第32話 魔法剣士の後輩
クロエと出会ったのは約一年前の春、丁度キョウヤが受験勉強を終えて《ティルナノーグ》に復帰した直後だ。
ゲーム内にはチーム――パーティとは別にプレイヤーたちが集う団体――がある。
休止前から《夢の旅人》という名のチームに所属していたキョウヤは、そこで少し前に加入していたクロエと知り合った。
後にチームはとある理由で解散するのだが、それ以降も交流があった知人の一人だ。
しかし、彼女はその数か月後に突如ログインしなくなってなってしまう。
連絡先の交換などはしていなかったため、それから二度と会うことはなかった。
「まさかこちらで会えるとは思いませんでした!」
「俺もビックリだよ。こうやって直接話したことはなかったから、不思議な感じだな」
「確かにそうですね! 実は急に現実の都合でログインできなくなってしまって……。本当にすみません、せめて一言伝えておくべきだったのに……」
クロエは直前まで目を輝かせていたと思えば、急に申し訳なさそうに頭を下げた。
諸事情で縁が切れてしまうのは、オンラインゲームでは往々にしてあることだ。
仕事が忙しくなったり、学業に打ち込むためといった現実の都合。あるいは、単に飽きた、他のゲームに移住するといった場合もある。
――自分だって同じだ。
レオンとイーリスには何も告げられずに死別した。致し方ない事情ではあるが、後悔が消えることはない。
「気にしないでくれ。また会えて嬉しいよ」
「ありがとうございます、先輩」
「その呼び方はやめてくれないか……この世界の俺は新米冒険者だぞ」
クロエに先輩と呼ばれる理由。それはゲーム内でキョウヤが教える側の立場だったからだ。
彼女は魔法剣士を目指していたため、キョウヤがスキル配分や戦闘の仕方を指南していた時期がある。
最初は師匠と呼ぼうとしていたのを、恥ずかしいから変えてもらった記憶がある。
先輩でもこそばゆいことに変わりはないが、どちらかを選ぶように言われてしまい、断り切れなかったのだ。
「先輩は先輩ですよ。私にとっては人生の先輩でもあるんです」
そういえば、色々と相談を受けたこともあった。だがそれも大したことではない。
聞き上手といえば聞こえは良いかもしれないが、立派な助言ができた自覚はない。
「そうか。それにしても、クロエは今も両手剣を使ってるんだな」
「はい! せっかく色々と教えていただいたので、こちらでも魔法剣士として頑張ろうかと。先輩は片手剣なんですね」
「ああ、俺にはこれが合ってる。それに両手でも扱えるから便利なんだ。こっちで大剣を持つのは……ちょっと考えられないな」
「ふふっ、確かに。私もこれ以上重い剣は厳しいと思っています」
過去の知人ということもあって自然と会話が弾む。
レオンやイーリスのような友人と呼べるほどの仲ではなかったが、大事なゲーム仲間の一人であったことに変わりはない。
「先輩は今パーティを組まれているんですか?」
「ああ、組んでるよ。待たせているかもしれないから、そろそろ帰らないとな」
「……そうなんですね。私も戻るので、途中まで一緒にいかがですか?」
「分かった。一緒に行こう」
なぜか少し寂しそうな顔をしたかと思えば、キョウヤが是とすると花が咲くような笑顔を見せる。
ゲームのチャット越しでは一部しか伝わらなかったが、クロエは礼儀正しく表情も豊かな少女だと認識させられた。
二人が《オルストリム》に戻った頃には、空は青から橙へと変貌を遂げていた。
都市の冒険者ギルドは、西門から直進して中央広場に向かう途中にある。
キョウヤがクロエと雑談しながらそこへ向かっていると、広場の方から来た白い影に左脇腹を突かれた。押し当てられたのはミレイのロッドだった。
「キョウヤ、おかえり……ナンパでもしてた?」
「痛いな……何を勘違いしているんだ」
「じゃあ、怪しい勧誘にでも引っかかったのかな」
彼女はジトリとキョウヤを見た後、隣にいるクロエを睨みつけた。
濃紺の少女は二人のやり取りにポカンと口を開けていたが、ミレイの視線に怯えたように口を開く。
「あの、すみません。私はせんぱ……キョウヤさんの知人です。決して怪しい者では……」
彼女がオロオロと弁解するのに合わせて、白い少女に向けて頷いてみせる。
「本当にごめんなさい……! 初めまして、わたしはミレイ。この人とパーティを組んでいる者です」
「ごめんクロエ、俺の仲間が突っかかって」
早とちりだったのに気付いたのか、ミレイは深く頭を下げて謝した。併せてキョウヤからも謝罪する。
「いえ、大丈夫です。ミレイさん初めまして、クロエです。キョウヤさんとは旧知の仲というべきでしょうか。よろしくお願いしますね!」
クロエも驚いてはいたが怒っている様はなく、懇切丁寧に自己紹介してみせる。丸く収まったようで一安心だ。
問題はクロエが旧知の仲という言葉を使ってしまったことだろうか。
この世界に来てからほぼ全ての情報をミレイと共有しているため、その意味は自ずと理解できてしまう。
「わたしはこの世界のことを知らない初心者なので、お手柔らかにお願いします」
勝手に口に出して良いものかと迷っていると、ミレイはそのように言った。
キョウヤは素直に感心した。同じ転生者だと仄めかしているのだ。
「あ……! じゃあ仲間ですね!」
クロエも飲み込みが早い。理解できなければフォローするつもりだったが、その必要はなかった。
ミレイとクロエが歩きながら親睦を深めているのを尻目に、キョウヤはいつものように思考を巡らす。
これでこの世界への転生者は合計六人だ。キョウヤ、ミレイ、クロエ、そしてクラウザ一味。
どういう理屈で迷い込んでいるのかは不明だが、全員に共通しているのは《ティルナノーグ》をプレイしていると思われること。クラウザたちに関しては憶測でしかないが。
明らかに何かの意図を感じる。しかし、その何かはいつまで経っても姿を現さず、謎は深まるばかりだ。
そうこうしているうちに冒険者がギルドが見えてくる。
キョウヤたちは今は特に用がないのだが、クロエが仲間に紹介したいと言うため、一緒に入ることにした。
「クロエ、遅かったですね。心配したのですよ」
ギルドに入ってすぐ、クロエを呼ぶどこか胡乱な印象を受ける声が響く。
声の元を見やると、そこには耳が長く背が高い亜人――エルフと呼ばれる者が、腰に手を当てて立っていた。




