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ティルナノーグの冒険者  作者: 有機エリー
二章 交易都市 オルストリム

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第46話 答え

 翌日、今にも泣き始めそうな灰色の空の下、六人は《スタッグ洞窟》に足を踏み入れた。

 いつまでも気を落としてはいられない。同じ轍を踏まないように、もっと強くならなければならない。それが《フリーダム》全員が出した結論だ。

 キョウヤもそれを胸にゴブリンたちと対峙したつもりだった。


「はっ……はっ……」


 だが、その魔物を視界に入れた途端、急激に息が苦しくなる。

 棍棒を持つ《ゴブリンファイター》が《ヴォイドガーディアン》の姿と重なり、廃坑の悪夢を呼び起こさせた。

 カラン、と手にしていた剣が地に落ちる。次いで眩暈で身体の重心が揺れたかと思うと、そのまま膝から崩れ落ちてしまった。


「キョウヤ!」

「先輩!」


 ミレイやクロエの声が遠く感じる。頭がギンギンと鳴り響き、手の震えが止まらない。

 仲間たちが駆け寄ってくる気配の中、キョウヤはまたしても意識を手放した。



 次に目を開けた時、己の身体は宿屋の寝台で横になっていた。どうやら仲間たちに運ばれたようだ。

 リベルたちの姿は見当たらなかったが、その場に残っていた少女二人の狼狽は相当なものだった。

 ミレイは言わずもがな、キョウヤが動けるようになるまで離れようとしなかったし、クロエに至ってはわざわざ同じ宿の一室を借りて看病に来ていたほどだ。

 献身的な二人のおかげでその日のうちに体調は回復したが、真の苦痛はその後にやってきた。


 以来、キョウヤの剣は精彩を欠くようになった。格下だと思っていた都市郊外の魔物でさえ、一人でなんとか倒せる程度に鈍ってしまっている。

 それ以上に深刻だったのは人型の魔物と対峙した時だ。武器を持ったそれらと対峙する度に廃坑の出来事を思い出してしまい、その場に立っていることすら難しくなる。

 ゆえに現在は《フリーダム》の活動には参加していない。剣の修行も身が入らないため断念していた。


「キョウヤ、本当に大丈夫?」

「別に、飯と宿代に困らない程度は稼げているよ」

「そういう問題じゃない。いつかは向き合わないと、このまま駄目になっちゃうよ」


 ここ数日、ミレイは顔を合わせる度にそのようなことを言ってくるようになった。

 そしてこの日、キョウヤはついに言い返してしまった。端的に言えば八つ当たりだった。


「……君に何が分かるんだ」

「分からないよ。あなたは何も話してくれないじゃない」

「話したところで、どうにかなるわけでもない。ミレイだって覚えはあるだろう」


 彼女はこの世界に来る前のことを時折仄めかすだけで、核心に繋がる話はろくにしてくれなかった。

 一度負った心の傷は人と共有したところで癒えるものではない。そんなことは彼女だって分かっているはずだ。

 仲間が亡くなったという現実は絶えることなく己を苛む。目を閉じればランドの最期の言葉が聞こえ、次いで絶望するフィノアの姿が浮かび上がる。


「……どうしてそんなに自棄になってるの?」

「どうにもならないからだよ。ミレイ、俺なんか放っておいて《フリーダム》に正式加入すればいい。アストラさんが復帰しても俺がいなければ六人だ」


 元の世界ではゲーム以外、何もかもが中途半端だった。勉強も運動も中の上、馬鹿にはされないが大して評価されることもなかった。

 だからこの世界では初めて頑張ろうと思い、そして挫折を味わった。己は何も成し遂げられない人間だと突きつけられた。


「今まで二人で頑張ってきたでしょう? 勝手なこと言わないで」

「これまでは運良くどうにかなっていただけだ。圧倒的な力の前では、知っているだけじゃどうにもならない。いや、知っているからこそ無理だと分かってしまった……」

「だから諦めて静かに過ごすって言いたいの?」

「……俺はもう誰かを不幸にしたくない」


 持っている知識は万能ではない。持たされた闇の力は気軽には使えない。異世界に来ても結局は出来損ないで、仲間一人護ることすらできないと知った。

 冒険者としてのキョウヤは死んだも同然だった。こんな状態で誰かと関わったところで悪影響を与えてしまうだけだ。


「臆病者、意気地なし! ガイドとして導く責任があるとか、偉そうなことを言ってたくせに!」


 ミレイは珍しく声を荒げて罵倒してきた。それは彼女なりの叱咤激励だろう。

 しかし、それに応えられるような心意気を今のキョウヤは持ち合わせていない。


「……ごめん、分かってるよ。俺は君みたいに強くない。それを改めて思い知らされた」


 ――そう、彼女の言う通り。己は腰抜けであり、死が怖いのだ。

 その弱さゆえにランドの命が奪われた。次は誰が犠牲になるのだろうか。

 そんなことは分かり切っている。最も可能性が高いのは一番近くにいるミレイに違いない。

 だったら、こちらから退くことで彼女の安全を確保する。それが今のキョウヤにできる最善の策だった。


「マジックケースは渡しておく。好きに使ってくれ」

「もういい……! それがキョウヤの答えだというのなら、これ以上は干渉しない。だけど……最後に一つだけ言わせて。わたしは、決して強くなんかない。あなたがいたから、ここまで来られた……! それだけは……絶対に嘘じゃないよ。さよなら……ッ!」


 ミレイは魔導具まどうぐを引っ手繰ると、涙ぐみながら部屋を後にする。その震える背中にかける言葉は思い浮かばなかった。


「……さよなら、か」


 これで良い。少なくとも《フリーダム》と行動を共にしていれば、彼女が命を落とす可能性は限りなく低くなる。

 今にして思えば、ミレイのような心優しい少女と一緒にいられたのは恵まれ過ぎていた。

 

 ――帰りたい。

 ここまで共に歩んできたのに、彼女がいなくなった途端に身勝手な思いが頭をよぎる。

 いっそのこと死んでしまえば、元の世界に帰還できるだろうか。荒唐無稽な思考が押し寄せてきたが、それを試す勇気はなかった。


 こんな半端者は孤独がお似合いだ。以前と同じように、この世界でも曖昧に生きていくしかないのだろう。

 快晴の朝だというのに何もやる気が起きず、キョウヤは寝台に横になり惰眠を貪ることに決めた。

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