第4話 冒険者ギルド
《アルドラスタ》の中央にある広場は、数多の人々で活気付いていた。
円形に広がる空間の至る所に露店が建ち並び、商人の呼び声や談笑する人たちの喧騒に包まれている。
その広場から脇道に入ってすぐの所に目的の建物はあった。二本の剣をクロスさせたような絵が描かれた看板が特徴的だ。
冒険者ギルド――もはや定番ともいえる冒険者を支援する組織は、この世界にも存在する。
「ここか……」
キョウヤはその入口の前に立ち、息を整えていた。
肉体的な疲労はあまり感じないが、大通りや広場を歩く人々を避けながら進むのは労力を要するものだ。
街の構造こそ記憶通りだったが、想像以上に広く感じられた。
活動を始めるに当たり、可能な限りゲームの進行に沿うと決めた。どこまで信用できるかは未知数だが、知識や経験が活きる機会はあるはずだ。
差し当たって、冒険者ギルドへの登録は必要不可欠だと結論付けた。
意を決して扉を開けると、正面奥のカウンターに受付と思われる女性が立っていた。こちらに気付き、愛想の良い笑顔で一礼する姿が目に入る。
視線を左に移すと複数の掲示板があり、それぞれに何枚もの紙が貼られていた。その前で数人の冒険者が話し込んでいる。
奥にはもう一つカウンターが設けられており、あれがギルドの依頼の窓口であることは想像に難くない。
向かって右側には、多数の丸いテーブルと椅子が並べられている。冒険者たちが休憩や食事、会議などに使う空間なのだろう。今も何人かが腰を下ろしているのが見えた。
奥へ進んでいくと、カウンター内の女性が微笑みながら言葉を投げかけてくる。キョウヤにとって馴染み深い言語で。
「冒険者ギルドへようこそ! ご用件を伺います」
形式的なものだと理解はしているが、笑顔が眩しい。思わず視線を逸らしつつも言葉を紡ぎ出す。
「登録をお願いしたいのですが……」
「初めての方ですね、かしこまりました! 担当者に代わりますので、お好きな席におかけになってお待ちください」
一礼して後方へ引っ込む女性を見て安堵する。街を歩いている時から予想はしていたが、この世界に来て初めての会話はつつがなく進んだ。
どうやら言語の壁に阻まれることはないようだ。これが転生特典なのか、それ以外の何かが作用しているのかは定かではないが。
他の冒険者たちから離れた隅の席で待っていると、程なくして「失礼します」と一言、対面の席に座る職員の姿があった。
白と紺の制服に栗色の髪を後ろで纏め、自然な笑みを浮かべている若い女性だった。
「本日はわたくし、ソフィーが担当いたします。ご不明な点がございましたら、お気軽におしゃってくださいね!」
迷いのない動作と言葉には気品があるが、それでいて柔らかな印象も兼ね備えている。
「……キョウヤです。よろしくお願いします」
「こちらこそ、キョウヤさん! それでは早速ですが、冒険者ギルドについて、順にご案内させていただきますね」
説明はゲームでも聞いたことがある内容から始まったが、一言一句に耳を傾ける。思い込みほど怖いものはないのだ。
冒険者ギルドの主な役目は、仕事の斡旋である。魔物の掃討、素材の採取、護衛などといった依頼を仲介し、冒険者はそれを達成することで報酬を得る。
冒険者の等級は1から9まであり、3までが下級、4から6が中級、7以上が上級の冒険者と見なされる。
当然ながら、実績がなければ受注できない依頼は多く、より難易度の高い依頼を受けるためには実力を示しランクを上げていく必要がある。
依頼を処理し、功績を挙げ、お金を得る。これが冒険者の基本的なライフスタイルだ。
ここで一つ疑問が浮かび上がった。こういった規則には抜け穴のようなものがあってもおかしくない。
「すみません。仮にですが、依頼を他人に手伝ってもらったりした場合はどうなるのですか?」
オブラートに包んで質問をする。他人の手柄を奪う、といった過激な発言をして白い目で見られたくはない。
「報酬に関しては、その方がパーティメンバー……つまりキョウヤさんのお仲間の方でしたら分割されますし、そうでなければお渡しできません。そのような場合は正直に申告してくださいね! 不正行為が発覚すれば等級の引き下げ、最悪の場合はギルドから除名の可能性もありますよ」
降級や除名――重い罰則を設けることによる統制。それは、この世界がゲームのシステムに縛られていないということを意味する。これもまた、頭の片隅に置いておく必要があるだろう。
「……規律に厳しいんですね」
「はい。冒険者の経歴の詐称はギルドの信用問題にも関わりますからね。残念ながら、過去に処罰された例は少なくありません」
この世界にも悪巧みを企てる人間は当然のように存在するのだ。そういった輩に引っかからないように留意すると同時に、己がそうならないように律しなければならない。
ソフィーの説明はその後も懇切丁寧に行われた。時折疑問を口にすると、それも想定していたかのように適切な回答を得られた。
ゲームの設定通りの部分もあったが、随所にこちらの世界特有の内容が含まれており、やはり似て非なる世界だと認識させられた。
チュートリアルもなしに放り出されたキョウヤからすれば、目の前の彼女こそが女神のように思える。
「事前のご案内は以上となります。差し支えなければこのまま登録に移りますが、よろしいでしょうか?」
登録に当たっては一つ懸念点があった。身分や実力を証明する手段がないのだ。
「あの、適性審査とかは……」
「ランク2に上げることが審査のようなものですので、ご心配には及びませんよ」
杞憂だった。ランク1の間は仮登録で、適正のない者をふるいにかける期間ということだろう。
「……登録お願いします」
「かしこまりました。それではこちらに署名を」
そう言ってテーブルに置かれた紙には、見慣れない文字がズラリと書かれていて呆気に取られる。
ゲームでは何度か見たことがあるものだが――
「この文字は一体……」
「……はい? もしかして読めませんか?」
「いえ、そんなことは」
アルファベットを崩したような独特の文字は、組み合わせることで一つの単語を形成しているようだ。
それはどう見ても日本語に置き換えられるものではなかったが、不思議と内容がスラスラと頭に入ってきた。思い浮かべた単語を記すことも、それほど難しいことではなさそうだ。
未知の文字のはずなのに、問題なく理解できている。その形容しがたい現象を前にして顔をしかめていると、ソフィーが怪訝そうな顔で見つめていることに気付いた。
あまり疑われるようなことは避けたい。言葉が通じるのだから、それと同じだということにして思考を停止する。
そして言われた通りに自分の名前を――その文字を使ってサインした。
「それでは、こちらが冒険者の証となります。紛失した場合、再発行に手数料とお時間をいただくことになりますので、大切にお持ちくださいね!」
差し出されたのは、金属で作られたと思われる小型のカードだった。隅に一つだけ五芒星のマークが刻まれており、この星の数が冒険者のランクを示しているようだ。
裏側を向けると何桁かの文字や数字が目に留まったが、これはおそらく会員番号のようなものだろう。
「以上で冒険者ギルドへの登録は完了いたしました。ご健闘をお祈りしております!」
「ありがとうございます。本当に、色々と助かりました」
長時間の指導にもかかわらず、ソフィーは疲弊した様子も見せず微笑む。女神のように眩い彼女に、キョウヤは深く頭を下げて感謝の意を表した。
「とんでもないです! 最後に、キョウヤさんは魔物との戦闘経験はございますか?」
その言葉には、一瞬考えた後に首を横に振った。こちらの世界ではまだ街の外に出てすらいないのだ。
そんなキョウヤに向けてソフィーは一冊の本を広げてみせた。書かれていたのは武器や魔法の指南だった。
ページをパラパラとめくっていたキョウヤの指がある場所で止まる。そこに記された内容には見覚えがあった。次のページも、またその次のページも。
驚くべきことに、ゲームに存在した一部のスキルや魔法の名称と使い方がそのまま載っていたのだ。
「……ソフィーさん、これの著者って分かります?」
「うーん……わたくしは聞いたことがないですね。こちらは複製品で、王都に原本があるということしか。お役に立てず申し訳ございません」
「いえ、お気になさらず」
以前にこの世界に来たプレイヤーが書き残したか、そうでなければ何かに導かれているとしか思えなかったが、これは利用するに越したことはない。
「わたくしはカウンターにおりますので、読み終えましたらご返却をお願いいたします。それと……この場で試すようなことはお控えくださいね!」
熟読しているキョウヤに配慮してか、ソフィーは悪戯っぽく告げた後に立ち上がり、カウンター内へと戻っていく。
キョウヤは彼女に一礼すると、再び不思議な本に目を戻した。
本当ならば持ち出して実際に試してみたいのだが、それは無理のある話だろう。
貴重な知識の一つ一つを頭に叩き込むように、彼はその本をじっくりと読み進めていった。
「ありがとうございました。本、お返しします」
「はい、またお困りの際はお気軽にお声がけくださいね。どうかお気を付けて!」
数十分の後、カウンターでソフィーに謝意を表すると、彼女もまた答礼して温かい言葉で見送ってくれた。
これでチュートリアルは終わった。いよいよ冒険者としての生活が始まるのだ。
入口から左手の掲示板の方へ向かうと、隅の方に新米冒険者向けに提示された依頼があった。
まずは街の南に出没する魔物を討伐し、その証を提出する必要があるようだ。
冒険者ギルドから外へ出ると、広場は一層賑やかになっていた。
街全体を暖かく照らす太陽の光を浴びながら、キョウヤは街の南門へと歩いていった。