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ティルナノーグの冒険者  作者: 有機エリー
二章 交易都市 オルストリム

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第31話 白と紺と

「参ったな……」


《オルストリム》のとある宿屋の前で、キョウヤは大きなため息を吐いた。

 さすが交易都市というべきか、宿屋はこの時間帯でも既に埋まっている部屋が多い。そして繁盛しているせいか、空いている部屋はぼったくりといっても良い価格ばかりだった。

 そんな中で、良心的な価格の宿を見つけた。見つけたは良いのだが――


「別にいいって言ってるじゃない。早くしないと埋まっちゃうよ」


 ミレイの急かす声。若干の呆れをはらんでいるようにも聞こえる。

 部屋は一つしか空いていなかった。そう、一つしか空いていないのだ。おまけに二人用の相部屋である。


 空いている理由はおそらく、見知らぬ者との同室を警戒する者が多いからだろう。

 それはキョウヤも同じだった。仲間とはいえ、異性と同じ部屋で眠るなどあり得ない。本能がその選択を拒否している。

 とはいえ、別の宿を探したところで時間と金を浪費するだけだろう。


「そもそも一緒に野営してるんだから今更でしょう。何を迷っているの?」

「いや、それとこれは話が違うというか……」

「もういい。ここはわたしが支払うから、あなたの好きにしたら」


 時間の無駄だと言わんばかりに、ミレイは宿屋に入っていった。

 彼女に全額払わせるわけにもいかず、キョウヤは後を追う。そして気付けば二人だけの空間にいた。


「はあ……」

「……わたしと一緒がそんなに嫌なの?」

「だから、そうじゃなくて……前も言ったけど、俺も男なんだよ」

「警告はしたはずだけど」


 警告――過ちを起こせば下半身を吹き飛ばされるという話だ。もちろん覚えている。

 だからこそ拒否したというのに。これは試練を与えているのか、あるいはわざと試しているのだろうか。


 そのミレイは野営の見張りの影響か、睡魔に襲われている様が見えた。

 彼女はキョウヤに背を向けて、纏っていたケープを外した。裾の短い白を基調としたチュニックと、膝上の白スカートが目に入る。

 普段は外套に隠れて見えない後ろ姿の輪郭をまじまじと目にしてしまい、慌てて身体を反転させた。


「俺は一度外をうろついてるから、好きにしててくれ……」

「分かった、いってらっしゃい」


 こういったイベントを素直に喜べるほど、単純な人間ではないつもりだ。

 キョウヤはくつろぐのを諦めて宿の外へ出た。現在地は中央広場から西北西に進んだ端、つまり西門の北沿いの城壁付近。


 ミレイと別行動をとる時は剣の修練をすると決めている。彼女に負担をかけないためにも、少しでも力を付けておきたい。

 都市の近くの魔物であれば一人でも十分やり合えると思い、キョウヤは裏道を南下して門へと向かった。

 待機している衛兵に通行料を差し出して外に出る。大した額ではないとはいえ、行き来する度に金を払わなければいけないのは癪だと思える。


 丘陵方面へ少し歩くと、《スプリングフロッグ》というカエル型の魔物を見つけた。今回の修行相手だ。

 キョウヤが駆けていくと、それに気付いたカエルがゲロゲロと音を立てて口を大きく開ける。水魔法下級魔法《ウォーターエッジ》の予備動作だ。

 一度足を止め、その発動を待つ。そして魔法が放たれると同時に左前へと踏み込む。飛んできた水の刃は、両手持ちした剣により右から左へと斬り裂かれた。


「よし……!」


 敵の魔法を相殺したキョウヤは、今度はゆっくりと距離を詰める。

 カエルがその場で踏ん張ると、その体がバネのように跳ねた。もう一つの攻撃手段だ。

 今度はバックステップで躱すと同時に薙ぎ払う。血のような液体を撒き散らしながら、魔物が吹き飛んだ。


 剣術とも呼べない我流のやり方は非効率だが、それなりに形にはなってきている。

 キョウヤの剣の修練はいつもこんな感じだ。本当は正当な教えを乞うべきなのだが、それを頼める相手がいなかった。

――ランドに相談すれば良かったかもしれない。

 そんなことを考えながら、何体目かのカエルを探そうと丘を登っていた時のこと。


「はあっ!」


 近くで女性のかけ声が響く。低い丘を登り切ると、すぐ先にダークブルーのミディアムヘアを靡かせた剣士が見えた。

 身長と同じくらいの両手剣を扱っており、丁度カエルの魔物を倒したところのようだ。


「失礼しました。お邪魔してしまいましたか?」


 こちらを認識した女性――少女のような容貌をしている――が声をかけてくる。

 突然のことにドキリとしながらも、視線は主張が強い彼女の胸部に引き寄せられてしまった。

 紺と黒が交じった服の上からでも分かるそれ。凝視してはいけないと思い、キョウヤは咄嗟に目を逸らす。

 膝下までふわっと広がったスカートと背のマントも、同じように宵闇を思わせる色で統一されている。


「い、いや……こちらこそ邪魔になっていたら申し訳ない」

「いえいえ、とんでもないです」


 お互いに謙虚な対応をした後、品定めするような目で彼女に見つめられる。

 それが数秒ほど続いたところで、キョウヤは気まずさに耐えられず逃げ出そうと考えた。


「じゃあ、俺はこれで――」

「あ、あのっ! 少し待ってください!」


 キョウヤが背を向けると、少女のような剣士に呼び止められた。

 さすがに拒否するのは決まりが悪く、もう一度彼女と正対することになる。


「クロエ」

「……え?」

わたしの名前です。クロエ、聞いたことはありませんか?」


 記憶の欠片を漁ると、一人の()()()()()が思い浮かぶ。

 ――まさか、そんな奇跡があるはずない。

 それでも期待してしまう。この世界が導いてくれたのだと、今はそう信じてみたい。


「俺はキョウヤだけど、もしかして……」

「……! やっぱり……その顔と服、もしかしたらと思っていました」


 紺の少女――クロエが少しだけキョウヤとの距離を詰める。

 そして彼女はその青い目を輝かせ、あどけない笑顔を見せてくれた。


「お久しぶりです! キョウヤ、先輩……!」

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