第51話 それぞれの思惑
《クラルミッド》北東部、人気のない森に一つの人影があった。
茶色の外套でその長身を覆い尽くし、木々と同化するように静かに歩いている。
やがて開けた空間に出たその人物は、その場に落ちていた魔物の核を拾い上げた。
「クソッ……ついてねぇな。高ランクが紛れ込んだか?」
外套の中から発せられた声は男のものだった。彼は苛立ったように、核を近くの木に向けて乱暴に投げつける。
「やあやあ。こんな所で会うとは奇遇だねえ」
地に転がった核を拾ったのは、いつの間にか現れたもう一つの影だった。
魔法使いのような灰色のローブを着こなした男が、ネットリとした口調で話しかける。
「……なんの用だ。オレはオマエの顔なんて見たくねぇんだよ」
「そう言わずに少し付き合ってよ。雑魚狩りは順調かい?」
「その核を見れば分かるだろうが。なめてんのか?」
「ハハッ。まあ、相手が悪かったんだろうねえ」
そこに仲間意識などは存在しなかった。互いに見下したような応酬を繰り広げる。
「そういうオマエはどうなんだよ」
「ゴミを何人か殺ってきたところだよ。キミの耳にも入っているだろう?」
「……それで自慢でもしに来たってわけか? やりすぎなんだよ。オレの駒まで殺しやがって」
「ああ、ごめんごめん。この場でちゃんと詫びさせてもらうよ。あの中にいたとは思わなかった」
茶色の男が呆れたように言葉を発するが、その前に立つ男に悪びれた様子はない。
わざと相手の神経を逆撫でするような調子で謝してみせた。
「……上辺だけの謝罪なんかいらねぇんだよ」
「厳しいねえ。まあ、キミも初心者狩りばかりしてないで、一緒に楽しまないかい?」
「育つ前に殺すのも一つのやり方だろうが」
「そうは言うけど、キミはビギナーが嫌いなだけだよねえ」
灰色の男がニヤニヤと笑う。嘲りを向けられた男の方は苛々を隠そうともしない。
「いちいちうるせぇんだよ。オマエも雑魚ばかり狙ってんだろうが。偉そうに言うなら、高ランクの奴でも殺ってきたらどうだ」
「それはコスパが悪いからなあ……遠慮しておくよ」
「ハッ、腰抜けが」
茶色の男は腕を組みながら悪態をつく。しかし相手は気に留める様子もなかった。
「まあまあ、仲良くやろうよ。ボクとキミは同志だろう? そうでなければ、こんな世界に来てないんだから、ねえ」
「……気持ち悪ぃな。他の奴らの所にでも行ってろ」
その態度に虫唾が走ったのか、彼は羽虫を追い払うような素振りとともに吐き捨てた。
「いやいや、彼らは人の拠点に紛れ込んでるからねえ。遊びに行こうと思ってもなかなか難しいんだよ」
「オマエも紛れてご挨拶しにいけばいいじゃねぇか」
「……それは無理だね。イキってるゴミどもとすれ違うだけで反吐が出るから」
不意に灰色の男の言葉に力が入る。ぬらついた声音の中に、確かな怒りが紛れ込む。
初めてその感情を見せた彼を見て、茶色の男がフッと笑う。それは嘲笑的な笑みだった。
「どうせならオレもそのゴミに含めておいてくれねぇかな。仕事の邪魔だ。とっとと失せろ」
「はいはい。じゃあ、また今度ね」
そう言うと同時に、灰色の男は暗闇に溶け込むように消えていった。
残された茶色の男が、静寂に包まれた中で一人呟く。
「チッ……鬱陶しい奴だ。……なぁ、オマエはいつになったら現れるんだ? まさか、選ばれないわけねぇよなぁ?」
男は拳を胸の前で握り締める。影に覆われた森の中、彼の憎悪が込められた声が反響した。
「なぁ、キョウヤ……!」
◇ ◇ ◇
穏やかな《オルストリム》の朝、西門を抜けた先の平野に清涼な風が吹く。
クロエは仲間たちと談笑しながら街道を西へと歩んでいるところだった。
前日にキョウヤとミレイが脱退した《フリーダム》には、代わりにアストラが復帰している。彼女は長い鉾槍――ハルバードを担いでいた。
街道が《アルドラスタ》と王都方面に分岐するY字路で、クロエは立ち止まる。
彼女の視線の先は、途中に《クラルミッド》の街がある王都方面。キョウヤとミレイが通っていった道。
「クロエ、本当に良かったのかい? 憧れの先輩だったんだろう?」
弓使いティアナが気遣わしげに声をかける。他の面々も足を止めて心配そうに見つめている。
「いいんです。今の先輩に必要なのは私なんかじゃない。分かり切っていたことですから」
クロエの表情はどこか物憂げだった。そんな彼女にアストラが寄り添う。
「二人とも引き留めても良かったのよ。まだ私は本調子じゃないし、当分戦えないことにしておくこともできたんだから」
「アストラさん、ありがとうございます。ただ、ミレイさんの決意を聞いたら、止めるのは違うかと思いました。先輩に発破をかけたのも、決して間違いではありません」
「……強いわね。クロエは」
「いいえ、私は弱いです。でも、先輩とミレイさんに沢山勇気を貰いました」
彼らの間にしばしの沈黙が訪れる。風の音だけが静けさを遠ざけていた。
誰も口を開こうとはしない。その場の全員が、クロエの次の言葉を待っていた。
「えっと……もちろん、今ここにいる皆さんにもです。ティアナさん、アストラさん、マリウスさん。そして私を拾ってくださったリベルさん。皆さんのおかげで今の私があって……だから、大切な仲間だと思っています。足手まといかもしれませんが、これからもご指導よろしくお願いします!」
クロエは最初たどたどしく言葉を発していたが、最後には生き生きとした声が響いた。
それを受けて、リベルとティアナが快活に笑い、マリウスとアストラが和やかな笑みを浮かべた。
「クロエは謙虚ですね。その志があれば、あなたはもっと強くなれるはずですよ」
「ああ、それは俺たちが保証するぞ! 今度あの二人に会った時、必ず驚かせてやろう!」
マリウスとリベルの激励の言葉に、クロエは大きく頷いた。
「そうと決まればさっさと迷宮に行くよ! クロエ、なんなら今日は一人で挑んでみるかい!?」
「それはいくらなんでも無茶です。段階というものを考えましょう」
「あっはっは! 冗談だって。マリウス、あんたは真面目すぎるんだよ!」
「……ティアナ、あなたが言うと冗談には聞こえないわよ」
ティアナたちが他愛のないやり取りをしながら、丘陵方面の道を歩いていく。
彼女たちの声を耳に入れながらも、クロエの瞳は別の道に固定されていた。
「先輩……いつかあなたの隣で戦えるように、私も頑張りますから」
クロエが祈るように手を組んで佇んでいると、リベルの呼び声が響く。
「おーい、クロエ! あんまり感傷に浸っていると置いていくぞ!」
「……すみません! すぐに追い付きます!」
そよ風に吹かれる中、彼女は胸に手を当て、最後にもう一度だけ王都方面に視線を向けて呟いた。
「また会いましょうね。キョウヤさん……!」




