第50話 誓い
《ヘイズルーラー》が消滅すると、周囲を覆っていた黒い霧も消えていった。
憎悪の矛先がいなくなったからか、キョウヤを支配していた闇の力も鎮まっていく。
「……はぁ、はぁ……くっ……!」
前回とは違い、《シャドウフレア》を使用した反動で動けなくなるほどの苦痛を受けることはなかった。とはいえ、相変わらず針で刺されているような痛みは続いている。
この変化は、以前より体力が付いているからだろうか。それとも、身体が闇に馴染んでしまっているからだろうか。
どちらにせよ、この力がなければ敵に打ち勝つことはできなかった。
なぜ魔神の呪詛などと呼ばれる力が宿っているのかは一向に判明しないが、何度も助けられているのは事実だ。
「……戻ろう」
キョウヤは魔物の核には目もくれず、来た道を引き返した。
どうせランク6のそれを持って帰ったところで、ランク3では報酬を受け取ることができない。
今はそんなことはどうでも良い。一刻も早く大切な仲間との再会を果たしたかった。
ミレイは言い付け通り大木の根元で待っていた。というより、自力では動くこともままならなかっただけかもしれない。
「ミレイ、戻ったよ」
「キョウヤ、怪我はしてない……?」
「ああ、大丈夫……ッ……」
彼女の問いには平静を装うつもりでいたが、座ろうとした瞬間の痛みに耐えられなかった。それを見ていたミレイが、ジトリとした目を向けてくる。
「……闇の力を使ったでしょう。馬鹿」
「馬鹿ってなんだよ。使わなかったら俺は死んでいたぞ。それとも、もう顔も見たくなかったか?」
「そんなことない……。あなたには酷いことを言ったのに……来てくれて嬉しかった……」
弱っているからか、彼女はやけに素直だった。その姿がとても愛おしく感じる。
だが、ここは深い森の中であることを忘れてはいけない。最も危険な人狼は排除したが、他の魔物に襲われたら面倒なことになる。
「話したいことは沢山あるけど、まずは街に戻ろう」
「……まだ動きたくない。運んで」
「俺も万全の状態じゃないのに、人使いが荒くないか」
「わたしも独りで頑張ったんだよ……」
それは、確かにその通りだ。他の冒険者を逃がすために囮になることを選んだのならば、相当に消耗しているはず。
敵の情報も持っていない状態で、よく生き延びてくれていたと安堵したものだ。
「……まあ、そういうことにしておくよ。ほら、早く乗ってくれ」
剣を腰の鞘に戻すと、ミレイに背を向けて屈む。
起きている少女を草原の時のように担ぐのは失礼だ。さすがにそれくらいは分かる。
彼女は手にしていたロッドをマジックケースに収納すると、その華奢な身体をキョウヤに預けた。
「ありがとう」
「敵が現れたらすぐに下ろすからな」
「当たり前じゃない。馬鹿にしてるの……?」
「……一言多いんだよ」
軽口を叩いてはいるものの、背後からミレイの感触と息遣いが伝わってくるという状況に目が回る。
キョウヤは別の意味でも緊張が解けなかったが、幸いにして魔物に遭遇することはなかった。
「本当に、ごめんなさい!」
街に帰還した直後、街道で出会った三人が駆けつけてきた。
ミレイに対して謝っているのだと気付き、地面に下ろして肩を貸す。彼女は少しの沈黙の後に口を開いた。
「別に、もう気にしていないので大丈夫です」
言葉とは裏腹に、少々冷えた感情が飛んだのは気のせいではないだろう。
このトレイシーという槍使いとその仲間たちは、ミレイを見捨てて逃げようとしたらしい。
それなのに彼女はそれを助けるという選択をしたようだ。理由は語ってくれなかったが、おそらく正義感が勝ってしまったのだろう。
「……もういいですか? 彼女も俺も疲れているので、これで失礼させてもらいますね」
ミレイが気まずそうにしているのを感じ取り、キョウヤはそう告げて三人の前からすぐに立ち去ることに決めた。
そして宿屋に入り、彼女を寝台に座らせる。当然のように相部屋を指定されているが、もう気にしないことにした。
「大丈夫か?」
「……怖かった。また独りで死んでいくんだと思ったら……」
普段は付け入る隙がないミレイが、珍しく弱音を口にしている。
また独りで――それは、元の世界でも独りで最期を迎えたということに他ならない。
本当に強かったら、彼女はこの世界に来ていなかった――《アルドラスタ》でミレイが口にした言葉の意味がようやく理解できた。彼女は現実の孤独に負けてしまったのだろう。
「……ごめん、俺のやり方が間違っていた」
「キョウヤ……」
「俺も、怖かったんだ。廃坑では驕っていたせいでランドに庇われた。俺があいつを殺めたも同然なんだよ。だから、俺なんかより頼れる人に託すべきだと思い込んでいた」
その選択がミレイのためになると本気で信じていた。彼女に孤独感を与えてしまうとは思いもよらなかった。
「そっか……辛かったよね。わたしの方こそ、勝手なことばかり言ってごめんなさい」
「もういいんだ。ランドに繋いでもらった命を無駄にするつもりはない。ミレイのことも、絶対に護ると誓うよ」
だから、今度はこの手で彼女を導く。もう二度と間違った選択はしない。
ランドは己の中で生き続ける。彼の勇気は間違いなく引き継がれている。
姿を消したフィノアのことは気がかりではあるが、それもいずれ決着をつけてみせる。
「ふっ、ふふふっ……なにそれ。そういうのは一番大切な人のためにとっておかないと駄目だよ」
ミレイはおかしそうに笑っているが、何も嘘は言っていない。彼女は大切な仲間で、友人でもあるのだ。
「俺にとって、この世界で一番大切な人は君だよ。初日からの付き合いなんだから当然だろう」
しかし、言葉には気を付けなければならない。ともすれば異性として見ていると誤解されてしまう。
彼女の前でそういった態度はご法度だ。適切な距離感を保たなければ、この身に危険が及ぶ。
「言っておくけど、君のことが好きとかそういうのとは違うからな」
「うわっ……最低! 全部台無し……! 無神経! キョウヤの馬鹿!」
申し訳程度に弁明した直後、部屋の外にまで届きそうなミレイの罵声が響き渡った。
どうしてそこまで言われないといけないのか。訳が分からず、キョウヤはただ苦笑いするしかなかった。




