第36話 本来の実力
キョウヤの判断は早かった。
通路から入ってきたゴブリンたちの標的になるため、指示を出しながら迅速に距離を詰める。
「ミレイ、俺たちで引き付けるから数を減らしてくれ! クロエは別方向から敵の撹乱を頼む!」
東側から入ってきた敵に斬撃を繰り出しつつ北東側へ抜けていくと、部屋に入ってきた全ての敵の標的になったように見えた。
《ゴブリンソーサラー》の火球と《ゴブリンアーチャー》の矢が飛んでくる。だが、その攻撃は走っていれば当たらない。
続いてミレイの《サンダースピア》が突き刺さり、こちら側の五体のゴブリンが狙いを彼女へと変更する。
走っていく《ゴブリンファイター》は彼女の火球の追撃を受けているようだ。
「させるか!」
遠距離ゴブリンの二体がミレイに向かって攻撃を仕掛けようとするが、キョウヤはバスタードソードを一閃して弓ゴブリン、杖ゴブリンの順に吹き飛ばしていく。
「ッ……!」
その瞬間、突かれたような軽い痛みがキョウヤを襲った。クロエ側にいた弓ゴブリンの攻撃を受けたのだと悟る。
彼女も両手剣を振り回して囮になっているが、全ての敵を引き付けることはできなかったらしい。
「ミレイ、次はクロエ側を!」
「分かった!」
二体の遠距離ゴブリンの周囲を旋回しながら、斬撃を加える。
ゴブリンたちは距離をはかろうとするが、それは許さない。連続で斬り続け、ついに弓ゴブリンを撃破する。
その間、ミレイの魔法がクロエが引き付けていた敵を屠っていく。
だが、クロエの動きがあまり良くないのをキョウヤの目は捉えていた。おそらく少女二人は連携がとれていない。
ミレイの攻撃は普段通り炸裂しているが、それに対してクロエはどう動けば良いのか分からないのだろう。
「クロエ! 奥の弓使いをやって!」
ミレイの指示に、彼女はハッとした様子で駆け始めるのが見えた。
キョウヤの方は杖ゴブリンを追い詰め、攻撃の隙を与えない。矢が飛んでこなくなったと気付くと、とどめとばかりに上段斬りを放った。
そして、最後のゴブリンがミレイの雷の矢に貫かれて動かなくなる。
「お疲れ様です。すみません、足を引っ張りました」
「大丈夫だよ、クロエ」
「俺の指示が悪かった。もっと的確にするべきだったな……」
十体近くのゴブリンの殲滅には成功した。だが、キョウヤは何度か弓ゴブリンの攻撃を受けてしまっている。
今回はマリウスの《アースアーマー》の効果でほとんど傷を負っていないが、それがなければ結果は違っていたかもしれない。
前線で動きながら的確な指示を出す難しさを痛感した。周囲にまで気を配る余裕がないのは実力不足と言わざるを得ない。
「やるじゃないか! 正直、ここまでとは思ってなかったよ!」
敵がいなくなった部屋に、ティアナが上機嫌で入ってくる。
「私も驚きました。特にミレイさんの魔法……使い方は荒いですが、とても駆け出し冒険者とは思えませんね。非常に興味深いです」
マリウスの丁寧な言葉と微笑みは相変わらず胡散臭い。
声をかけられたミレイは「ど、どうも」と、少し引いているようにも見える。
「キョウヤ、いい判断だったと思うぞ! 今回はお前のミスじゃない。実際のところ、前で指示を飛ばしながら戦うのは難しいからな」
フォロ―を入れてくれたのはリベルだ。可もなく不可もなくという評価に思えた。
「しかし……なんというか、変な奴だな。敵の動きは完全に理解しているように見える。それだけなら俺たちにも劣らないんだが、戦い方に甘い部分が多い」
実際その通りだ。ゴブリンたちの行動パターンは完全に頭に入っている。何度も戦って知識と経験だけは身に付いているのだから。
だがこの実際に身体を動かす戦闘は素人だ。VRではないのだから、ゲームで剣を使った経験は全く役に立たない。
やはり後でリベルに相談してみる必要がある。
「ふむ……いきなりクロエと合わせるのは無理があったか」
「リベル、当たり前じゃないか。彼女が可哀そうだよ」
クロエが物憂げな顔をしている。自身の失敗でキョウヤが被弾したと言われているようで、落ち込んでいるのだろう。
「クロエ」
「すみません。私のせいで先輩が矢を……」
「気にするな。初めての共闘だから仕方ない。ミレイの時なんか、俺は彼女の魔法に殺されかけ――」
言い終える前に、背中から服を引っ張られる。それが当人の手であることは言うまでもない。
「キョウヤ、少し黙ってて」
「じ、事実だろう……」
キョウヤとミレイのやり取りに、クロエが笑いを零した。ひとまず元気が戻ったようで安堵する。
「クロエ、名誉挽回だ! あたしたちの戦い方を二人に見せるよ!」
「そうだな! キョウヤ、ミレイ、次は二人が観戦しててくれ」
「……! はいっ!」
今度は彼らの戦い方を見せてくれるようだ。リベルを先頭にクロエ、ティアナが部屋の北の通路へと進んでいく。
「後ろは見ていますので、お気になさらず」
マリウスが変わらず殿を担ってくれることに感謝し、キョウヤとミレイはリベルたちに続いた。
通路を抜けると、先ほどと同じような広場が見えてくる。しかし今回はそれよりも広い空間に、十体以上のゴブリンが居座っていた。
「はあああっ!」
クロエが駆けていき、かけ声とともに一閃、先制攻撃を加える。
一方、熟練冒険者の三人はキョウヤとミレイの近くに佇んだままだ。
「……! クロエ一人にやらせるつもりですか!?」
キョウヤは抗議する。そんなことをして、彼女に何かあったらどうするつもりだ。
「あっはっは! いいからちゃんと前を見てな!」
ティアナが偉そうに言うが、加勢する気配はない。
クロエの方に目を戻すと――彼女は両手剣に赤のオーラを宿し、それを縦横無尽に振り回している。斬られた敵が燃え上がり一体、また一体と倒れていく。
魔法剣スキル《フレイムエンチャント》で、ゴブリンたちの弱点である火属性を付与しているようだ。
その動きは先ほどのぎこちない立ち回りとは全く違う。時折見える彼女の顔には笑みが浮かんでいた。
そのクロエがゴブリンの棍棒や矢に被弾するかというタイミングで、彼女の前に薄い氷のような障壁が現れる。
マリウスが防御魔法の《フロストシールド》を展開していると気付いたのはその時だった。
「マリウスさん、ありがとうございます!」
こちらを振り向くこともなく、クロエは叫んだ。
絶対的な安心感。今の彼女を突き動かしているのはそれだと推測する。
「どうだ? あれがクロエの本来の実力だ」
「凄い。あの状況で笑ってる……!」
「ああ、強いな……」
リベルの隣に立つミレイが驚嘆の声を上げ、キョウヤもそれに頷いた。
自分と共に戦っていた時の彼女と同じく、クロエも今は戦闘を楽しむ余裕があるのだ。
「リベル、ティアナ、そろそろ出番ですよ」
「おう、行くぞ!」
「任せな!」
リベルがクロエの付近へと走っていき、その右サイドにティアナが位置取りする。
元々その部屋にいた敵はその数を減らしているが、北の通路から更に追加の魔物が入ってきていた。
だが、一切の不安はない。彼らの快進撃を目に焼き付けるため、キョウヤはただ前方を注視していた。




