第24話 もう一つの居場所
街の襲撃事件から二日後、ランク2に昇級した二人は草原の南部まで進出していた。
周囲には《プレインフォックス》というキツネの姿をした魔物が三体いるが、キョウヤは軽やかに攻撃を受け流していた。
「キョウヤ、一度下がって引き付けて」
「了解」
ミレイの指示を受けて後退すると、彼女は掲げていたロッドを振り下ろした。
追ってきた魔物たちは、たちまち《サンダースピア》の餌食になる。雷の槍に貫かれた個体は息絶え、他の二体が余波で吹き飛んだ。
「左、お願い」
キョウヤはすかさず距離を詰め、左方の一体にとどめを刺した。彼女は雷の矢を発射して最後の一体を屠る。
「お疲れ様。この辺りの魔物は複数でも問題なさそうだね」
「はは……ほとんど君が倒してるようなものだけどな」
南部に生息する魔物は北部よりも強いはずだが、ミレイの魔法の前では大差なかった。
余裕綽々といった様子の彼女に呆れ果てながら、魔物の核を腰の鞄――マジックケースに放り込む。
バルドという商人から譲り受けたそれは、現在キョウヤが携帯している。
管理が面倒だから荷物持ちは任せる――そうミレイに言われたからだが、本心であるかは定かではない。
鞄には収納できる空間に繋がる口が二箇所ある。二人は戦利品を詰め込むスペースと、それ以外の物を保管するスペースで分けるようにしていた。
物を収納したい時は、鞄の口に押し当てれば自動的に吸い込まれていく。
取り出す際は、中に手を入れて必要な物を想像すると手に収まるが、中身を視認して手をかざすことでも回収できた。
さすがに容量は無制限ではないと予想しているが、食料や回復薬は大量にストックしておけるし、外で入手した物がかさばらないだけでも非常にありがたい。
次の標的を探して歩く途中、キョウヤは思いを巡らせていた。
便利な魔導具のおかげで、所持品の問題には悩まされなくなった。その代わり、今は別の悩みがある。それはミレイとのパーティに関する件だ。
彼女はこの短期間で急成長を遂げていた。最初こそ指示に従って動いていたものの、今は彼女の方から声をかけてくれることも増えている。
アルベールやソフィーと共に戦った経験が影響しているのかもしれない。
仲間としてはこの上なく頼もしく感じるが、同時に不安に駆られるようにもなっている。
彼女にはもっと相応しい居場所がある。自分の存在が彼女の枷になっている。そういった思惑が、どうしても振り切れなかった。
元々は己の身を守るために協力を持ちかけたのが始まりだった。
しかし、困難を共有するうちにそのような私心は薄れてしまった。きっと距離感を間違えたのだろう。
ミレイと良好な関係を保ちたい一方で、このままではいけないという気もしている。なんとも自分勝手な話ではあるが、実際のところ彼女の隣に立てるような清廉な人間ではない。
それに鳴りを潜めている闇の力も気がかりだった。もし暴走すれば、一番近くの彼女が標的になりかねないのだから。
当然、闇に呑まれた際の出来事は覚えている限りの全てを伝えている。だが、彼女はそれでも手を切るとは言ってこなかった。
「ミレイ、君はいつまで俺と一緒に行動するつもりなんだ?」
「そこまでは考えてないよ。どうかした?」
比較的安全な街道付近に戻った時、キョウヤが足を止め一つの疑問を口すると、彼女は特に思案するでもなく即答した。
本当に考えていないのだろう。それならば、今ここではっきりさせるのも悪くない。
「君ならもっと強い冒険者と組んでもやっていけると思って」
「……? 意味が分からない」
「だから、俺みたいな足手まといに付き合うより、まともなパーティを探した方がいいんじゃないか」
「……何か勘違いしてるみたいだけど、足手まといだと思ったことなんて一度もない。あなたには沢山助けられたから、ちゃんと借りは返すつもり」
なぜか不機嫌になったミレイに睨みつけられる。
律儀なのは結構だが、裏を返せば義理を果たせば去るという意味が含まれているように感じた。
「俺だって何度も助けられたからお互い様だよ。貸し借りが君の行動を妨げているなら、もう気を遣わなくていい」
「わたしが邪魔って言いたいの?」
「逆だ。俺が君の邪魔をしているんじゃないかと思っているんだ」
ただでさえ実力差が歴然としているのだ。いつまでも彼女を縛り続けるのは本望ではない。
当のミレイは露骨に面白くなさそうな顔をしている。これでは言葉足らずだっただろうか。
どう補足しようか悩んでいると、彼女はため息を吐いた後、こちらを見据えて口を開いた。
「めんどくさいから言い方を変える。わたしがそうしたいから、あなたと一緒にいる。これでいい?」
「良くないな。そういうわざとらしい言葉は信じられない」
「……じゃあ信じなくてもいい。他の仲間を探してハズレを引くリスクを負うよりは、あなたと協力する方がまだマシ」
誤解を招きそうな発言を綺麗に打ち消すように、ミレイは冷たく言い放つ。
なんとも辛辣ではあるが、その言葉に偽りはないと思えた。
「それに、困った時はキョウヤに聞けば答えてくれそうだし」
「……俺はガイドじゃないんだが」
「ゲーム世界をよく知ってるから役に立つ――そうやって売り込んできたのはあなただよ」
「よく覚えてるな……」
「それからもう一つ。お互いの秘密を知ってる冒険者はわたしたち二人だけ。だから現地人と組むより融通が利くでしょう?」
彼女と手を組んだ時の台詞を逆に利用され、キョウヤは舌を巻いた。
ミレイはしてやったりと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべている。
「光と闇は対立するものだと思うけどな」
「そうとは限らないよ。表裏一体って言葉、知ってる?」
したたかな彼女には口でも敵う気がせず、もはや言い返す気にもならない。
パーティを継続できるのはありがたいが、率直に礼を言うのもはばかられた。
「後悔するなよ」
「それを言うなら、わたしを失望させないように頑張って」
「……君はもうちょっと素直になれないのか?」
「あなたにだけは言われたくない」
茶化すような応酬の後、二人は軽く笑い合う。キョウヤは今、確かな絆を感じていた。
――最初はただ生き残ることだけが目的だった。信じられるのは己だけだと思っていた。だが今は違う。
彼女はこんな自分を一応は評価してくれている。ならば信じよう。そして期待に応えよう。
己のためから、仲間のために。ようやく一歩を踏み出したにすぎない。
だとしても、その一歩が肝要に思えた。謎だらけで見通しの立たない世界で、生きる意義を見出せたのだから。
ミレイは「ん」と小さく発し、スッと右手を差し出してきた。
意図が理解できず硬直していると、彼女が呆れたような目を向けてくる。
握手を求められているのだと理解し、恐々と手を伸ばすと、彼女の方から力強く握られた。
「本当に、めんどくさい人」
「なんだ、もう嫌になったのか?」
「別に……面倒なだけで悪い人じゃないのは知ってる。だから頼りにしてるよ、わたしのガイドさん」
「世話の焼けるお姫様だな……」
「……何か言った?」
「なんでもないよ」
輝く陽光と澄み渡る空の下、キョウヤはミレイと固く手を取り合った。それは一時的な協力関係が正式な仲間へと昇華した証だ。
二人を祝福するかのように、爽やかな風が草原を吹き抜けていった――。
一章 終
ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました!
二章も順次公開していく予定ですので、よろしければお願いいたします!




