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ティルナノーグの冒険者  作者: 有機エリー
二章 交易都市 オルストリム

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第34話 二人の関係

 あの後、二人はクロエたちと夕食を共にすることになった。

 当然のようにリベルの奢りだ。彼らは金銭的には余裕があるとは思うが、この日は支払いを他人に任せてばかりで心苦しくなった。

 ちなみにリベルが率いるパーティには名前があり、《フリーダム》というらしい。なんとも直球だが、各々の自由を尊重するという意味を込めているとのことだ。


 食事の後は一旦解散となった。明日は午前の教会の鐘が鳴り次第、冒険者ギルドで落ち合うことになっている。

 鐘が鳴るのは夜明け、午前、正午、午後、日没、夜の六回。夜明けだと早すぎるため、午前の鐘が丁度良い時間帯だ。



「それで、クロエとはどんな関係なの?」


 宿に戻るなり、ミレイに詰め寄られた。

 彼女たちは親睦を深めていたように見えるが、まだ何か不満があるのだろうか。


「ただのゲーム仲間だよ」

「その割には随分懐かれてたよね……先輩?」

「やめろ」


 話しながら部屋の椅子を移動させ、ミレイと向かい合って座った。

 なぜ機嫌が悪いのかよく分からないが、このモードの彼女は厄介であると知っている。

 他のメンバーがいる中でゲームの話はできなかったし、ここで説明しておいた方が後腐れがないだろう。


「……クロエが初心者の頃に出会って、俺が手助けしてただけだよ」

「へえ……キョウヤってそんな気遣いができたんだ」

「失礼だな。気遣いというか、彼女の方から頼られたから仕方なくだ」


 偽りはない。初心者だった彼女に魔法剣士のことを聞かれたから指南しただけだ。それがきっかけで関わるようになったにすぎない。

 先輩プレイヤーとして頼られるのが嬉しいという気持ちはあったが、過干渉したつもりはなかった。


 初心者は自分なりに楽しんでいるため、熟練者が横から口出しすると冷めてしまいがちだ。だから線引きはしなければならない。

 中には初心者であることを言い訳にして甘い汁を吸おうとする者もいたが、それはまた別問題である。

 とにかく、キョウヤは基本的に自ずと支援しようとは思わなかった。逆に頼りにされると断れないというだけだ。


「……キョウヤ、いい人だよね」

「都合はいい人かもしれないな」

「別に、そんなつもりじゃないよ。わたしにも、そうやって頼れる人がいたら良かったのにって思う」


 軽く笑った後、少し沈んだ表情でミレイはそんなことを言ってみせる。

 木材で造られた空間が静寂に包まれた。対面に座る彼女から寂寥が滲み出る。

 満ち足りない沈黙に耐えられず、キョウヤは無意識に口を開いていた。


「困ったら俺を頼ればいい」


 その言葉に、ミレイは口をポカンと開けてフリーズする。

 そして数秒後、ようやく我に返ったかと思いきや、口に手を当ててクスクスと笑い始めた。


「笑うところか……?」

「――だってキョウヤらしくないから、おかしくて……ふふっ」


 彼女はもはや笑いを堪えようともしなかった。返ってきた言葉にも一切の遠慮がない。

 それでも不快感が湧き立つことはない。むしろ、ミレイの表情を変えられたことに満足感を覚えた。

 どこか陰があるミステリアスな彼女にも別の魅力はあるが、やはりこの少女は笑顔の方が似合っている。


「ありがとう、これからも頼らせてもらうね。この世界のガイドとして」

「余計な一言を付け足すな」


 嬉しい言葉を貰えたかと思えば、すぐに茶化されて台無しにされる。しかし、軽口を言い合えるのはお互いを信頼しているからこそだ。

 いつの間にか二人きりの空間から緊張は去っていた。それはおそらく、彼女を異性ではなく仲間、そして友人として見ていられるからだろう。


「そういえば、都市や街のことはあまり詳しくないんだよね?」

「まあ、ゲームの知識や経験が役に立たないことは多いな……それがどうかしたか?」


 ガイドとして活きるのは主に外の魔物相手。さながら魔物図鑑である。

 一応世界各地の地図マップは頭に入っているが、特に都市や街の内部のそれはあまり役に立たないと思い知らされている。


「この宿、公共浴場があるんだって」

「……浴場? 銭湯とか温泉みたいな奴か」 

「うん。雨水を溜めておいて、魔導具まどうぐで加熱してるって、ここの管理人さんが教えてくれた」

「へえ……凄いな。そんな設定はゲームにはなかったぞ」


 この世界に来て湯に浸かる機会など、これまでに一度もなかった。

 そう考えれば、相部屋というリスクこそあるが、この宿に決めたのは正解だったと思える。

 これまで清潔感を保つためには、水魔法で布を濡らして身体を拭くしかなかったのだ。ちなみに服も定期的に洗ってはいるため、それほど不潔ではないはずだ。


「今は女性用の時間だから、入ってくるね。夜間は男性用に開放されるらしいから、あなたも後で行ってきたら?」

「ありがとう、そうするよ。いってらっしゃい」


 一人残されたキョウヤは静かに天井を見上げる。窓から差し込む夕日以外にも部屋を照らす光源がそこにあった。

 天井から一本の金属が吊るされており、その先端の透明な容器の中に水晶のような球体。

 淡い光を放っているのはその球体だった。あれも魔導具の一種なのだろうか。

 ゲーム内の設定として聞いたことはあるが、どうやら様々な種類の魔導具が存在しているらしい。


 ――忙しい一日だった。

 これだけ色々な出来事が重なったのは初日以来だろうか。

 賊からランドとフィノアを助け、ゲーム仲間のクロエと再会し、その仲間たちのパーティに一時加入。

 言葉にすれば短く感じるが、どれもこの上なく大切な出会いだ。



 あれこれと思案していると、やがて浴場からミレイが戻ってきた。

 見慣れたセミロングの銀髪は完全に乾いておらず、垂れた前髪が片目を隠してしまっている。それが少しだけ艶っぽく、思わずドキリとしてしまう。

 そんな彼女とまた少しだけ雑談を交わした後に浴場へと向かい、この世界では初の風呂を堪能した。

 他の客も入ってきたため落ち着かなかったが、疲れた体に湯は身に染みるようだ。


 そして、部屋へ戻るとすぐに眠る準備に入る。相部屋だから当然だが、部屋にある二つの寝台は離れた場所に設置されている。

 ミレイからは、「就寝中のわたしには近寄らないように」と釘を刺された。無論、元々近付くつもりなどないが。


 彼女とはこの一日でまた距離が縮まったような気がする。自分はあの少女にどこまで踏み込みたいのだろうか、と考えて苦笑する。

 今の気持ちを恋愛感情というには遠い。異性として意識はしてしまうが、今は対等な仲間としていられるだけで十分だと思う。


 そのような思いに耽っていると瞼が重くなる。さすがに一日中動き続ければ仕方ないことだろう。

 寝坊をするわけにもいかないため、思考を手放すと同時に目を閉じる。それから間なくして、力を抜いたキョウヤの意識は遠のいていった――。

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