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第3話 再誕

 純白の世界に、己が佇んでいる。

 目の前には天使のような少女が居た。


 微笑みを浮かべ、こちらに手を差し出している。

 しかし次の瞬間、彼女の腹を黒き矢が射貫いた。


「キョウ、ヤ……!」


 少女が苦痛に歪んだ声で名を呼ぶ。彼女に向けて手を伸ばす。

 二本目の漆黒の矢が、今度はその胸に深々と突き刺さる。


「どう、して……! 信じ、て……」


 ()()を放ったのは己の手だった。

 少女は声を絞り出すが、間もなく崩れ落ちて白き地に伏した。

 

「悪いな」


 光が満ち溢れた空間に、己の冷酷な声が響く。

 闇の気を纏ったその身体は歓喜に震えていた。











 爽やかな風が顔を撫でる感触に、恭夜きょうやはゆっくりと目を開けた。雲一つない青く澄んだ空が視界一面を満たしていく。

 耳に届くのは風に吹かれた木や草が揺れる穏やかな音と、遠音に響くのは街の喧騒か。都会暮らしで嫌というほど耳にした自動車や列車の騒音は全く聞こえない。


 ――ここは一体どこだ。

 なぜ、このような長閑な場所で横になっているのだろうか。

 ぼんやりとする頭を懸命に働かせると、次第に記憶が蘇ってくる。


「うっ……!」


 とてもつもない嫌悪感が全身を襲い、恭夜は身震いした。登校中に交通事故に遭い、血塗れで倒れていたことを思い出したのだ。

 それなのに今、身体の痛みは一切なく呼吸も正常だった。あの状況で無事なはずがないし、仮に生きていたとしても病院のベッドで目覚めるべきだろう。


 恐る恐る上半身を起こし周囲の様子を確認すると、その異様さに目を疑った。

 最初に目に入ったのは石を敷き詰めたように舗装された道。その近くに連なる建物は、木材の骨組みとレンガや漆喰らしき壁で構成されている。


「外国……?」


 恭夜は思わず呟いていたが、それにしても何かが引っかかる。

 行ったこともないばずなのに、なぜかよく知っている風景が広がっている。まるで今までに何度も立ち寄ったことがあるような。


「まさか、な」


 彼は勢いよく立ち上がると、雑踏の気配がする方角へと駆け出した。

 ふと、狭い路地を疾走する自分の身体が、別物のように軽くなっていることに気付く。だが、今はそれよりも確かめるべき重要なことがあった。


 影に覆われた通路を抜け大通りに出ると、太陽の光が視界を眩く照らした。目に映る輝かしい光景に今度こそ驚愕し、次いで胸が高鳴る。

 石畳でできた道を行き交う人々は、恭夜が知る現代人のものではなかった。

 道を行く車は自動車ではなく馬車だ。チュニックやマントを身に纏い荷車を運んでいるのは商人、革製のエプロンを着用しているのは職人の類だろうか。


 簡素な服を着た住民や子供たちに交じって、旅人のような者の姿もそこかしこにあった。

 銀色の鎧に剣を差した戦士、軽そうなジャケットとズボンに弓矢を携帯した弓使い、地面まで届く長いローブに杖を持った魔法使い。それら装備の一つ一つが、どれも一度は目にしたことがある物に思える。


 そして、大通りからの街並みは疑念を確信へと変えた。道や建物の配置、遠くに覗く山、そのどれもがモニター越しに何度も見た記憶の中の景色と合致したのだ。

 まるで《ティルナノーグ》のゲーム世界に入り込んだかのような状況に、胸の奥で心臓が激しく脈打ち、全身を興奮が駆け巡る。

 叫びたくなる衝動をなんとか喉の奥に押し込むと、恭夜は群衆の中へ新たな一歩を踏み出した。





《アルドラスタ》は《ルグステラ大陸》北方の辺境に位置する、冒険者たちの拠点の一つだ。元々は土地開拓のための小規模の村だった場所に、冒険者や商人が集い発展を遂げた街である。

 大都市と違い堅固な城壁は備えておらず、街を囲う石の壁は大人の背丈よりも高い程度で心許ない。壁付近の各所には見張り塔が建てられているが、門は北と南に一対ずつ設置されているだけだ。


 南側の門を抜けると見晴らしの良い平原が広がっており、ここにはさして危険な魔物は生息していない。駆け出しの冒険者が力を付けるには最適の環境だといえる。

 一方、北に屹立する高山は未開の地であり、実力のない者が立ち入ることは許されない。

 ――というのが《ティルナノーグ》のゲーム内の設定だった。



 青天に朝日が輝く中、街の中を流れる川の前に恭夜は佇んでいた。先ほどまで有頂天で街を見回っていた彼の精神は今、混迷を極めている。


 澄んだ水に映る己の姿を改めて凝視すると、耳にかかるほどの長さの黒髪が目に入り、次にダークブルーの瞳がこちらを見つめ返した。その顔立ちは、少年と呼ぶには少々不釣り合いな大人びたものだ。

 首から下には簡素なシャツと、その上に着込んだ黒いロングコートが水面に映り込んでいる。視線を真下に移すと、ブルーグレーのズボンと黒いブーツに包まれた脚が目に入った。


「……分からない」


 この姿は間違いなく、現実の恭夜のものではなく、ゲーム内でキョウヤと命名したアバターだ。この状況を単純に推測するのならば、恭夜は死亡し、キョウヤに転生したと思うのが妥当だろう。

 それはファンタジー系の漫画や小説ではよくある展開であるし、恭夜自身もその手の物語を好んでいた。

 だからといって、新たな人生を楽しもう、などと切り替えられるわけではない。そのような楽観的な考えで行動するほど、愚かな人間ではないつもりだ。


 ゲーム内への転移。荒唐無稽ではあるが、最初に脳裏をよぎった思考はそれだった。だが、すぐにそれは間違いであると気付かされる。

 この世界は、ゲームでは表現が簡略化されていた部分――例えば住人の生活感など――が事細かに描写されているのだ。


 お馴染みのステータスやスキル、インベントリなどのウィンドウが開くことはなかった。それらを利用する素振りをする者も居ない。

 何より、街は冒険者らしき者を除いても見たことがない人々で溢れ返っている。ゲーム内に存在したNPCノンプレイヤーキャラクターと同じ姿をした者は見当たらなかった。


 言うなれば、クリエイターの考えたものが異世界として具現化しているかのようだ。

 そして、自分が知る世界に自分の分身の姿で降り立ったという事象にも、違和感を覚えずにはいられない。あまりにも都合が良すぎるからだ。


 何者かの意思の介入、神などの上位存在を思い浮かべる。転生から始まる物語では、能力を与えてくれたり、道を示してくれたりするのがお約束だ。

 事実、ゲームではプレイヤーは女神に召喚され、この街から冒険を始めることになっていた。だとしても、それは人の頭脳が生み出したにすぎないものであり、瓜二つの異世界が存在することに疑問が生じる。

 それなら、まだゲーム内に入り込んだと考える方が――


「駄目だな……」


 思考が堂々巡りしてしまい、恭夜は俯きながらため息を吐いた。

 情報が不足している以上、このまま思案を続けたところで結論が出るとは思えなかった。


 これが夢でないのならば、まずは生きることを考えなければならない。

 恭夜の頭には二つの選択肢が浮かんだ。この街に引き籠るか、街の外に出るかだ。

 ――言うまでもない。

 街で暮らすのは一見安全なように思えるが、外敵から完全に保護されるエリアとは限らないし、街中に悪意を抱いた者が居る可能性もある。

 ここは現代日本と違い、誰もが武器を持っていて当たり前の場所だ。力を持たなければ、いざという時に生き延びられないだろう。 


 もしかしたら、ゲームと同じでHP(ヒットポイント)を失っても街で復活リスポーンできるかもしれない。

 だが、それは希望的観測でしかなく、死に際の苦痛や恐怖、後悔を味わうのは二度と御免だった。


 この身体は別人のように軽く動きやすくなっているが、これが転生の影響なのか、あるいはこの世界の一般的な水準であるかは不明だ。

 ならば、より強くなるために多少の危険は冒さなければならない。訳の分からない世界で他人に頼ってなどいられない。


 ――頼れる友人もここには居ない。

 心の支えだった二人のことを思い浮かべたが、すぐに首を横に振った。

 この身体に転生した理由は一度死んだからだと仮定している。だからこそ、彼らがこちらの世界に存在することを願ってはいけない。


 恭夜は右腰に差していた武器を逆手で慎重に引き抜いて見入る。人生で初めて手にする凶器には確かな重圧感があった。しかし、その正体は何の変哲もないダガーだ。

 他に携帯していたのは、ベルトで腰の左側に固定されている空のポーチのみ。少量の物を持ち歩く程度にしか使えないだろう。

 着用している暗色の衣類は馴染み深い物だが、これも性能には期待できない。元が単なるお洒落用の装備だったからだ。

 貧弱な初期装備が、理想と乖離した現実を突きつけてくるかのようだ。


 怖くないといえば嘘になる。ここに来る前は、平和な日々を送るだけの凡人だったのだから。

 それでもやるしかない。一度拾った命を易々と散らさないために。二度目の死に至った時に後悔しないために。


 彼はゆっくりと深呼吸を終えると、纏わりつく緊張を振り払い、力強く歩き始める。

 漠然と生きていた学生の恭夜は既に居ない。そこに在るのはキョウヤという、決意を内に秘めた一人の冒険者だった。

 ここまでご一読いただき、誠にありがとうございます!

 執筆初心者のため、お見苦しい文章がありましたら申し訳ございません。

 引き続きお楽しみいただけましたら幸いです。

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