第28話 道行く二人
どこかから響いた鳥の鳴き声に意識を呼び起こされ、キョウヤは静かに瞼を開けた。
緩やかに起き上がり天幕から外に出る。薄明の中、ミレイが立ち上がるのが目に入った。
「キョウヤ、おはよう。ちゃんと眠れた?」
「おはよう、見張りありがとう。おかげさまで眠れたよ」
初日に野宿をした時は途中で目が覚めてしまったが、今回は熟睡できた気がする。
この世界の生活にも慣れてきたというのが理由の一つ。それ以上に大きいのは、信頼できる仲間が守ってくれるという安心感だろうか。
《アルドラスタ》を旅立ったのは昨日の朝。そして夜は《ラスタ平原》の南端で野営をしていたところだった。
ゲーム時代とは時間と距離の感覚が違うが、このペースなら今日中には目的地に辿り着けるだろう。
この後は《カレント丘陵》と呼ばれる、左右に大小の起伏がある道を南に向けて徐々に下っていくことになる。
街道は途中で東南東の方角へ進路を変える。そしてその先、東の海に面した半島の先端にあるのが次の拠点である《オルストリム》だ。
草原はほとんどが哺乳類や鳥類を模した魔物だったが、丘陵には様々な種類の魔物が生息している。
キョウヤがあまり好きではない虫型も当然のように存在する。蝶のような美しい昆虫は別として、どうにも苦手意識が拭えない連中だ。
しかし、冒険者として活動するのならば、そういう生命体との対峙は避けられない。男としてのプライドもあるため、その程度の理由で逃げるわけにはいかない。
「難しい顔して、どうしたの?」
「いや、魔物のことを考えていた。ミレイは苦手な生き物とかあるか?」
「うーん……強いて言うなら虫とか? 種類というか、グロテスクなものが苦手」
同士が隣にいて一安心する。言われるまで忘れていたが、ゾンビのようなグロ系も苦手だ。
ミレイとはこれまでの生き方は違えど、趣味嗜好は近いように思えた。仲良くやっていけそうで少し嬉しくなる。
「……この先は気持ち悪い奴も出てくるから、怖気づくなよ」
「そうなんだ。でも前衛はキョウヤだから大丈夫じゃない?」
その一言だけで、途端に裏切られた気がして悲しくなった。
役割はその通りで間違ってはいないのだが、少しくらい同情してくれても良いのではないか。
そんな他愛もない話をしながら、天幕を構成していた棒や麻布、寝具の土を落としながらマジックケースに片付けていく。
最後に焚き火を水魔法で消化する。周囲はようやく光が闇を押し返した程度の明るさで、歩くには少々頼りない。
ミレイはすぐにロッドの先端に明かりを灯した。棒の部分は純白、先端に付いている鉱石は桃色と、彼女のイメージに合った色の物に新調している。
「助かる。出発しようか」
「どういたしまして。先導はよろしくね」
軽く言葉を交わして歩き出すと、草原が途切れて木々が目立つようになる。やがて行く先に小さな山や丘が連なり始め、辺りは一層暗さを増していく。
ミレイの光を頼りにして、キョウヤが闇の中を導く。二人のその歩みは、太陽が暗闇を払い除けるまで続いた。
《スパインビートル》は多数の棘がある巨大な角を生やした甲虫だ。体躯は角の長さと同じほどで、その全長は人間の大人ほどに匹敵する。
そのような見るからに危険な魔物が、朝の日差しを浴びながら歩んでいたキョウヤたちの前に立ちはだかった。
街道は比較的安全だと思っていたが、やはり気を抜いてはいけないと思い知らされる。
背中の羽を稼働させた甲虫が空中へ飛び上がるのを見たキョウヤは、手にしていた剣を片手から両手持ちに切り替えた。
それは数日前に購入した、片手でも両手でも扱える大きさのバスタードソードだった。
ゲームでは片手剣扱いの武器だったが、この世界でシステムによる制限はない。
正式な剣術を知らないキョウヤにとっては、重すぎず軽すぎず臨機応変に振れる武器という認識だ。
無論、片手剣スキルと両手剣スキル、双方とも発動できることも確認済みである。
元々使っていたダガーは便利で愛着もあるため未だ携帯しているが、戦闘で使う武器はこちらに変更していた。
キョウヤの身体を温かい火が包み、剣を持つ手に力がみなぎる。ミレイが付与した強化魔法《ファイアエンハンス》の効果だ。
そして、空中から突っ込んでくる敵の角の根元を受け止めるように刃を置いておく。勢いを殺し切れず鍔迫り合いのような状況になるが、それで十分だ。
機敏な動作で左側面に移動したミレイが魔法を放つのを視界が捉える。それが甲虫に着弾する寸前、身体を右側にずらしてすり抜けた。
《フレイムバレット》が直撃すると火柱を上げ、敵は《燃焼》の状態異常にかかったように燃え上がる。
再び羽を広げて飛ぼうとするが、逃がすわけがない。キョウヤが剣で追撃すると、それは間もなく力尽きて動かなくなった。
「キョウヤ、次!」
ミレイの声を受けて即座に身体を反転させる。甲虫に夢中になっていて気付くのが遅れたが、まだ終わっていなかった。
木々の間から現れた黄緑色の魔物の姿を見据える。風魔法を操るバッタ、《ガストホッパー》が二体。
既に魔物たちの周囲を風が渦巻いていた。それがお馴染み《ウィンドブースト》であることは言うまでもない。
さすがに初見で目が慣れていない状態で、速度を上げた複数の攻撃を完全回避するのは厳しいだろう。
「ミレイ、防御を――」
「了解」
彼女の判断は早かった。《セイクリッドバリア》が展開され、跳んできた魔物が光の結界に衝突して動きを止める。
キョウヤが間髪入れず薙ぎ払うと、火の強化魔法の効果が残っていたためか、吹き飛ばしたうちの一体があの世行きになる。残りの一体はいつの間にか少女の火球に燃やされていた。
「ナイス、キョウヤ」
「ありがとう。助かった」
丘陵での初戦闘を終え、キョウヤはミレイと片手でハイタッチを交わす。
初日からずっとパーティを組んでいるだけあって、お互い意思疎通に問題はない。
実力の方はまだまだ彼女に頼ることが多いが、ようやく肩を並べて戦えるようになったといえる。
「ねえ、あれ見て……」
戦利品を回収しながら密かに笑みを浮かべていると、ミレイが何かに気付いたように指差した。
丘を下った先、街道から少し外れた開けた場所に斧や棍棒で武装した集団がいた。人数は――ざっと見ただけで十人ほどいる。
「多分、山賊とか野盗って呼ばれる奴だろうな……」
魔物との戦闘を済ませたばかりだというのに、またしても一悶着ありそうだ。
冒険に危険は付き物と分かってはいるが、これにはキョウヤもため息を吐くしかなかった。




