第44話 決死
リベルたちと右側の通路を進んでいたミレイは、マリウスの真の実力を目の当たりにしていた。
常に目を光らせているエルフに一切の加減は存在しない。自分が敵の姿を認めた時には、既に彼の魔法が飛んでいる。
「マリウス、マナの残量は大丈夫か?」
「問題ありません。今は急ぎましょう」
強大な魔法ほど準備には時間を要するはずなのに、マリウスはまるで下級魔法を操るかのように中級魔法を撃ち込んでいた。
上級冒険者との格の違いを思い知らされる。仮に光の力を全て解放したとしても、本気になった彼には敵わないだろう。
「《サンドモール》……面倒ですね」
またしても真っ先に魔物の気配を察知したのはマリウスだ。しかし、今度の魔物はなかなか姿を現さない。
「ミレイ、クロエ、地面をよく見ろ。出てきた瞬間を狙え」
リベルに言われて地に目をやると、土煙を上げながら迫ってくる複数の何かを確認できた。
モールという名からモグラ型の魔物だと推測し、迎撃の準備に入る。
「クロエ、左側を。わたしは右側」
「はい!」
瞬時に散開して魔法の準備に入る。敵は土属性の魔物であり、火や雷魔法の効果は薄いだろう。
属性の関係はマリウスから改めて教わっている。対の属性が弱点であるならば、ここで使うべき属性は一つだ。
目の前まで迫ったモグラが地面から飛び出す直前、ミレイは《ゲイルトラップ》を仕掛けておいた。
風の渦に吸い込まれていく敵に対し、すかさず追撃を飛ばす。風属性下級魔法《ウィンドカッター》が魔物たちを斬り裂き、その息の根を止める。
クロエの方も両手剣に緑の気を纏わせて振り下ろし、あっという間に撃破してしまった。
「俺の出番はなさそうだな」
「……リベル、本当にそう思いますか?」
「いや……急ごう。何か嫌な予感がする」
軽く声をかけ合うリベルたちと同じく、ミレイも胸騒ぎがしていた。
自分たちの足音以外に、どこか遠くから叫び声のようなものが聞こえた気がした。
程なくして中央の道と合流すると、ティアナとフィノアが待機しているのが目に入った。
結局、道中の九割の敵はマリウスが屠ってしまった。残りの一割をミレイとクロエで分け合った形だ。
「マリウス、随分遅かったじゃないか」
「……こちらは敵が多かったのですよ。ところで、キョウヤさんとランドさんが見当たりませんが?」
「あの二人なら先の様子を見に行ったよ。時間的にそろそろ戻ってく――」
「助けてっ!」
ティアナの声を掻き消したのは、先行していたはずの冒険者の一人だった。リベルがすぐに駆け寄って声をかける。
「どうした!?」
「み、見たことがない魔物が、現れて……!」
その瞬間、キョウヤたちが先に進んでしまったという事実がミレイを突き動かした。
ここで悠長に構えている時間はない。そう直感が告げている。
「おい、ミレイ!」
リベルの制止を振り切って奥へと疾走する。通路を進むこと数十秒、広大な空間に出る。
窪地の手前では黒い鎧たちと戦う冒険者たちがいた。そして奥には不気味で巨大な白い鎧。
キョウヤはその中間辺りの岩場で倒れていた。ボスと思しき白い鎧が彼の方へと歩を進め、手にしている大きなメイスを振り上げる。
「キョウヤ!」
咄嗟に遠方に《セイクリッドバリア》を展開してメイスを受け止めた。
大勢の前で光の力を使うべきではないと分かってはいる。けれども、今はそんなことを気にしている場合ではない。
凄絶な威力を誇るメイスを前に、光の結界にヒビが入ったように見えた。これでは支えきれず、攻撃がキョウヤに直撃してしまう。
「――お願いっ!」
叫びながら、より強固な結界を生成しようとイメージする。その結果、激突していた鉄塊はついに弾かれ、敵が驚いたように仰け反った。
「ハァ……ハァ……ッ!」
普段は抑えている光の力を限界まで絞り出したからだろうか。身体が急激に重くなっていき、重心が維持できなくなる。
「ミレイ、よくやった! あとは任せろ!」
「まさか《セイクリッドバリア》……いえ、今はそれどころではありませんね!」
「クロエ、ミレイを頼んだよ!」
「は、はい!」
両手剣を放り出したクロエに身体を預けると、熟練冒険者の三人が戦場へ飛び込んでいく。
再びキョウヤへと襲いかかるメイスを、マリウスが《フロストシールド》で受け止めた。
「お前の相手は俺だ!」
肉薄したリベルが声を荒げながら大盾を地に打ち付ける。するとボスは標的を変えたようで、奥へ駆けていく彼を追っていった。
ティアナはその間に黒い鎧の処理に回っていた。交戦中の冒険者たちの合間を縫って的確に射貫いていく神業を見せつけられる。
一方、ミレイの隣ではフィノアが膝をついて項垂れていた。それが意味するところは――
「マリウス! 早く動けない奴らの治療をしておくれ!」
「言われなくともそのつもりですよ! 急かさないでください!」
ティアナの催促に、マリウスは苛立ったような様子を見せる。普段は温厚な熟練冒険者たちも、この状況では余裕がないようだった。
彼が杖を掲げると、空中に靄のようなものが現れ、そこから淡い光が戦場に降り注ぐ。
遠目に見ても、うずくまっていた冒険者たちの動きが良くなっているのが分かる。生命力の雨を降らす大規模な治癒魔法だったに違いない。
「よし、あたしはキョウヤを回収してくる!」
「お願いします。私はリベルの援護に向かいます」
ティアナとマリウスの判断は早い。ボス以外を殲滅できたことを確認すると、迅速に次の行動へと移った。
生き残った者たちは息を切らしながら撤退していく。マリウスたちの援護があったおかげで辛うじて命が繋がったという他ない。
「ミレイさん、大丈夫ですか……?」
「……うん。わたしは大丈夫、だけど……」
クロエが気を遣ってくれているけれども、大丈夫ではない者もいる。
フィノアは泣き崩れていた。戦場をどれだけ見返してもランドの顔は見当たらない。
悪夢のような現実を目に焼き付けられ、ミレイは唇を噛み締めることになった。




