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ティルナノーグの冒険者  作者: 有機エリー
二章 交易都市 オルストリム

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第47話 一番大切な人

 コンコンと部屋をノックする音が耳に入り、キョウヤは寝台から起き上がった。

 不貞寝したのは朝だったのに、窓から差し込む光は既に薄ら赤く見える。

 こんな時間に訪ねてくる人物は、ミレイでなければ一人しか思い当たらない。

  

「先輩、お邪魔します」


 扉を開けると予想通りクロエが立っていた。やはり彼女も、去っていた少女と同じように気遣わしげな目を向けてくる。


「クロエ……どうかしたのか?」

「少しだけで構いません。お話させていただけませんか?」

「……ああ、大丈夫だよ」 


 クロエを中に招き入れると、ミレイが使っていた椅子に座らせる。

 慕ってくれている少女と二人きりというのは、胸が高鳴ってしまってもおかしくないものだ。無論、こんな状況でなければの話だが。


「それで、話っていうのは?」

「……ミレイさんと何かありましたか?」


 このタイミングでそんなことを聞くということは、当人から何かしら聞いたのだろう。問い詰めるつもりだろうか。


「喧嘩別れした。それだけだよ」

「それだけって……。どうしたんですか……先輩らしくないですよ」

「俺らしい……? クロエは俺の何を知っているんだ」


 心配してくれる彼女をよそに、衝いて出た言葉は素っ気ないものだった。

 つくづく罪深い人間だとは思うが、近付かれて不幸にさせるくらいなら突き放した方がマシだ。


「す、すみません。確かにゲームでも数か月程度の付き合いでしたが、先輩が心優しい人だとは知っているつもりです」

「買いかぶりすぎだ。俺は上辺だけの薄っぺらい人間でしかない」


 頼りにされると断れないというだけ。何も知らない者にとっては、さぞかし都合の良い人間に見えたことだろう。


「いいえ。先輩には沢山お世話になりました。ゲームの指南もそうですが、現実リアルのことも」

「頼られたから仕方なくだよ。それに現実リアルの話なんて、俺はほとんど聞いているだけだったじゃないか」

「それだけでもわたしは救われました! だから、あなたがミレイさんを見捨てたことが信じられません!」


 大人しく従順だと思っていたクロエが声を張り上げ、キョウヤの身体はビクリと跳ね上がる。

 この少女も芯があるのだと実感するのと同時に、奇妙な一言が耳に残った。


「……見捨てた?」


 第三者からはそう見えるのだろうか。こちらとしては見捨てたつもりなどない。

 彼女の今後のために、より良い環境を提供したにすぎない。

 

「ミレイさんは《フリーダム》を抜けました。今は王都方面に向かわれているはずですよ」

「は……?」

「本当は伝えないように言われていたんです。先輩……いえ、キョウヤさん。この意味が分かりますか?」

「……分からない」


 せっかく彼女の居場所を作ったのに。彼女を悲しませてまで別れる道を選んだのに。

 それなのに自ら出ていくとは、どういう風の吹き回しだろうか。


「……キョウヤさんが再び立ち上がった時に支えられる人が必要。ミレイさんはそのように言っていましたよ。まだ分かりませんか……?」

「あ……」


 仮に再起できたとして、アストラが復帰して《フリーダム》が満員だったら自分はどうするのか。

 その答えは一つだ。ミレイの安全のために、黙って立ち去ることを選ぶ。

 良かれと思って彼女のためにしたことを、そのまま返された。そう気付くまでに時間はかからなかった。


「……ミレイさんは、誰よりもキョウヤさんのことを大切に想っているんです! それなのに、あなたは彼女を見捨てたんですよ!」

「違う! 俺はただ、護りたかっただけだ……!」

「だったら、行ってあげてください。あなたにとって……一番大切な人の元へ」

「一番大切な、人……」


 それはつまり、この世界で誰か一人を選ぶことを意味する。

 クロエの好意に気付いているのに、そんなことを言わせるなど、本当に最低の男だ。


「……私にはキョウヤさんの苦しみは分かりません。でも、どうか一度の失敗で諦めないでください。独りで抱え込まないでください」


 いつか、どこかで聞いたことがあるような台詞を彼女が口にした。

 冷めていた心に熱が宿る感覚。もう一度頑張っても良いかもしれない――そんな思いが湧き上がる。


「ミレイさんも、きっとそう思っています。本当は、あなたと一緒に旅を続けたいんです」

「……そうだ。俺も、そうしたかったんだ……!」


 ミレイと一緒に旅をして、その先を見届けたい。もう心は決まっていたはずだった。

 だが、己の無力を理由にして逃げていた。誰かに託すことで保護した気になっていた。それは紛れもなく怠惰で、傲慢でもあった。


「今ならまだ、間に合います」

「……ああ、そうだな。決めたよ」


 何かを成し遂げたいなら、己の手で掴み取らなければならない。そんな当たり前のことが抜け落ちていた。

 彼女のことを本当に想っているのならば、こんな所でくすぶっていて良いわけがない。


「クロエ、ごめん……いや、ありがとう。リベルさんたちはいるか?」

「アストラさんの復帰に向けて、今は外に出ています。ミレイさんを追うのなら、私から伝えておきますよ」

「そうか……。じゃあ悪いけど、伝言を頼めるか」


 彼らへの感謝と謝罪、そして再会への期待。それらを余すことなく伝えていく。

 キョウヤがたどたどしく言葉を発すると、その度にクロエは大きく頷いていた。


「分かりました。間違いなく伝えておきます。先輩、また会えますよね……?」

「ああ、必ず。俺たちは絶対に死にはしない」

「……はい!」

「クロエ、本当にありがとう。俺にとっては、君も大切な友人だ」

「……! 私にとっても、先輩は大切な……友達です……! どうかお気を付けて、お元気で」


 荷物を回収した後にクロエと握手し、一時の別れを告げて階段を下りていく。

 カウンターにいた宿の主人に事情を話すと、キョウヤは急ぎ足で外へ飛び出した。

 背後からは「いってらっしゃい」と、はつらつとした少女の声が響いた。

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