を通しながら素早く立ち上がった。
ミレイもロッドを手に取ると隣に並び立つ。彼女の目は、眠気とは裏腹に鋭く光っていた。
その時、焚き火を囲む男たちが騒めき、緊迫した空気が野営地を包む。
キョウヤが目をやると、彼らの足元に複数の矢が刺さっていた。それが戦闘開始の合図となった。
「おい! お前ら、なんのつもりだ!」
「さては賊だな! 俺たちに手を出すとはいい度胸じゃねえか!」
攻撃者は白ローブだった。四人全員が一斉に武器を構え、冷たい敵意を放つ。
馬車から降りてきた商人たちは呆然と立ち尽くし、混乱の渦に飲み込まれていた。
「危ない!」
ミレイの《フロストシールド》が展開され、続けて飛んできた炎弾から男たちを守る。
だが、相殺することは叶わず、炎は氷の障壁を貫通して地に着弾し火柱を上げた。
爆音と燃え盛る炎、馬のいななきと男たちの悲鳴。野営地には一瞬で恐怖が蔓延った。
キョウヤは咄嗟に白ローブの集団へ突進した。彼らの目的は分からないが、このままでは一方的に蹂躙されてしまう。
剣士が一歩前に踏み出すのが見えた瞬間、キョウヤの剣が火花を散らす。
――重い。
容易く受け止められ、鍔迫り合いになる。刹那、圧倒的な力で押し戻され、蹴り飛ばされた身体が地を滑った。
「……どういうつもりだ!」
「馬鹿かお前は! 後ろを見ろ!」
剣士の苛立った叫びに、キョウヤは背後を振り返り、そして目を見開いた。
どこから現れたのか、くすんだ色の外套を纏った男がミレイに短剣を突きつけ、薄気味悪い笑みを浮かべている。
六人の男たちは落ち着きを取り戻し、形勢逆転を確信したかのように嫌な笑い声を発した。
「まさか……!」
「はああぁ……余計なことしてくれちゃって。どうするのよ」
後方から呆れたような声が突き刺さる。白ローブの中の一人だろう。
その言葉に続き、男たちの背後の暗がりから複数の影が這い出てくる。いずれも、ならず者という言葉が相応しい身なりをしていた。
つまり、最初に攻撃を受けた六人パーティの冒険者たちこそが本物の賊だったのだ。
「お前ら、こいつの命が惜しいなら抵抗するなよ」
陳腐な脅し文句が闇に響く。見事に嵌められ、敵に手を貸してしまった。
キョウヤは歯噛みした。眼前の賊たちへの怒りと、それ以上に自分の愚かさに。
「ミレイ、絶対に動くな」
「うん……分かってる」
せめて、この失態を挽回しなければならない。
ミレイに合図を送ると、キョウヤは剣を放り投げた。刃が放物線を描き、焚き火の近くに舞い落ちる。
賊たちの視線がそちらに引き付けられた隙を突き、キョウヤは《シェイドクローク》を発動して闇に溶け込んだ。
即座にミレイの元に駆け寄り、刃を突きつけていた男を背後から捻じ伏せる。
そこからは一瞬の出来事だった。人質を失った賊たちが慌てふためく中、白ローブの火球と矢が容赦なく襲いかかる。
剣士と斧使いが目にも留まらぬ速さで接近し、左右から賊を挟撃。無法者の集団は為す術もなく制圧された。
その後、弓使いが商人から縄を受け取り、賊たちを手際良く縛り上げていく。傷を負い気力を失った彼らに抵抗の意思はなく、ただ項垂れて捕縛を受け入れた。
「助かりました。まさか冒険者に紛れていたとは……」
「いえ、任務を遂行しただけですので」
依頼人の商人とやり取りするのは、ローブのフードを脱いだ弓使い。焚き火に照らされたセミロングの金髪が目を引く女性だった。
斧使いと魔法使いは武器を構えたまま、縛られた盗賊たちを監視している。そしてキョウヤは――白ローブを着た茶髪の剣士に剣を突きつけられていた。
「さて、お前には聞きたいことが山ほどある」
「構わないが、まずは武器を下ろしてくれないか……?」
今にも斬りかかってきそうな剣士を宥めるため、キョウヤは静かに口を開いた。
それでも相手の目は怒気を含んだまま変化がない。絶対に逃がさないという意思が伝わってくる。
「魔神の信徒が、無駄口を叩くな」
「……魔神の信徒?」
「とぼけるなよ。お前がさっき使ったのは闇魔法だ。見抜かれないとでも思ったか!」
ミレイを助けるためとはいえ、咄嗟に動いたのが仇となってしまったようだ。
やはり彼らは只者ではない。あの一瞬で見破られるとは思いもよらなかった。
「やめてください! この人は魔神とは関係ありません!」
「お嬢さん、あなたは騙されています。どうか今すぐそこから離れて、僕の元へ」
キョウヤに向けられた敵意とは裏腹に、剣士はミレイに対して優しく諭すように声をかけ、仰々しく手を広げる。
その切り替えの早さにはゾッとした。もっといえば、圧倒的な気持ち悪さを感じてしまった。
さすがの彼女も不快感を覚えたのか、キョウヤの陰に隠れるように後ずさる。
「俺の仲間に手を出すな」
「黙れ、魔神の信徒! 無垢な少女を誑かすな、クズが!」
「……酷い言われようだな」
この剣士は実力は申し分ないが、自己主張が強すぎて話が通じないタイプだ。
このままでは埒が明かない。しかし、闇の力の片鱗を見せてしまった以上、言い逃れはできないだろう。
どうしようかと考えあぐねていると、商人と対話を終えたと思われる弓使いが近付いてきた。
「アインス、剣を下ろしてください。話が進みません」
「リーゼ、君も見ただろう! こいつは闇の力を持っている。きっとあの可憐な少女も、洗脳され――」
「黙りなさい」
弓使いの蹴りが、剣士の下半身に炸裂する。真夜中の野営地に、この世の終わりのような悲鳴が響き渡った。




