第30話 交易都市
交易都市《オルストリム》は、《ルグステラ大陸》北部の大半を統治する《グランルクス王国》に属する都市の一つである。
それは大陸の東に広がる海に面した半島に存在し、王国においては唯一海の交易路に通ずる重要な拠点だ。
その西に敷かれた道を北西へ進むと、すぐに《カレント丘陵》に入る。更に北には《ラスタ平原》、北端の山脈の手前には同じく王国統治下の《アルドラスタ》がある。
南西方面には《ストリム街道》という平野があり、そちらは王都方面へ向かう街道となっている。
交易都市と呼ばれるだけあって、都市には世界中の者や物が出入りしている。者の中には人間だけではなく、亜人と呼ばれる存在も含まれる。
この世界における亜人というのは、エルフやドワーフといった有名なものから、ワーウルフやリザードマンに、希少種であればドラゴニュートやヴァンパイア、果てはゴブリンやオークなども含まれる。
亜人と魔物の違いは意思疎通ができるか否か。要は人間と同じように生活している者は亜人であり、野外で自然発生するものは魔物と見なされる。
亜人の起源は魔界と呼ばれるもう一つの世界であると伝えられており、その魔界に暮らす者を魔族と呼称する。
しかし、伝承は歪んでしまうものであり、現在は人間界に暮らす亜人を魔族と呼ぶ者も少なくないという――。
キョウヤがゲーム時代の知識を整理していると、雲から顔を出した輝きが目を眩ませる。
前方に屹立する城壁、それと都市内部の北方に建つ尖塔が見えてきたのは、太陽が高く昇り切った昼頃のことだった。
丘陵で知り合ったランドとフィノアの先導の下、ようやく目的地に到着した。
ゲーム時代はプレイヤーの中心的な拠点の一つだった記憶が蘇り、感傷に浸る。
「よく来たな。通行料を払ってもらおうか」
しかし、門に辿り着いた矢先に飛んできたのは、いかにも人を見下しているような幻滅の一言だった。
最初の街ではそんなものは必要なかったのだが、ここはもう面倒な気配が漂っている。
交易都市と呼ばれるくらいだから、通行料を取ることで収入を得るのは不思議ではないと思うが、この衛兵の態度は気に食わない。
「はい、四人分です。通って問題ありませんね?」
「あ、ああ……か、構わない……」
ランドが凄んでみせると、衛兵は急に態度を変えた。その程度で慄く精神で守衛が務まるのかと不安になる。
「ありがとう、助かった」
「いえいえ。助けていただきましたから、これくらいは当然ですよ」
隣を歩くランドに二人分の通行料を渡そうと麻袋を漁るが、彼に笑顔で止められてしまう。
「……ムカつく。盗賊一人捕まえられない衛兵が偉そうに」
「フィノア……気持ちは分かるけど今はやめておこう」
次に口を開いたのはランドの右隣に並んだフィノアだった。大人しい少女だと思っていたが、思ったより辛辣な言葉を扱うようだ。
ランドが抑えようとする中、キョウヤは歩調を緩め、後ろを歩いていたミレイと目を見合わせた。
「あの二人、何か事情がありそうだね」
「……そうだな。でも、あまり深入りはしないでおこう」
相手方から話してくるならともかく、こちらから詮索をするべきではないだろう。
ミレイ相手でさえ未だに聞けない事柄はあるのだから、出会ったばかりの人間に踏み込みすぎてはいけない。
それから程なくして、四人は大通りに面した酒場で食卓を囲んでいた。
円卓には焼きたてのパン、そして肉と野菜を煮込んだシチューが並んでいる。
キョウヤからすれば高価な食事に見えるのだが、支払いを済ませたランドは特に気に留めていない。金銭的に余裕があるのだろうか。
「そういえば、ミレイはどうやって魔法の修練を? とてもランク2とは思えない」
「えっと……修練というか、ひたすら魔物を狩っていただけで……」
食事をとりながら軽い話をしていると、フィノアが興味津々といったように問うた。
確かにミレイの実力はランク2に収まるものではない。ランドとフィノアのランクは現在3らしく、それを踏まえると4以上と見なされてもおかしくはないだろう。
「天才なのね。羨ましい」
「……ちょっと運が良かっただけだよ」
フィノアに悪気はないと思うが、ミレイは苦笑いを浮かべていた。
キョウヤもかつて同じように地雷を踏み抜いたため、その意味が分かる。彼女は心中穏やかではないのだ。
「僕はキョウヤさんの実力も気になります。あの時、どうやって現れたんですか?」
その雰囲気を察したのか、ランドが話題を変えようと話を振ってくる。
賊から助けるために《シェイドクローク》を使った件だろう。別に不快ではないのだが、これはこれで正直に答えられるものではない。
「……ギリギリまで気配を消して、その後は風魔法を使って高速で移動した。まあ、逃げ隠れするのは得意だから」
嘘を吐いたことを悪く思いつつ、最後に適当な事実を付け足しておいた。
ミレイが口に手を当ててクスクス笑っているのが気に障ったが、今は放っておく。
「へぇ……まるで盗賊みたいですね。キョウヤさんなら義賊になれるのでは?」
ランドの冗談に、ついに彼女が吹き出した。その場の四人に笑いが伝搬していく。
さすがにそのような行為に手を染める勇気はないが、なかなか面白い冗談だ。
彼は空気を読むのも作るのも上手いと、キョウヤは密かに感嘆した。
その後も他愛ない話を続け、全員が食事を終えると同時に解散することになった。
ランドとフィノアはこの後は何か用事があるらしい。キョウヤたちは旅の疲れを癒したいと思っていたところだ。
「いい人たちだったね。また会えるかな?」
「彼らも当面はここにいるって言ってたからな。俺たちもその予定だし、機会はあると思う」
彼らを見送った後、ミレイの名残惜しそうな言葉にはそう返答した。
確証などない。だが、繋いだ縁は易々と切れることはないと思っている。それは群衆の中へ消えていった二人も同じだろう。
「……さて、次は宿探しだな」
「宿、少し贅沢してもいいかな」
「いいんじゃないか。これまでが質素すぎたし」
当然この都市の地図もキョウヤの頭に刻み込まれているが、それはあくまで《ティルナノーグ》に存在した施設――武器屋、雑貨屋や一部の宿屋――だけだ。
要するに、こちらの世界ではほとんど初見と変わらない。《アルドラスタ》でもそうだったが、手頃な宿屋や食品店といった生活に必要な建物は改めて探す必要があるのだ。
忙しくはあるが、そういうのも良いと思い始めている自分がいることに気付く。
それは多分、この世界を楽しむ余裕が出てきているから。転生直後であれば考えられなかったことだ。
「何してるの? 早く行こうよ」
大通りの先を行くミレイに呼びかけられ、彼女の存在の重みを知る。
頼れる仲間が己に冒険心を分けてくれている。そう思うだけで、キョウヤの心は透き通った気分になるのだった。




