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ティルナノーグの冒険者  作者: 有機エリー
二章 交易都市 オルストリム

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第27話 旅立ち

「相変わらず、よく分からない奴」


 キョウヤは焚き火に目をやりながら呟いた。その声に応える者はいない。

 先刻まで対面に座っていた少女は、話を切り上げて天幕の中へと戻っている。

 

「元の世界、か……」


 ミレイの方からその話題を振られるのは意外だった。過去を嫌悪しているのは疑う余地がなく、汲み取っていたからこそ触れないようにしていたのだから。

 キョウヤが思い出を語っている間、彼女から羨望の眼差しを向けられている気がした。しかし、その表情は徐々に曇っていった。


 聞かれたから話しただけなのだから、こちらに非はないはずだ。それでも、彼女が漂わせる負の感情を無視することはできなかった。

 だから最後に付け加えた。この世界にも希望はあるという意味の一言を。


「失敗したな……」


 思い出すだけで頬が熱くなる。あれでは挙動不審だと思われても仕方ない。もちろん、その場限りの適当な言葉ではなかった。

 住む世界が変わっても人は簡単には変われないと痛感した。以前と同じように、心は拠り所を求めている。

 仲間の存在が精神的支柱になっているのは紛れもない事実で、簡単に切って捨てられるものではない。


 仮に今すぐ元の世界に戻れるとしても、その道は選択できないだろう。ミレイは帰還を拒否するに違いないし、彼女を放置して去れるわけがない。

 結局のところ、己には確固たる意志がないのだ。この冒険の終着点も未だ見つけられていない。


 この世界に飛ばされて――ミレイと出会って、既に十日ほどの時間が経過していた。

 最初の二日間こそ難事に巻き込まれたが、その後は順風満帆とはいかないまでも、まともな生活を送れている。

 キョウヤは揺れる炎を見つめながら、ここ数日の出来事に思いを馳せる。





 ――数日前の夜、《アルドラスタ》北の宿屋。


「……おるすとりむ?」


 一階の食卓で向かい合うミレイが首を傾げている。

 漫画やアニメであれば、その頭上に複数の疑問符が浮かんでいるのが想像できる光景だ。

 食事は既に終えており、今は翌日の予定を検討している最中だった。


「交易都市《オルストリム》だよ。知らないのか?」

「うん。そこまで行けなかったから」


 行けなかった、というのは実際に足を運ぶという意味合いではない。

 この世界の基となっている、《ティルナノーグ》というタイトルのゲーム内の話である。

 ミレイがそれをプレイしていたのは一週間弱とのことだ。一日当たりのプレイ時間にもよるが、そこまで進んでいないのは特におかしなことでもない。


「そうか。まあ、そろそろ拠点を移してもいい頃だろうな」


 世界に降り立って一週間。金を稼ぐために討伐を繰り返す日々だが、狩場までの行き来が地味に面倒になっている。

《ラスタ平原》の北は敵が弱すぎて実入りが少ない。草原の南に生息する魔物であっても、もはや後れを取ることはない。

 あえて弱い魔物を引っかけながら移動したりと工夫はしているが、この街での活動はそろそろ卒業しても良い時期だ。


「交易都市ってことは、色々な人や物が集まる場所ってことだよね」

「そうだな。しばらくはそこを拠点にして活動するのが効率的だと思う」

「キョウヤが言うならそれでいいよ。わたしも早く行ってみたい」


 ミレイは目をキラキラと輝かせていた。信頼してくれているのはありがたいのだが、警戒心が不足している気がする。

 とはいえ機嫌が良い時の彼女は無邪気で可愛らしい。それを損ねかねないことを言うのは抵抗がある。


「じゃあ、明後日には移動するか」

「明日の予定は?」

「狩りに出る前に遠出の準備だな。あと、冒険者ギルドに挨拶もしておこう」

「……あ、そうだね。そっか……ソフィーさんやアルベールさんともお別れなんだね」


 彼女が寂しげな顔をするのも当然だろう。二人がいなければ、この街での活動はもっと厳しいものになっていた。

 ソフィーにはこの世界に来てから何度も世話になっている。彼女を一言で表すなら女神だ。

 アルベールは魔物の襲撃事件の後も顔を合わせているが、強面の割に気さくな人物だった。


 ちなみにこの二人、ミレイ曰く恐ろしく強いらしい。

 彼女が《ダイアモンドウルフ》討伐に同行した時、アルベールは最前線で敵とやり合い続け、ソフィーは召喚された《クォーツウルフ》を瞬く間に殲滅していたとのことだ。


「旅するなら別れは付き物。二度と会えないわけじゃない。ランク4になれば《ロスト山地》にも入れるしな」

「うん。またいつか会えるよね」

「ああ」


 起床して支度を終えたら二人で朝食をとり、日中は街の外に出て魔物の討伐。夕方には街に戻り、夜は食事を共にし会議、そして就寝。それがここ数日のルーチンだった。

 無論、個人で息抜きする時間を必要なため、別行動をすることもあった。キョウヤはその際、街の郊外で剣の修練に励んでいた。

 この街でのそんな日々も終わりを迎える。ここから真の冒険が始まるともいえるだろう。



 ――その翌日、冒険者ギルドにて。


「――こちらこそ、お二方にはお世話になりました。どうかお気を付けて!」

「お前たちの旅の無事を祈っている。もし困った時はいつでも戻ってこい!」


 二人は冒険者ギルドでソフィー、アルベールと言葉を交わした。

 彼らも業務で忙しいため、いくらか待つことになったが、そうしてでも別れを告げておきたかった。ミレイも同じ思いだっただろう。

 

「アルベールはともかく……ご縁があれば、わたくしとの再会は意外と早く訪れるかもしれませんよ」


 いつも通りギルドの制服に身を包んだソフィーが意味深な発言をする。

 彼女が只者ではないことはもう知っているが、それが何を示しているのかは分からなかった。


「あの、どういう意味でしょうか」

「ふふ……秘密です」


 同じように疑問に思ったのかミレイが尋ねるが、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべるだけだった。

 教える気はなさそうであるし、その時のサプライズとして楽しみにしておくのも良いと思える。

 キョウヤたちは最後にもう一度感謝の意を示すと、ソフィーとアルベールに見送られて冒険者ギルドを後にした。


 そして次の日の早朝、キョウヤとミレイは《アルドラスタ》を出立する。

 目指すは《オルストリム》。東の空に朝日が輝く中、二人は南門を抜けて街道を歩き始めた。

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