第43話 死の誘い
キョウヤが振り返ると、地獄のような光景がそこにあった。
窪地の中央に陣取るのは、先ほどのゴーレムよりも更に大きな《ヴォイドガーディアン》という魔物だった。人型の胴体は白銀の鎧で覆われ、メイスと大盾を手にしている。頭があるべき部分では青白い炎が不気味に揺らめいていた。
そして、その守護者が召喚したと思しき魔物が冒険者たちを取り囲んでいる。《ホロウソルジャー》と呼ばれる、黒い鎧と黒い炎が特徴のアンデッドだ。
「うわあああああっ!」
「な、なんだこいつら!」
突然の魔物の襲来に、冒険者たちはパニックに陥っている。
あれはゲーム時代、高ランクの迷宮で待ち構えていたボスとその配下。そんな場違いな魔物がなぜかこの場に現れている。
「クソッ、どういうことだ!」
「こんな所に出ていい奴じゃねえだろッ!」
「バ、バグってるのか!」
クラウザたちが何か仕掛けたのかと思ったが、例外なく恐慌状態に陥っていた。ということは、これは彼らの罠ではない可能性が高い。
「キョウヤさん、行きましょう。助けないと!」
「おい、待て! 先にティアナさんに伝えに戻らないと――」
ランドは既に走り出しており、足を止める気配はない。あまりにも無謀な行動だった。
《クォーツウルフ》の時と同じか、それ以上に状況は悪い。だが、彼を放置して戻っていてはあの時と変わらない。
「……やるしかないか!」
倒せる相手ではないと理解はしている。ならばせめて、足止めに徹して《フリーダム》の応援が来るのを待つしかない。
ランドは傷を負った冒険者を助けるため、鎧兵士の攻撃を受け止めていた。
それならばと、キョウヤは窪地に降りて《ウィンドブースト》を発動。他を顧みずボスの守護者に斬撃を繰り出した。
「下がれ!」
「あ、あ……す、すまん」
近くで腰を抜かしていた男が立ち上がり退避すると、守護者の狙いが側面に移動していたキョウヤへと変わる。程なくして、敵は巨大なメイスを振りかぶった。
キョウヤが大きく横へ跳ぶと、約一秒後、元いた地面にそれが叩きつけられた。その前方では衝撃波が吹き荒れる。
「くっ……」
予想はしていたが、凄まじい攻撃力だ。当たり所が悪ければ即死もあり得るだろう。
だが、当たらなければ何も問題はない。ゲームでは嫌というほど戦ったため、攻撃パターンは知り尽くしている。
この魔物は体力を減らすと厄介な遠距離攻撃を行うようになるが、それまではメイスによる直接攻撃しかしてこない。前方への攻撃は予備動作が大げさで回避が容易だ。
「コオオオォ……!」
敵は続いて、不気味な音を発しながらメイスを背に担ぐような構えを取る。これは前方広範囲を薙ぎ払うフルスイングの予兆だと、キョウヤは瞬時に判断した。
バックステップで範囲外へと逃れると、少し間をおいて目の前を鉄の塊が通過していく。やはり、攻撃速度はそれほど早くはない。
メイスを振りかぶったら横へ、担いだら後ろへ回避。それを何度も何度も繰り返す。
極力同じ位置で攻撃を誘発し続けることで、手前で鎧兵士と戦っている味方への巻き込みを防ぐ。
こちらから攻撃を加える必要は一切ない。むしろ、この場合は敵の体力を減らしてはいけないのだ。
ゲームの知識は確かに役に立っている。これなら十分に務めを果たすことができる――そのはずだった。
突如、守護者が今までにない動きを見せる。振り向きざまの薙ぎ払い、唯一出が速い攻撃手段。
誰かが敵の背後から攻撃を仕掛けた。そう気付いた時にはもう遅かった。
「――がはっ!」
咄嗟に身体を丸めたまでは良いが、メイスが直撃した上に背後の岩に背中を強打してしまう。
取り巻きを倒して安全を確保しなければならない状況で、ボスに攻撃を加える者などいるはずがない。そう思い込んでいたのが間違いだった。
全身が悲鳴を上げる中、状況を確認しようと重い瞼を開けると、敵はキョウヤとは別方向に体を向けていた。
そして、同じように吹き飛ばされていた無謀な冒険者に向けて、巨大なメイスを振り下ろした。
「ギャアアアアァ――」
キョウヤはただ目を瞑るしかなかった。
怒号と爆音が轟く中、その冒険者の悲鳴に続き、肉が潰れるような音が鮮明に聞こえた気がする。その者がどうなったのかは想像に難くない。
獲物を狩り終えたと判断したのだろうか。ボスが振り返り、再びこちらを標的にしたように見えた。
身体が苦痛と恐怖に支配されて動かない。もはや戦闘はおろか逃走すら許されない。
車にはねられた時のように意識が朦朧としていく。あの時と同様の死の誘い。もう助からないという絶望の闇。
「キョウヤさん!」
だが、そこに差し込んだ光があった。白い服に片手剣を装備した剣士、ランドだった。
彼が側面から火球を飛ばして牽制すると、守護者の狙いがそちらに移る。
「ラ、ンド……やめろ……」
「やめません! 今僕がやらなければ、あなたを見捨てることになります!」
なんとか声を絞り出すが、ランドは全く意に介さない。
振り下ろされたメイスを躱すと同時に一撃を加え、窪地の奥へと駆けていく。その背には決死の覚悟があった。
「――これで借りは返しましたからね!」
彼の叫びは、まるで今生の別れのように聞こえた。二度と手の届かない場所へ行ってしまう感覚が襲いくる。
キョウヤはそれ以上目を開けていられなかった。全身の力が抜け、意識が闇に落ちていく。
ドサリ、と己が地に倒れ伏した音が最後に聞こえた気がした――。
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