第35話 迷宮と試練
キョウヤとミレイが軽い朝食を終えた頃、丁度午前の鐘が鳴った。
「おはようございます。先輩、ミレイさん!」
冒険者ギルド前で待っているとクロエが駆けてきて、爽やかに挨拶される。その後ろには《フリーダム》の四人の姿も見えた。
各々が挨拶を交わすと、リーダーのリベルが話を切り出した。
「ひとまず二人の実力を確認したいんだが、大丈夫か?」
「問題ありません」
「よし、じゃあ《スタッグ洞窟》に行こう」
《スタッグ洞窟》――丘陵地帯に存在する迷宮の一つ。
迷宮というのは世界各地に点在している不思議な空間のことだ。
神が危険な魔物を封じるために創造した、あるいは魔物が力を蓄える住処。その二つの説が主流という設定だった。
迷宮内部は基本的に魔物の巣窟となっている。そのため、外部より各段に危険な場所であることは言うまでもない。
この世界では少なくとも四人以上のパーティで潜ることが推奨されているらしい。
しかし戦利品が相応の収入源になるため、利益を求めて挑戦する冒険者も少なくないという。
「いきなり迷宮ですか……」
「大丈夫ですよ。危険が迫った際は私たちが必ず護ってみせます」
「ああ、任せておきな。あの程度の迷宮で後れを取ることはないさ」
キョウヤの不安を払拭するように、マリウスとティアナが胸を張って言う。
あの迷宮の適正ランクは2。キョウヤとミレイ二人で潜るのは危ないかもしれないが、今回は六人パーティだ。
おまけにランク6以上の冒険者が三人もいる。その彼らが言うならば問題はないだろう。
キョウヤの不安はそちらではなかった。初めての迷宮で、実力を計られるという状況で、評価に値する戦闘ができるかだ。
「いってらっしゃい。気を付けるのよ」
アストラがパーティから外れて他のメンバーを見送る。彼女は右腕を負傷しているため、当面は療養に努めるらしい。
都市の上空は、今日は雲一つない快晴だ。朝日が明るく照らす中、《フリーダム》の六人は迷宮に向けて出発した。
西門から《カレント丘陵》に入り、更に北西に進んだ先に迷宮は存在した。
盛り上がった丘の反対側が絶壁になっており、切り立った崖に巨大な穴が空いている。
その入口の門は青白い光に包まれており、それを通過すれば迷宮内部に転移される仕組みらしい。
仮に分断されてもすぐに安全を確保できるよう、先頭をリベルが、殿をマリウスが務め、六人はほぼ同時に内部に踏み入れた。
内部は明確な光源が存在しないようだが、不思議と周囲がはっきりと見渡せる程度に明るかった。
「全員いるな。それじゃあ、キョウヤとミレイ、それにクロエ」
リベルに呼ばれ、キョウヤは背筋を伸ばす。何を言われても冷静に対応を――
「お前たちだけで戦ってみろ。俺たちは後ろで見ている」
「――ええっ!?」
呼ばれた三人はほぼ同時に、同じように驚愕の声を発することになった。
いくらなんでも滅茶苦茶だ。迷宮内は外部に比べて魔物の数が圧倒的に多い。囲まれでもしたら洒落にならない。
「ご安心を。あなた方の実力を確かめさせていただくだけです。これで痛くはないはずですよ」
マリウスはそう言うとキョウヤたち三人に土属性の力を纏わせた。一定時間防御力を大きく上げる《アースアーマー》だ。
「本当に危なくなった時は、俺たちも加勢するから大丈夫だ」
「心配しないで、好きなように暴れておいで!」
リベルとティアナからも激励の声がかかる。
強化魔法もかけてもらっているし、大怪我をすることはないだろう。
だが、ミレイはともかくクロエと共闘した経験はないため、上手く連携できるかは疑問だ。
「仕方ない……ミレイ、いつも通り後衛を頼む。クロエは好きなように戦ってくれ。俺がなんとか合わせてみる」
「了解」
「分かりました!」
ミレイのことは信頼しているが、クロエの戦い方が分からない以上、安易に頼るわけにはいかない。
一応は先輩として、キョウヤは二人に作戦――というほどでもない内容を伝えた。
そして、ゴツゴツした岩肌が露出した広い通路を抜けていく。その先の開けた空間には、円を描くように座る亜人がいた。
すぐに武器を構えて敵対行動をとったため、意思疎通は不可能であると判断できる。つまり亜人ではなく魔物だ。
緑色の肌をした人型で、胴体の割に大きな顔と尖った耳をしている。装備は棍棒のような物とボロボロの腰巻だけ。
ゴブリンという種族の魔物、その中でもスタンダードな《ゴブリンファイター》が三体。
初の人型の魔物との対峙だが、キョウヤは既に野盗という人間と戦闘をしている。そのためか、恐怖心が湧き上がることはない。
むしろ倒してしまっても良いのだから、逆に気を遣わなくて済む。賊相手よりも気楽に戦えるはずだ。
「行くぞ。クロエは左から、俺は右からだ」
「は、はい!」
言うや否や駆け出すと、クロエは少々慌てたように走り出す。
対するゴブリンたちはキョウヤの方に二体、残り一体がクロエの方へ向かっている。
キョウヤに襲いかかろうとしたゴブリンのうちの一体は、ミレイが雷の矢を飛ばすことで標的を変えた。これでひとまず全員が一対一の状況だ。
ゴブリンが棍棒を振り上げて飛びかかってくるが、キョウヤはヒラリと身を躱した。
そして、がら空きになった敵の右肩へ向け、両手持ちの剣で左袈裟斬りを繰り出す。
緑の魔物の体から赤い血飛沫が上がるが、それでも武器を落とすことはなかった。
敵はすぐに体勢を立て直し、今度は横薙ぎの一撃が飛んでくる。
キョウヤは瞬時に屈むことで回避し、カウンターの一撃として足を薙いだ。
魔物が膝をついた瞬間に立ち上がり、上段から頭を目がけて剣を振り下ろす。それで勝敗は決した。
「よし……」
キョウヤが一息入れて周囲を見渡すと、ミレイとクロエはゴブリンたちとの戦闘を終えていた。
予想はしていたが、この中で一番弱いのは自分だと改めて自覚させられる。
――剣の修練をしなければ。
リベルは大盾と片手剣を使用する前衛だ。彼に教えを乞うのが良いかもしれないと、そう思った時だ。
「キョウヤ、次が来る!」
ミレイの声が響き、キョウヤは即座に周囲を見回す。
自分たちが通ってきた通路が南だとすると、北と東の通路からゴブリンたちが一斉に雪崩れ込んできた。
魔物の徘徊タイミングが被ったのか、異様に数が多い。ざっと見ただけで十体近くはいる。
その上、今度は棍棒を持ったゴブリンだけではない。弓矢を装備した《ゴブリンアーチャー》と、杖を持ちフードを被った《ゴブリンソーサラー》が混じっているのが見える。
「……これを切り抜けられれば、実力は認めてもらえるな」
想定外の事態に多少の焦りを覚えながらも、キョウヤは自然と笑みを浮かべていた。




